没第0話 最初稿

 読者の反応やら整合性やらを意識し過ぎて本稿と大分別物になっています。

 特に中盤の主人公の長台詞による説明が本当に長いです。こんな長かったら読者にブラウザバックされると思って殆ど切っています。読み飛ばし前提の本当に長い長台詞という演出なのですが初見でそう受け取ってくれるわけがないと投稿する前に気づきました。

 かなり変えた。けど変えてよかったのか分からない部分も相当あります。もう自分じゃ分かりません。





「この世は地獄だ」


 赤い空を戦闘機や爆撃機が飛び交っている。それらを見上げながら、焼け焦げた瓦礫へと解体された高層ビルやらアミューズメント施設やらが埋め尽くす地上を軍服を着た一人の男が歩いていた。


 戦闘機や爆撃機が飛び交う赤い空を見上げながら、焼け焦げた瓦礫へと解体された高層ビルやらアミューズメント施設やらが埋め尽くす地上を苔緑色の軍服を着た一人の男が歩いていた。


 今から5年前の2023年、突如として第三次世界大戦が始まった。平和な日本で毎夜ファイティングポーズを決める凄惨すごいみじめな引きニート生活を送っていた男は、3年前に国に強制徴兵された。パソコンで小遣いで買ったみるくふぁくとりーの新作エロゲをプレイしている最中のチン事だった。


 3年間、男は色々な戦場で戦った。ヨハネスブルグ、ベネズエラ、メキシコ、アフガニスタン、ジャマイカ。危険な戦場ばかりだ。いつ死んでもおかしくなかった。核の爆発すら見たことあるが、どういう訳か男は生き残った。ただひたすらに運が良かった。そうとしかいようがなかった。


 そして今日。


 男はついに日本に戻ってきた。敵軍の最新鋭戦闘機を単身強奪して一か八かの太平洋横断フライトを決め込んで燃料が切れるギリギリで日本に着いたのだ。しかも着いたのは幸運なことに男の地元の福岡。海岸に着陸させた戦闘機を乗り捨てて男は歓喜の表情で家へ駆けた。


 瓦礫の山が男を出迎えた。


 死体もあった。大人二人。子供一人。父と母。妹。男の家族だった。


 ヒキニートだった男を罵倒しながらも養ってくれた優しい父。言葉でなく部屋の前に届ける飯で男と語らってくれた母。口を開けばキモイ、ウザイ、死ね。それでも部屋に連れ込んだ彼氏とのSEXに聞き耳を立てる程に男が溺愛した妹。徴兵の際警察に強制連行される男をせめて心配させるまいと涙混じりの笑顔で、手まで振りながら見送ってくれた愛すべき家族たち。


 みんな死んだ。


 男にとって平和の象徴だった暖かな家庭の崩壊。地獄を幾度見ても折れなかった男の心が瓦礫の山に埋もれた家族の死体を見た瞬間、ポキリと折れた。


 それから先のことを男はよく覚えていなかった。ガラクタ市と化した炎上する街をただただ彷徨い歩いた。

 

「この世は地獄だ」


 日本に戻れば平和の兆しが見えるのではないか。男が現実逃避気味に抱いていたそんな淡い希望は、赤い空を我が物顔で飛び回る他国の戦闘機や爆撃機によって粉々に破壊された。


 破壊された街並みを死んだ目で歩く。ふと、そんな男の耳に悲鳴が届いた。


「……死ぬまでの暇つぶしに丁度いいか」


 野次馬根性で男は悲鳴の聞こえた方角へと足を延ばした。




 形を残した廃墟。二階建ての何らかの施設の一階部分。その中で、軍服に身を包み防毒マスクをつけた4人の男が一人の少女を取り囲み何やら言い争っていた。入口の陰に姿を隠し拳銃片手に様子を伺う男が耳をすます。が、多国語が絡み合い何を言っているのか正確に識別するのは困難だった。


「~~アル! ~~アルネ!」


「HAHAHA! Nice Joke! This hole is mine!」


「~~コフ。~~スキー。~~チョフ!」


「オ、オーイエー。マワルターンテーブルスタイルイズディスファック。オーケー?」


 男は辛うじて英語だけ、意味は分からないが聞き取る。他の言語は中国語とロシア語であることしか分からなかった。だが、意味など分からなくても男たちの意図は分かる。一人の女を複数の男が囲む。このような醜悪な光景を男は戦場で腐るほど見てきた。見逃してきた。己が生き残るために。


 ただでさえ暗澹へと沈んだ気持ちをさらに暗く淀ませながらも、男は男たちから目を離さない。


(アメ公二人。露助一人。シナ一人か。第三次世界大戦の発端共が仲良く幼子をレイプとは世も末だ。まさに世紀末だな。北斗の拳の世界だ。R18版のケンシロウはどこだ?)


