1章

第10話 サンダージョー

 主な変更点

 鉛筆で刺す辺りから全部

 当初は鉛筆で刺したら引かれるかなと思って平手打ちくらいにするつもりでした。



(メインヒロインである神楽坂アカネとペアを組んで親交を深めるイベント、なんだが、冷静に考えると結構おかしなルールだな……ルールがコロコロ変わる天下壱符闘会に向けての対策という設定があるにはあるんだが無理矢理感は否めない。まぁどうでもいい。さて、早速シャルと――)


 ペアを組もう。玄咲がシャルにそう話しかけようとしたまさにその時。


「――すみません。遅れました」


 木造の扉をガラリと開けて。


 全く悪びれた様子のない鷹揚な口調でそう言いながら。


 目が線になるほどの笑顔を浮かべているにもかかわらず拭い難い不気味な雰囲気を携えて。


 その男は入室してきた。


「――ば、馬鹿な……なぜあいつが……」


 玄咲は思わず声に出して驚いた。本来ならいるはずのない男が入室してきたからだ。


「――遅いぞ。入学初日に遅刻をするとは中々いい度胸をしているな」


 教室の生徒の大半が一斉にクロウを見た。お前が言うのか。軽度の驚きとともにその内心を表情に張り付かせて。生徒たちの反応とクロウの血塗れの服装を訝しむ様子を見せながらも、入室してきた男はあくまで笑顔でクロウに応じた。


「家業が長引いたもので。だからすみませんと申しているではありませんか」


「口だけの謝罪は逆効果だと学ぶべきだな。雷丈壱人(らいじょういつひと)。――なるほど、学園長が目をつけるけあって相当やるようだ。魔力が目に見えるようだよ」


「お褒めにあずかり光栄です。全てはフェルディナ神の導きの成果也。あなたも一冊どうです? 新約創界聖書(ジ・エルロード)」


「いや、いい」


「そうですか。残念」


 当たり前のように懐から取り出した黒い装丁の分厚い本をまた懐に仕舞う男。その男を、生徒の一人が震える指で差して叫んだ。


「サ……サンダージョーだ! 異端狩り(アマルティアンハンター)のサンダージョーだぁっ!」


 ピリッと。


 叫ばれた、サンダージョーという名前をトリガーにして。


 教室に、一瞬で鋼糸を張ったかのような緊張感が満ちた。


 口々に、武名、悪名、風聞、醜聞――サンダージョーに関する噂逸話を生徒たちがやり取りし合う。等しく、畏怖と情報が籠められた会話達。それらをしっかりと耳で拾いながら、玄咲もまた視線をサンダージョーに釘付けにされていた。胡散臭い笑顔。金メッキみたいな髪色。質の悪い詐欺師のように外面だけ綺麗にコーティングされた顔。ゲームの印象そのまんまだった。


(……サンダージョー。3学期に復学して主人公の前に立ちはだかる学園編のラスボス。さっきはなぜこのタイミングでと驚いたが、逆だ。入学間もない今だからこそ現れたんだ。サンダージョ―は入学早々事件を起こして長期停学をくらっていたという設定で復学する。だが、その事件の詳細がゲーム中で語られることはない。一体、何が――)


「なん、で」


(ん?)





「なんで、あいつが……」


 ――シャルナがただでさえ白い肌をさらに生白くしていた。蝋人形のよう。ペンを握った右手がカタカタと震えている。玄咲はサンダージョーを見て、それからまたシャルナを見た。


(どうも俺の知らない因縁があるようだ。入学早々退学になるシャルナと、入学早々停学になるサンダージョー……ちょっと無関係とは思えないな)


「――で、使い方はこうだ。そして今は先程説明した試験のペア決めを行っているところだ。分かったな」


「はい。感謝いたします」


 クロウがサンダージョーにSDの使い方と試験の説明を終える。説明を聞き終えたサンダージョーがペアを見繕うと教室を見回し机と机の間の狭路に足を踏み入れる。


「さて、僕のペアは――」


「おい」


「ん?」


 そんなサンダージョーの前に1人の男が立ち塞がった。パンチパーマに、猿顔。ヒロト・オライキリだった。ヒロトが首を捻り下から抉り上げるようないい角度でサンダージョーにメンチを切る。


