第8話 フリースタイル・ティーチャー

主な変更点

終盤のパチンコのくだりがないです。あとはカードの設定が今より少し複雑です。POWERとか書いてあります。僕は数字が苦手で、細かい数字管理をできる気がしなかったので本稿では思いっきりシンプルにしました。





「クロウ・ニート。このクラスの担任だ」


 玄咲が教室に入ってから30分後。始業時間から大分遅れて教室に入室してきたG組の担任は、そう名乗らなければ誰も担任だと信じないような恰好をしていた。血塗れの私服。顔を知ってる玄咲でさえ一瞬不審者が紛れ込んできたのかと思ったくらいだ。教室がざわつく。


「な、なんで血塗れなんですか」


 生徒の一人が敬語でクロウに尋ねる。


「……朝、出勤中にたまたま賞金首を見つけてな。通学路にだぞ。眼を疑ったが間違いじゃなかった。金が落ちてる。そう思ったときには俺はそいつをぶちのめしてた。血塗れなのは返り血で汚れたから。ついでに遅れたのはギルド(換金所)に行ってたからだ」


「は、はぁ……なんで着替えないんですか?」


「お前たちのために着替える暇も惜しんで急いできてやった。感謝しろ」


「……ありがとうございます」


 微塵もそう思っていないが生徒のためと言っとけば角が立たないだろうとありありと書いた顔でクロウは言った。なぜ自分の都合で勝手に遅刻してきた相手に急いできたからと言ってわざわざ感謝しなければいけないんだろうとありありと書いた顔で生徒は礼を述べた。


「……なるほどな」


 黒板を背にクロウが教壇に立って教室を見回す。幾人かの生徒に目を止める。数秒で生徒の見分を終えたクロウが軽く溜息をついた。


「面倒くさそうな面が揃ってやがる。今年は面倒くさい1年になりそうだ」


 クロウが眼をとめた生徒の中には当然のように玄咲も含まれていた。 




(クロウ・ニート――学園長がG組の不良を纏める人材を求めて学園外部から教員に強制徴用した賞金稼ぎ。魔符闘士としての実力は折り紙付き。だが、望まずして教師になったためかあまりやる気がない。着替えなかったのもどうせなんか面倒くさかったくらいの理由だろう。しかし……)


 伸ばしっぱなしの腰まで届く紫色の長い髪。その隙間から覗く生気のない、しかしカラスのように知性と鋭さを同居させた切れ長の瞳。力ない虚脱した振舞いとは裏腹に鍛え上げられ引き締まった体。可愛さや愛らしさの欠片もない。クララ・サファリアとは大違いだった。


(……クララ先生。さようなら。俺はあなたのいない世界で生きていきます……)


「さて、早速だが授業を始める。時間も押してるしな。今日は魔符闘士の必需品であるカードとアームド・リード・デバイス、そしてこの学園で使用するスクール・リード・デバイスについての講義を行う。“大人しく”聞くように」


 大人しく、にアクセントをつけて強調するクロウ。なんとなく、過去のクロウの苦労が想像させられた。


「まずはカードについてだ」


 教室最後列の玄咲の席まで明朗に響く低い割によく通る声でクロウが講義を始める。


「カード。正式名称ジ・アルケミジカル・フォーミュラ・シンギュラリティ―・カード。そんな面倒な呼び方してる奴学者以外で見たことないがな。現代カード文明の礎で、主にリード・デバイスに挿入することで様々な奇跡(魔法)を引き起こす人類の叡智の結晶だ。カード裏面の魔法陣にその秘訣があり、人間の中に眠る魔力を流して魔法陣を起動し、その効果をリード・デバイスで増幅することで魔法は発動する。リード・デバイスを介さなくても一応魔法は発動できるが、その場合校門前でお前たちが見たようなちゃちなイリュージョンもどきの現象しか起こせない。基本的にカードとリード・デバイスはセットで扱うものだと覚えてくれ」