 そんなことを思いながら気配を殺してじっと機を伺う男。その視線の先で状況に動きがあった。


 立って言い争う4人の男の真ん中で地面に蹲る、頬を赤く腫らした少女が大声で泣き始めたのだ。


「パパあああああああ! 怖いよぉおおおおおおお! 助けてよぉおおおおおおお!」


 4人の視線が少女に集まる。男は動いた。


「Shut up! Bich! Ahhhn?」


「ひっ!?」


 流暢な英語を喋る方のアメ公が右手を大きく振り上げる。少女は反射的に赤くはれた頬を両手で庇った。


(なるほど、アメ公に打たれて頬が赤く腫れていたわけか)


 思いながら拳銃の引き金を弾く。流暢な英語を喋るアメ公が首から血の華を咲かせながらもんどりを打って倒れた。


「ヒィイイイイイイイイ! アッ!」


 なんだかナヨナヨして気持ち悪い動きをする二匹目のアメ公の首元にも、襟とマスクの隙間を縫うようにして男は銃弾を撃ち込んだ。それと同時、男は廃墟へと突撃。ロシア人と中国人が2匹目のアメ公が地に倒れるよりも早く拳銃を抜き放ち男へと向けた。


「アルッ!」


 男がそれよりも早く放った銃撃によって中国人が首から血を噴いて死ぬ。男がロシア人に銃口を向ける。


 銃撃音が廃墟に木霊した。


「くっ、くくっ、生への執着の切れ目が、銃弾と命の切れ目だったか……」


 男が倒れる。残弾が0の拳銃が床に転がった。


 ロシア人がガスマスク越しに額を拭う。そして、2人のアメ公と中国人の死体に近づく。脈を測り、心音を聞いて、2人のアメ公と中国人の死を確認する。


 ロシア人は笑った。


「コフッ、コフフッ!」


 笑って少女に近づく。少女はいやいやと首を振り、尻を引きずって後ずさった。ロシア人は鼻息を荒くして、少女のスカートの中へと手を侵入させる。


 その背に、猛然と足音が迫る。ロシア人が驚き振り返る。死んだはずの男が猛ダッシュで男に迫っていた。ロシア人は慌てて銃口を男に向ける。


「射線を見切ればッ!」


 銃弾が放たれる直前、男は地を蹴った。高速ステップ。銃弾は男の残像を射抜いた。


「コフゥウウウウウウウウウウ! ゴフッ!」


 ロシア人が血を吐いた。手刀が喉に突き刺さっていた。男は手刀を抜く。そして睾丸を膝で潰した。痛みでロシア人はショック死した。


「運は俺に味方した。悪いな」


 男はロシア人の手から拳銃を奪い見分する。


「マカロフPMか。粗悪な銃だ。銃弾だけ貰っとこう」


 拳銃から銃弾を抜き、己の銃に込める。流暢な英語を喋るアメ公、中国人の死体にも近寄り、同じ作業を繰り返す。


 男が残る一人のナヨナヨした気持ち悪い動きをするアメ公に近づき銃を奪う。男の顔色が変わる。男はアメ公のガスマスクを剥いた。


 そこには眼鏡をかけたしょうゆ顔の不精で弱々しい死に顔があった。


 日本人の顔だった。


「……日本式拳銃を持っているからもしかしてと思ったらやはり、か。人種や国籍なんて関係なく屑は屑か。軽蔑するぜ変態が」


 しょうゆ顔に唾を吐きかける。唇に唾があたる。口内に侵入し、唾を咥えたような見た目になった。しょうゆ顔と間接キスをしたかのような錯覚を覚え、気色悪さのあまり男はしょうゆ顔の顎を蹴飛ばした。


「下種が」


「あ、あの」


 男が振り向く。少女が揺れる瞳で男を見ていた。


「なんだ」


「あ、あの、助けて、くれたんですか?」


 疑問形。少女は男に襲われる危険性を危惧している。その危惧を振り払うために男は端的に断じた。


「そうだ。俺は君の味方だ」


「よ、よかった!」


 笑顔が咲く。その笑顔を見て男は気付く。少女はかなり可愛い容姿をしている。


 男は生粋のレイプ否定派だ。子供部屋に籠ってエロゲー三昧していた頃からそうで、戦場でもその思想は変わらなかった。だから、男は童貞のままだ。女性を殺した経験はあっても女性と性交どころか仲良くなった経験さえも幼いころの妹とが唯一。女。肉体。まだ、知らない未開の地。その憧れが男性である以上確かにあった。その幻想が、女性、というか美少女を同じ人間として見なさせない。なにか聖的な自分にはない凄いものを持っているマリア的な存在としてしか美少女を見れなかった。