「テメー、サンダージョ―だか惨殺ショーだか知らねーが入学早々遅刻した阿呆んダラの分際であんま調子ノってんじゃねーぞ。あんまヤンチャこいてっと誘拐犯みたいに誘拐してお前をブタ箱まで連れてっちゃうぞ。こエーか? んんー? こエーっていってみろよアアーン!」


「……やれやれ」


 サンダージョーが左右に首をゆるりと振る。そして、自らヒロトへと歩み寄り距離を詰めていく。ヒロトに手を伸ばす――。


「お? なんだ? やんのかこのスカシパッキンが――」




「死になさい。この薄汚いイェロウマンキーの亜人が」


 ゴシャ!


 サンダージョーが無造作に、素早く掴んだヒロトの頭を近くの机へと顔面から叩きつけた。血の華が咲く。悲鳴が上がる。席に座っていた女性徒が椅子から滑り落ち、そのままケツで床をずりながら距離を取る。サンダージョーは尚もヒロトの顔を机へと叩きつけ続ける。机に溜まった血が飽和し、端からポト、ポトと床に垂れ落ちてゆく――。


「ガハッ! ブヘッ! オブッ! や、ヤベベッ!」


「エルフや天使ならともかく、イェロウマンキー如き下等な亜人が人間様に歯向かっちゃいけないでしょう? そんなことも分からないのですか? ああ、分からないからイェロウマンキーなんですね。なら、分かるまで躾けてあげましょうね。あと30回くらい叩きつければその小さな脳味噌でも――」


「ダークバレット」


 朗々とした声が響く。サンダージョーはヒロトを手放し、手を声のした方へと向けた。黒い光の弾丸が勢いよくその手にぶつかる。それだけだった。手に当たった瞬間光は霧散し、あとには傷一つつかず。


「――星1程度の魔法では傷一つつかず、か。噂通りの化物だな」


「――なんですか?」


 笑顔のまま、サンダージョ―がゆっくりとクロウの方を向く。


「そこまでにしておけ。雷丈壱人。やり過ぎだ」

「……新約創界聖書(ジ・エルロード)オルクス伝第6章“人壱伝承”において聖人カストロ様はこうおっしゃられました。『目的のために手段を選ぶな。目的のためなら全ては赦される。真なる人の世を作るという目的のためなら』と。私はその言葉に従って手段を選ばず亜人の改心を――」


「雷丈」


 クロウは短剣の切っ先を向けたまま、猛禽のような眼光でサンダージョーを睨む。雷丈はしばらく沈黙したあと、おどけたように肩をすくめて、両平手をあげて首を振ってみせた。


「――おお。怖い怖い。流石はラグナロク学園の教師。すごい圧だ。分かりましたよ。矛を納めましょう。こんな奴どうでもいいですしね」


 サンダージョーがヒロトから離れる。クロウはすぐさま言った。


「誰か回復魔法に適性があるものはいないか」


「は、はい! 私適性あります!」


「カードはあるか」


「はい!」


「頼む」


「はい。アクアヒール!」


 女性徒の1人がヒロトに駆け寄り、携行したカードとADで回復魔法の【アクアヒール】を発動する。何度か発動するとヒロトの傷はすぐに癒えた。


「あ、あれ……俺、気絶して……」


 ヒロトが目を覚ます。そして、状況確認のため辺りを見回して、サンダージョーを見つけた。


「う、うわぁああああああああああああああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 すぐさま土下座。そして何度も頭を地に打ちつける。サンダージョーがヒロトに近づく。ヒロトの肩がビクっと震えた。