 そんなこと言われなくても分かってる。そう言いたげな生徒たちの小馬鹿にするような表情を無視してクロウは黒板に板書を開始する。


「さて――この世には実に数多のカードが存在する。バトルカード、ライフラカード、クラフトカード、タロットカード、クレジットカード、バッテリーカード、メッセージカード、キーカード――その数、種類は上げきれないほど多岐に渡る。そんな数多あるカードを無理やり大別すると2種類に分けられる。バトルカードとその他だ。バトルカードは魔符闘士がカードバトルや魔獣退治に使うカードだ。この学園は魔符闘士を育成する学園なので、そのバトルカードにのみ焦点を当てて教えていくことになる。バトルカードは全部で3種類。マギカード、デバイスカード、エレメンタルカードの3つだ。まずはマギカードについて説明しよう」


 要点のみを黒板に書き出したのち、クロウがポケットから一枚のカードを取り出し生徒に見せる。


「マギカードには裏面に魔法陣、表面に魔法陣の情報が文字と絵と記号で刻まれている。具体的には、カードの左上隅に属性を示す漢字。カードの右上隅に系統を示す漢字。それらの間に十段階のカードの等級(ランク)をその数で示す☆マーク。その下にカードの名前。中央に枠線に囲まれたカードのイラスト。その下に同じく枠線で囲まれたカードの説明文。そして左下隅にカードPOWERを示す数値、右下隅にカードの消費MPを示す数値が刻まれている。例えば」


 クロウは生徒に表面を見せていたカードを裏返して、カードの表面に刻まれている魔法陣の情報を読み上げる。


「このカードの左上隅には〇で囲まれた闇の文字。つまり闇属性。右上隅には〇で囲まれた汎用の文字。つまり汎用系統。それら2つの文字に挟まれた☆マークの数は1つ。つまりランクは1。カード名はダーク・ライト。闇色の光球が棘立って発光しているイラストが描かれている。説明文には『闇色の光が辺りを眩く照らす』とある。左下隅の数値は10。つまり、カードの出力を示すカードPOWERが10であるということ。右下隅の数値は1。つまり発動するとMPを1消費するということだ。簡単だな」


(……うん。俺の持ってる知識と合致してる。この世界でも俺のカード知識は通用しそうだな)


「POWER……消費……」


(ん?)


 呟き。そして、紙の類にペン先を走らせる筆記音。隣を見ると、シャルナが机に広げたメモ帳にせっせとメモを取っている姿があった。集中しているようで玄咲の視線に気づく様子もない。まじめを絵に書いたような勉強姿勢。日の下の水しぶきのように撒き散らす気高き天使性の発露。後光が差して見える。玄咲にはシャルナが天使に見えた。手を合わせてシャルナを拝みたい衝動に駆られたが、芥のような一抹の理性がそれは非常識な行いだと玄咲を咎める。結局玄咲はシャルナの集中を削がないために、あと嫌われないために、余計な手出し口出しはやめておいた。


「人間の魔力には魔力属性と魔力系統がある。属性は火・水・風・土・雷・光・闇の7属性。系統は100種類以上存在する。基本的には一人に一つずつ持って生まれてくる。偶に複数の属性や系統を持って生まれてくる人間もいるがな。この中にもいるかもしれない。バトルカードの取捨選択にはその魔力属性と魔力系統の把握が重要になってくる。なぜなら、人間は自分の属性のカード魔法しか発動できず、得意な系統の魔法程威力が伸びるからだ。この授業のあとカードを買いに行ってもらうから、この点はよく覚えておくように。


……バトルカードについての説明は一先ずこれくらいでいいか。次はデバイスカードと、合わせてアームド・リード・デバイス――通称AD、あるいはデバイスについての説明をしよう」


 ダーク・ライトのカードを教壇に置いて、クロウはポケットからまた1枚のカードを取り出し、生徒に見せる。


「これがデバイスカード。バトルカードよりも大分シンプルだろう。上部にデバイス名、中下部にイラスト、そして左下隅に補正値が載ってるのみだ。これには理由があって、次元圧縮陣という超技術を織り込んだ魔法陣を描くために裏面の面積の殆どが使われていてデバイスの情報を詰め込む余白が殆ど残らないかららしい。俺は魔法陣を制作する魔工学者じゃないので細かいことは分からないがとにかくそういうものだと思ってくれ。で、その次元圧縮陣とやらを頑張って詰め込んだ成果がこれだ――武装解放(アムドライブ)」