 そして少女は美少女だった。しかも自分が出来愛している妹の最も可愛かった幼少期の姿に似ていた。男の滑舌と知能が途端に怪しくなる。


「そ、そうだな。よかったな。よかった。うん。よかった」


「うん! ……ねぇ、お兄ちゃんって呼んでいい」


「いいよ」


 男は即答した。そこに知性は介在していない。ただ愛欲だけがあった。


「あの、お兄ちゃん。銃で撃たれた場所は大丈夫なんですか?」


「ああ大丈夫だ心配ないこいつのお陰だラッキーだった」


 男は胸ポケットから取り出したものを少女に見せながら、意図せず早口になってしまったことに動揺した。年齢=歴で熟成させてきた筋金入りの童貞が男に今牙を向いていた。


「これ、なに」


「これは、ポケットボーイ。1989年の、4月21日に、ナンテンドーから発売された、名ゲーム機だ。戦場で、兵士の孤独を、慰安してくれる。俺も、大分救われた」


「お兄ちゃん。なんでそんなゆっくりしゃべってるの?」


「……」


 男は少女の質問には答えず、十字キーとABボタンの丁度間で銃弾を受け止めている己の相棒たるポケットボーイの電源を入れた。どうせ壊れて動かないだろう。そう思うも、なんとなくそうせずにはいられない。ゲーマーのサガだった。


「まだ動くかな」


「あ、うごいた」


「!!!?」


 男は驚いて画面を見る。確かにそこには薄白い液晶画面にPOKET BOYの文字が浮かんでいた。ゲームの起動画面。男は歓喜した。


「やった! ゲームが出来るぞ! ほら、やってみろ!」


「う、うん」


 男は少女にポケットボーイを手渡す。テンションが一所に定まらない男を少し気味悪く思いながらも少女は従った。もとより弱い少女は従う以外の選択肢を持ち合わせていなかった。


 ピコピコ。ピコピコ。


(これで会話の間が繋げる。5年間戦闘中以外は常にやってたCMCの話ならいくらでもできる)


 男はゲームをプレイしている少女に早口でCMCの説明を行った。


「今君がプレイしているゲームの名前はCARD&MAGIC CHRONICLE。通称CMC。天使やエルフやドラゴニュートなどの亜人と人が共存する中世ヨーロッパ風の架空の異世界を舞台にしたカードマジック学園アドベンチャーRPGだ。1999年4月1日発売。ノストラダムスの大予言と結びつけると覚えやすい。果計出荷本数は10万本。当時としては小ヒット。誕生日に新品で買ってもらったが、その翌日に中古ゲーム屋で980円で売られてるのを見た苦い思い出がある。


 ああ、全クリ状態のセーブデータからプレイしてもストーリーが分からないよな。よし。説明しよう。カード&マジック・黒にくる――通称CMCはラグナロク学園というカード魔法を教える特殊な学園に通って、カード魔法を使って戦う魔符士カーディアンとして成長し天下壱符闘会への出場&優勝を目指す物語だ。主人公の名前は大空ライト。主人公だけが所有する全属性適応の虹色の魔力にちなんだ名前だ。糞ダサい名前なので変更するのがお勧めだ。ちなみに俺は実名でプレイしている。そうすることでヒロインとの恋愛により没入することが――。


 すまん。話が逸れたな。天下壱符闘会は4年に1度開催されるカード魔法の世界大会で代理戦争の役割を果たしている。作中世界は一度カード魔法を使った戦争で滅びかけていて、それを反省して天下壱符闘会が考案されたんだ。天下壱符闘会の優勝国は以後4年間【覇国】となり、各国の過半数の承認を得るという条件のもと国際法を1つ削除、もしくは1つ追加できる改法権を得る他、次回開催までの4年間世界の主導権を握ることができる。ガンダムファイトみたいなものだな。その性質上、大会には自然と各国最強の魔符士カーディアンが集う。主人公の夢はその天下壱符闘会で優勝して世界最強のカード魔法使い――魔符士カーディアンになることだ。主人公らしい爽やかで明るい夢だな。どうでもよすぎて共感できないのが欠点だ。