「ご、ごめんなさい……」


 ――そっ。


 サンダージョーはヒロトに新約創界聖書をそっと優しく差し出した。ヒロトがサンダージョーを見上げる。


「え?」


「分かればいいのですよ。己の分際というものが。私の気持ちが伝わったようですね。これからは新約創界聖書で定められた亜人ランク最下位から2番目のイェロウマンキーの下等亜人らしく、分際を弁えて生きなさい。下等拝礼(ダルシー)を実施しなさい。毎日朝起きたら聖地イェルサメッカのあるエルロード教国の方角に五体投地して人間様に感謝を示すのですよ。それが下等亜人らしい生き方です」


「は、はい。ありがとう、ございます……」


「よろしい。これからは決して人間様に逆らったらいけませんよ。特に、神の子たるこの僕にはね」


「さ、逆らいません……ダルシーも実行します」


「うん。いい返事です。これからは己の分際を弁えて生きなさい。変にイキったりせずに、ね」


 新約創界聖書(ジ・エルロード)を胸に抱きしめ震えるヒロトを見て、サンダージョ―はニコッと笑みの濃度を濃くした。


 一応、歪んだ形ではあるが場が納まった。クロウは渋面を作り、額を抑えながら、それでも生徒に、指示を出した。


「とりあえずペアを作れ。それが学園長の指示だ」


 学園長へのそこはかとない畏怖が仄見える発言に、クロウに何か言っても仕方ないのだろうと生徒たちは諦め、ペア作りを再開した。


 玄咲は瞬きも忘れてずっとサンダージョーを見つめていた。


(――ゲーム通りの狂人。行き過ぎた人間至上主義者。のようでいてその実本質は単なるエゴイスト。癪に障れば亜人だろうが人間だろうが遠慮なくぶちのめすアンタッチャブル。

 しかもラグナロク学園が特殊な場所だから、雷丈家が王家も凌ぐほどの権力を有しているから、ただそれだけの理由で何をしでかしてもいつもご都合主義的に許され一切裁かれない。裁かれるのは学園編のラスト、主人公が一騎打ちの【決闘】でサンダージョーを打ち倒したあとのイベントでようやくだ。それまでひたすらプレイヤーにストレスを与えてくる、ゲームの欠点呼ばわりされるほどの不快キャラ。そしてゲーム終盤ではヒロインにまでも暴行を加える本物の悪魔。俺の一番嫌いなキャラだ……)


「さて、僕一人でも試験なんて合格できるのでペアなんて誰でもいいのですが――お」


 教室を練り歩いていたサンダージョ―が玄咲の方へと近づいてくる。身構える玄咲をスルーしてサンダージョーはシャルナに話しかけた。


「これは、これは。お美しい。さしずめゴミ箱に捨てられた一輪の花。どうです? 合格させてあげますから僕とペアを組みませんか? なんならプライベートで愛人として囲ってあげてもいいですよ?」


「!? 貴様殺――」


 快音がなる。玄咲が立ち上がり、サンダージョーの胸倉を掴もうとした矢先の出来事だった。サンダージョーが赤く晴れた頬を押さえる。机に手を突き立ち上がりざま平手を振り抜いたシャルナが色のない瞳に黒い情念を浮かべてサンダージョーを見る。


「――殺す」

 

(殺意――)


 玄咲はシャルナの瞳の中に本物の殺意を見る。


「許、さない」


 シャルナは殺意を瞳に乗せてサンダージョ―を睨み続ける。サンダージョーの顔から笑みが消えた。


「クソアマが」


(いかんっ――!)