 クロウが武装解放(アムドライブ)、と唱えた瞬間、その手に持つデバイスカードが光の塊となった。カード型から不定形へ。そして短剣の形へ。光が弾け、霧散する。クロウの手の中に、1秒にも満たぬ時の内にカードから柄尻の大きく膨らんだ漆黒の短剣が再誕した。


「武装解放(アームドモード)の掛け声でカードから一瞬でアームド・リード・デバイスが展開される。こ短剣程度のサイズならデバイスの状態でも持ち運べるが、斧や大剣のような大型のデバイスとなるとそうはいかない。そういうときに役立つ技術だ。カード状に戻すときは――魔符収納(カードモード)」

クロウが武装解放(アームドモード)、と唱えた瞬間、漆黒の短剣が光の塊となり、またも一瞬でカードへと変化した。


「こうだ。名前がそのまんまだから覚えやすいだろう。さて――武装解放(アムドライブ)」

 

 カードへと変化したデバイスを再び展開。再度握った漆黒の短剣を逆手に持ち、クロウはその大きく膨らんだ柄尻を生徒に向ける。


「デバイスには必ずカードスロットと呼ばれる穴がついている。短剣の場合はこの柄尻の部分だな。このスロットにも次元圧縮陣なる技術が使われていて、精々1枚しか入りそうにないこの穴に最大5枚のカードが入る。デバイスの形状変化の物理法則の無視具合からしてもっと入りそうなものだが、魔法陣の反発係数がどうのこうのとかでどうしても5枚しか入らんらしい。まぁ、魔符闘士志望のお前らが詳しく知る必要はない。デバイスを使う側じゃなくて作る側の魔工技師志望の魔工学部の連中ならともかくな――すまん。話が逸れた。で、このスロットにカードを挿入(スロットル)して――」

 

クロウが短剣の柄尻に空いたカードスロットに先程机に置いたダークライトのカードを挿入した。


「カード名を唱えると魔法が発動する――ダークライト」


漆黒の短剣が闇属性の魔力を纏い黒く光る。そして、魔法が発動した。短剣の切っ先に闇の光球が灯る。そして、眩く光る。教室全体を覆いつくす程の光量。生徒たちが眼を瞑り、腕で覆う。誰かが思わず口にする。


「うおっ、まぶしっ!」


 全く、けたたましいくらいの眩しさだった。眼を腕で覆いながら玄咲もその感想に同意した。


「魔法を終わらせるには効果時間の終了を待ってもいいが――排符(リジェクト)・ダークライト」


 クロウがそう言うと、短剣の柄からダークライトのカードが排出された。と、同時に、短剣の切っ先に灯った光球が消失する。教室はもとの白ずんだ明るみを取り戻した。


「今みたいに、排符(リジェクト)の起句のあとにカード名を唱えることでカードは排出される。その際魔法は強制終了する。ファイアボールなどの放出するタイプの魔法はカードを抜いても消えないがな。単に排符(リジェクト)とだけ言うと最初に入れたカードが、排符(リジェクト)・オールで全てのカードが一度に排出される。まぁ、これはオートマ式のデバイスの話だがな。手動でカードを入れ替えるマニュアル式のデバイスもある。一長一短だから自分に合う機構のデバイスを選ぶといい。このデバイスも授業のあと各自買いに行ってもらう」


 淡々と授業を続けるクロウ。そんなクロウの講義中に、幾人かの生徒がこそこそと私語を交わす。


「☆1魔法のダークライトであれだけの閃光を発生させるとかあの先公ただもんじゃねーゾ……」


「なんつー魔力量だよ。ブリバリじゃねーか……」


「へっ、どーせデバイス頼りの雑魚だぜ。あの強そうなデバイスがあれば俺だってあれくらいできらぁ」


「……」


 クロウが無言でポケットから1枚のカードを取り出し、短剣型のデバイスに挿入する。今度はなんだと注目する生徒たちの前で、漆黒の短剣をある一人の生徒に向けてボソッと呟いた。