 そのために主人公は国一の魔符士養成機関であるサヴァイヴ学園に入学するんだが、これがとんでもない学園でな。なんと退学試験というこの学園独自の試験に落ちた人間は容赦なく退学させられるんだ。俺も幾度試験に落ちて退学――つまりゲームオーバーになったか分からない。その学園で退学を賭けた生徒同士のサヴァイバルを生き残り、学校からの推薦を得て天下壱符闘会へ出場する。これがゲームの大まかな流れだ。


 ちなみに天下壱符闘会の優勝はかなり難しい。なにせ主人公は弱い。どんなカードでも使える代わりに素のステータスが平均的に低いんだ。ゲームに歯ごたえと遊びの幅を持たせるための意図的な調整だ。優勝するには周回特典を活用する必要がある。まぁ、イベント配布限定のぶっ壊れカードを使い回せば楽勝なんだがな。もちろんそのカードもこの中にある。彼女・・は、俺のマイフェイバリットカードで、宝物で、相棒だ。俺は彼女を愛しているんだ。


 ん……色々長々と話してしまったが、2週目以降スキップ推奨のメインストーリーも、ゲーム性も、あ、最後のカードはどうでもよくないが、それ以外は正直全部CMCを楽しむためにはどうでもいいことだ。なぜなら、CMCの本質はサブストーリーたるヒロインとの恋愛だからな。メインストーリーなんておまけだよ。プレイヤーは主人公となって種族性格容姿髪色多種多様な個性的なヒロインたちとリアルな恋愛が楽しめるんだ。凄くリアルだぞ。リアルで恋愛経験のない俺でもリアルだと感じるくらいだ。きっとリアルで恋愛経験のある人間がプレイしたらこのリアルさに驚くだろうな。


 ヒロインたちは天使だ。何人たりとも穢してはならない触れられざる光輝だ。夢幻世界という神聖領域において無限にアガペーを産み出しただただプレイヤーに分け与える。そんな存在を天使と言わずして何という。他に例えようがないだろ。俺は仏は信じているが神は信じていない無神論者だ。そんな俺でも天使の実在だけは信じられる。何故だか分かるな。天使がこの中にいるからだ。この、ポケットボーイの中にな。彼女たちがいるから俺は心病まずにいられた。俺の夢は天使と結婚することだ。いつか叶うと信じてる。


 ゲームシステム的な特徴は、やはりタイトルにもなっているカード魔法だろう。といってもシステム自体は既存のPPGの魔法とほとんど変わりはない。戦闘画面でカードのコマンドを選ぶと最大5枚のカードが表示される。その中から一つを選び、MPを消費して魔法を発動するシステムだ。


 ただ前述の5つ、という部分がミソだ。プレイヤーは総数1000を超えるカードの中から5枚のカードを選んでメインデッキにセットする。その5枚のカードが戦闘で最初から使用できるカードだ。プレイヤーはさらにサイドデッキにも5枚のカードをセットすることができる。戦闘中にチェンジのコマンドを使うとメインデッキとサイドデッキのカードを入れ替えることができるんだ。それだけで1ターン消費するからあまり多用はできないがな。


 なんで戦闘中に5枚のカードしか使えないのか気になるか? 気になるだろう?」」


「え、ううん……」


 男は少女の否定を肯定と聞き違えた。男のオタクとコミュ障と早口が加速した。


「うん、か。なら、教えてやろう。5枚のカードしか使えない理由。それは、CMCの世界ではカードはアームド・デバイスにセットしないと使えないからだ。


 アームド・デバイス。正式名称アームド・リード・デバイス。リード・デバイスというカードを使用する機会の中でも特に戦闘用途に特化したリード・デバイスをアームド・リード・デバイスという。略称はAD。ゲーム中には剣や斧や銃や弓など様々な性質・形態のADが登場する。その中から好きなADを選んで鍛えていくんだ。ちなみに最強の武器は銃だ。


 ADは要するに一般的なRPGで言うところの武器だ。プレイヤーの攻撃力に大きな補正をかけてくれる。いや、カードの効果にか。カードはアームドデバイスにセットして使うか否かで威力が100倍以上変わってくる。だから作中の登場人物達は必ずカードとADをセットで持っている。CMCの世界においてカードと同じくらいADは重要なマクガフィン。いわばカードと並ぶもう一つの設定的な主役だ。いくらでも所持できるから俺は全武器種のADをカンストまで鍛えている。凄いだろ。