 サンダージョーが凄まじい速度で拳を振るった。顔の正中線を目掛けたそれにシャルナは全く反応できていない。慌てて差し込んだ掌で玄咲はサンダージョーの拳を受け止める。


(!? 強――)


 想像より威力が強い。そう無意識領域で感じ取った時点で半ば本能的に玄咲は受け止めるのを諦め、軌道を逸らしながらもう一本の腕でサンダージョ―の体を猛烈に引き込み、サンダージョーの体に肩を接地し縦の回転をかけて投げ飛ばした。


 一本背負い。


 サンダージョーの背が床に強かに打ち付けられる。


「かはっ!」


 遅れて、シャルナが反応を示す。背後に投げられたサンダージョーと、次いで玄咲を驚きの目で見た。


「なんて奴だ――一切の躊躇がなかった。信じられん。クズめ」


「き、貴様。何故、僕ではなくそのクソアマの味方をする。普通逆でしょうがッ!」


「?」


 よろめき立ち上がりながらサンダージョーが言う。玄咲は理解不能なものを見る目でサンダージョ―を見た後、言った。


「冗談だろう。お前みたいなクズの味方、聖人だってするはずがない」


 サンダージョ―から表情が消える。声と、体を震わしながら言う。


「聖人、聖人と、僕が、聖人さまに見放された罪人だと、貴様、そう言ったのか。貴様、貴様……」


「いや、誰もそんなことは」


「貴様ぁああああああああ! シャァアアアアアアアアアアアアアアアアア! 武装解放(アムドライブ)! マリアージュ・デュー!」


 サンダージョーが腰につけたカードケースからカードを抜き放ち叫んだ。サンダージョーの手の中に禍々しい黄金色の鞭が現れる。さらにカードケースからカードを抜き放ち、黄金色の鞭に挿入しようとする。その手の動きがピタっと止まった。


「そこまでだ」


 いつの間にかクロウが漆黒の短剣をサンダージョーに向けて玄咲の背後に立っていた。サンダージョ―に歩み寄りながら言う。


「このADの中にはお前を殺せるカードが挿入されている。ダークバレットみたいな授業用の雑魚カードじゃない。俺が仕事で使うカードだ。殺されたくなければ武装を解除しろ」


「くっ、ぐぅうううううううううう! ……不良教師め。魔符士の風上にもおけない。この学園でなければそれは犯罪行為ですよ」


「ADを平気で人に向ける奴に言われたくはないな」


 現在進行形でADを人に向けているクロウの正気を玄咲は一瞬疑った。が、どうやら味方してくれているようなので細かいことは気にしないことにした。


「……魔符収納(カードモード)」


 サンダージョ―がADをデバイスカードに戻した。クロウも戻す。


「……ふぅ。お前を誰かとペアにしたら問題しか起きなさそうだ。雷丈。お前は一人で試験を受けろ。別に構わないだろ」


「構いませんよ。こんなお遊戯会みたいな真似に付き合わされるのも阿呆らしいですからね……」


 そう言ってサンダージョーは教室から出て行った。


「……はぁ、今年は過去一面倒くさくなりそうだな……」


「クロウ教官。仲裁してくださってありがとうございます」


「ん? いや、職務だからな。礼はいらん。しかし天之玄咲。先程の体捌きは見事だったな。何かやっていたのか」


「少しは」


「少しって感じではなかったが……ま、話したくないなら別にいい。あいつには気をつけろ。何をしてきてもおかしくない」


 そう忠告してクロウは教壇に戻っていった。


「げ、玄咲。あり、がと」


 シャルナが玄咲に話しかけてくる。その可憐な容姿を見て玄咲は思う。


(……シャルがサンダージョ―に誘われたとき、正直ゾッとした。シャルが他の生徒とペアになる――絶対嫌だ。これは、ある意味では好機。今なら自然な流れでシャルを誘える。いこう)


「シャル」


「なに」


「あいつはクズだ」


「うん。あいつは、クズ」


「きっと君を退学させようとするはずだ」


「……うん。かも、しれない」


「だから俺とペアを組もう」


「え? あ、うん……」


(よし)


 心の中でガッツポーズ。玄咲は自然な流れでシャルナとペアを組むことに成功したと思い喜んだ。



「――あの女、どこかで見たことあるか?」


 廊下。笑みを消し、サンダージョーは呟いた。頭の中の記憶を探りながら。

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