第7話 モンキーレンチ

 主な変更点

 タイトル

 バナナモンキー→イェロウマンキー

 後半全部


「おい」


「ん?」


 ふいに、声をかけられる。それと同時に、玄咲の机の正面に男の胴が現れる。見上げると、髪型をパンチパーマにした男の歯抜けた間抜けな猿顔があった。耳が、手品でも使ったかのような大きさ。さらに、肌は黄色で毛深い。しかも猿顔。一度見たら忘れられないほどに特徴的。にも拘わらず玄咲の記憶にない顔だった。


「お前。ちょっと目立ってるからっていい気になってんじゃねーぞ。あんま調子コイてっと痛い目みせんぞ?」


(誰だこいつ。ゲームの雑魚敵のイェロウマンキーみたいな顔――おそらく、イェロウマンキーの亜人か。この世界オリジナルのモブキャラクターか? どう対応したものか……)


 イレギュラーな人物。イレギュラーな会話に戸惑う玄咲。中々返答をしない玄咲に苛立ったのか、歯抜けパンチパーマは舌打ちをして玄咲の机を蹴りつけた。


「黙ってねーでなんか言ったらどーなんだよ! スカした目で見てんじゃねーぞコラ! ぶっ殺すぞ!」


 チンピラのような見た目で、チンピラのようにイキリ散らかす歯抜けパンチパーマ。迫力皆無なそのオラついたイキリに失笑をこらえながら、玄咲はまぁまぁと両手を突き出して場を治めようとする。


「その、君」


「あ? 俺の名前は君じゃねぇ。ヒロト・オライキリだ覚えとけバーカ」


「……」


 あんまりにあんまりな名前に突っ込みたいのをこらえながら、玄咲はヒロトをなだめにかかる。


「えっと、ヒロト君。俺は暴力が嫌いなんだ。できる限り何事も平和的な解決を目指すべきだと思ってる。だから、ヒロト君。俺に君と争う意思はない。分かってくれるか」


 玄咲は精一杯ヒロトを説得する。


「――ふん、弱虫が」


 玄咲の説得にヒロトは鼻息で応じた。


「もっともらしいこと言ってっけど要は喧嘩する勇気がねーだけだろーが。お前俺のこと馬鹿だと思ってんだろ。詭弁で煙に巻けっと思ったら大間違いだぞテメー」


「いや、本音なんだが」


「黙れや」


 ヒロトは玄咲の机にペっと唾を吐き、さらに顔をグイっと玄咲に近付けてイキった。


「雑魚がイキってんじゃねーぞ。どーせてめーみてーな弱虫はすぐ退学になんだ。夢見るだけ無駄だから今の内に荷物纏めて故郷に帰っとけバーカ」


「……そうか」


 玄咲は面倒くさくなってきたので適当に返事をした。


「そうだよ。へっ」


 ひとしきりイキって満足したのか、ヒロトは肩でオラつきながら自分の席に戻っていった。一連のやり取りを経て、玄咲は自分がG組に配属されたという事実を嫌という程実感した。


(流石G組。屑ばかりだ。物語上の敵役なだけはある。……さて、なにか唾を拭くものはないかな?)


 玄咲は机の中に手を突っ込んでみる。固い感触。それを無視して奥へ。くしゃくしゃに丸まったペーパーを発掘。引っ張り出し、広げてみる。


(罰怒暴威子(ばっどぼーいず)、死苦夜露亡衣人(しくよろないと)、暗殺狂舞会(ひっとぱれーど)、座・弩烈怒(ざ・どれっど)……中二ノートならぬ不良ペーパーか。ゴミだな)


 玄咲は唾をペーパーで拭き取り教室後方にあるゴミ箱に投げ捨てる。その動作を見届けてから、少女が玄咲に話しかけてくる。





「酷い、ね」


「ん? ああ」


「やり返、さないの?」


「ああ。やり返さない」


「ムカつか、ない?」


 途切れ途切れの特徴的な喋り方をする子だなと思いながら玄咲は少女に返答した。


「ああ、ムカつかない。奴にも言った通り俺は基本平和主義者なんだ。なるべく争いは避けるべきだと思っている。必要なら躊躇もしないが」


「ふーん……見た目より、温厚なんだ」


「……どうだろう。優先順位の問題という気もする。もしも自分ではなく天使が悪く言われたり傷つけられたら、俺は間違いなく」


「天使……?」


「……いや、その」


 口が滑ったなと思いながら誤魔化しの言葉を吐こうとする玄咲に、少女が先制して問いかける。


 なぜか、不機嫌そうに。


「天使族、好きなの?」


「え? ――あ、そうか」


 CMAの世界には天使族と呼ばれる地球の天使の概念そのまんまの見た目の種族が存在する。


(確かにこの世界で天使と言ったら天使族を思い浮かべるか)


 思いながら、


「好きだよ。大好きだ。嫌いなわけがない。天使の外観も俺は大好きなんだ」


「……そっか。みんな、好きだよね。白くて、綺麗だもんね」


「ただ、俺は天使族が好きなのではなく天使が好きなんだ。天使族はその特徴を多分に含有しているから好きなだけであって、えっと、意味が分からないと思うが俺もよく分からない。言葉にできない概念的な愛なんだ。だから、とにかく、天使が好きで――」


 少女のつまらなそうな顔を見て、天使への愛が暴走しかけていることに玄咲はようやく気づく。


「本当、好き、なんだね」


「……うん。この話はやめよう。互いにとって何の益もない気しかしない」


「そうだね。天使、好きなんだ」


「……」


 少女も少女で天使に何らかのこだわりがあるようだったが、今の関係性でその正体を聞くことは躊躇われた。


「……まぁ、いいや。えと、天之、玄咲」


 何故、名前を。そう聞きかけて、入学式で学園長に名前を問われ大声で宣誓したことを思い出し、玄咲は口を結んだ。少女が胸に手を当てて自己紹介する。


「私の、名前、シャルナ・エルフィン。シャルって、呼んで」


「いい、のか?」


「うん、その代わり、私も、あなたのこと、玄咲って、呼ぶ」


「!?」


 少女――シャルナの発言は玄咲の基準からしたらあまりにも攻め過ぎていた。あだ名、呼び捨て、それはかなり仲のいい男女間でのみ発生するイベントのはず。しかし、シャルナは攻略対象外。その気がないのは明白。玄咲には何が何だか分からなかった。


(分からない。この少女が何を考えているのか全く分からない――!)


 ただ、天使のように可愛いこと以外、現時点では何も分からなかった。

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