「ダークバレット」


「あがっ!」


 横を向いて私語を交わしていた生徒――ヒロト・オライキリの側頭部に、漆黒の短剣の切っ先から放たれた黒い光の弾丸が命中。ヒロトの首が仰け反った。


「声のボリュームでカード魔法はある程度威力の調節が可能だ。ただし小さすぎたり、そもそも発音が不明瞭だと魔法自体が発動しない。例えばこう、首を絞められると、魔符闘士は途端に無力になる。暗殺などの危険な用途を防止するための安全弁的なシステムだが、対人戦に深く関わってくるシステムでもある。対人戦では相手の音声器官の何らかの手段での破壊が重要だ。覚えておくように」


 突然の凶行。それを、まるで何事もなかったかのように授業を続けるクロウの姿に、生徒たちが戦慄する。


「あと、魔符闘士には己の魔力量に応じた抗魔力というものが存在する。今のダークバレットは石をも砕く威力があったが、そこのパンチパーマの抗魔力に威力を減衰されて擦過傷を負わせる程度の威力に留まった。個体差はあるが魔力によって身体能力がある程度強化されているせいでもあるな。魔符闘士はカード魔法では中々死なないんだ」


「お、おい。テメー!」


 衝撃から回復したヒロトがクロウに啖呵を切る。


「何すんだ! バトル以外の場で罪人やトラジディーズ以外の相手をカード魔法で傷つけるのはカード法違反だぞコノヤロー! しかも教師が生徒に手出したんだ。こりゃ問題になるよなぁ! 出るとこ出られたくなかったら俺に謝れ」


「黙れ」


 ヒロトは黙った。血塗れの姿で放たれるクロウの猛禽のような眼光にビビったからだ。


「この学園は国に認められた治外法権の場だ。この学校では校則がカード法にも勝るルールなんだよ。ある程度の教育的指導は容認されている。お前の心配するような問題にはならない」


「ぐ……くそっ!」


ヒロトは舌打ちをして矛を収めた。クロウは嘆息して授業を続ける。


「私語はほどほどにするように……ん、バトルカードとデバイスカードの説明はもういいか。あとはエレメンタルカードだな。エレメンタルカードは精霊――大自然の霊的存在、その中でも自我を確立した強力な個体を宿した特別なカードで魔符闘士の切り札となるカードだ。人工的に生成することは不可能で、魔符闘士と契約を交わした精霊が自らカード化することでのみ誕生する。サンプルを見せたいところだが俺もエレメンタルカードは持っていない。精霊と縁がなくてな……。


 エレメンタルカードは魔力の代わりに精神力を消費して発動する。精神力は睡眠を取って霊界で魂を休める以外の回復手段が存在しない。精神力の消費量は精霊によって異なるが最大でも1日に3度までしか使えない。ま、このクラスに精霊と契約できるようなラッキーボイがいるとは思えないしざっくりとだけ解説しとく。ただ、今年の入学生の中にはエレメンタルカード持ちの生徒が何人もいる。そいつらとカードバトルするときは気を付けるように……説明しといてなんだか、やはり少し蛇足だったな。頭の片隅に留める程度に覚えておいてくれ」

 

カッ、カッと板書を終えたクロウが生徒に向き直り言う。


「先ほども言った通りこの授業が終わったらお前らには校舎横のカードショップでデバイスカードとバトルカードを購入してもらう。生徒カードを提示すればデバイスカードを1つ、バトルカードを10万ポイント分購入できるようになっている。自分の適性とスタイルに合ったカードを選んで購入しろ。そして――」


 こともなげに淡々とクロウは告げた。


「お前らには今日から3日間、購入したデバイスとカードを使い全校生徒で退学を賭けたカードバトルを行ってもらう。第1回目の退学試験だ」

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