 ADについてはそれくらいか。あとカードには熟練度というものがあってだな。使い続けるとMAX99まで上がる。俺は全カードの熟練度を99まで上げてある。凄いだろ。


 熟練度をMAXまであげると魔法の威力が2倍になるほか、フュージョンマジックが解禁されるんだ。


 熟練度をMAXにしたカードを特定の組み合わせでデッキにセットすると、カードのコマンドの下にフュージョンというコマンドが現れる。そのコマンドを選ぶとフュージョンマジックが表示されるんだ。フュージョンマジックは総じて莫大なMPを消費する代わりに威力も絶大。分かりやすく格ゲーで例えると超必殺技だな。戦闘における切り札で、世界観的にも重要な意味があるCMCの花形さ。ちなみに俺は全フュージョンマジックの名前と組み合わせを空で言える。凄いだろ。


 俺は5年間、戦ってる間以外はずっと引き籠ってCMCをやっていたんだ。これしか逃げ込む先がなかったからさ。冷たい現実より暖かい虚構だよ。この世は地獄だから。いつか君にもその真理が分かる日がやってくると思う。なにせこの世は地獄だから。


 あと、俺の好きなヒロインは」



「ねぇ」


 男の長台詞をぶった切り無表情に少女が言う。


「このげーむちーぷでつまんない」


 男の心を曰く言い難い波が走り抜けた。徴兵される際取り敢えず掴んだバッグの中に運命的に死蔵されていたゲーム。それがCMC。神の恵みと本気で思い、ひたすら現実逃避気味にやり続けた男にとって最高のゲーム。それがCMC。


 そのCMCが、ちーぷでつまらない。


「……」


 男は少女の年を考える。おそらくローティーン。最新のゲームに触れたことの1度や2度はあるだろう。その少女からしてみれば90年代のゲームがチープに見えるのは道理。むしろチープ以外の感想を抱く方が異常だった。


 男は少女のプレイ時間を考える。僅か数分。奥深いシステムや可愛いヒロインとの会話劇を楽しむにはあまりにも少ないプレイ時間。面白いと思えという方が無理があった。


 男は反論を諦めた。ただ一言、頷いた。


「そうだな」


 男は少女から少し乱暴にゲーム機を取り上げて、地面に胡坐をかき自分でプレイし始めた。少女にとってはちーぷでつまらないげーむ。されど男にとって至高のゲームであることに変わりはない。やってみれば、やはり楽しかった。かなり贔屓目が入ってることは自覚している。それでも男にとってCMCはやはり神ゲーだった。楽しい、美しい思い出がうんとたくさん詰まった、史上最高のゲームだった。


 男は無言でゲームをし続ける。少女はしばらくその男を見ていた。だが、男が一向にゲームを辞める気配が無いので少女は男の太腿の上に尻を下し、自分もゲーム画面を眺めることにした。


 男のゲームをプレイする手が止まる。少女が不思議そうな上目遣いで男を見上げた。


「どうしたの」


「なんでもない。前だけ見てろ」


「うん」


 少女はゲーム画面に視線を戻す。男は太腿付近に当たる尻の感触から努めて意識を逸らしながらゲームに集中した。


「このADは闇属性のエレメンタルカード特化なんだ闇属性のエレメンタルカードを使うとよく分からないが通常の3000倍の威力が出るようになってるんだすごいだろ感度ならぬ威力3000倍さ」


「意味分かんない」


「そうか」


 少女はCMAに大して興味がないようだと、ワクワク感の欠片もないトーンの声を聞いて男はようやく察する。何を話したらいいか分からなくなった男はとりあえず無言でゲームをプレイし続けることにした。そうでもしていないと性欲で頭が沸騰しそうだった。


 ふと、視界の端、廃墟の入り口から見える空の中で、爆撃機が爆弾を投下する姿が見えた。男は視線を上げる。巨大な爆弾だった。それは男が100KM以上の遠くからしか見たことがない大量殺戮兵器。1000KM先にまで爆風を伝えるそれが、1KMかそこらの地点に投下された。男はそれだけ確認してゲーム画面に視線を戻す。今更できることなど何もない。ならば最後の瞬間までCMCをしていたい。そう思ったからだ。


「お兄ちゃんって、強いね」


 少女がそう言う。外の様子に気付いた様子はない。ならばわざわざ死の恐怖を煽る必要もないだろう。そう判断した男はごく自然な口調で返答する。


「俺は戦闘の天才なんだよ。他に何の才能もなかったけど、戦闘の才能だけはあったんだ……気付いたのは戦争が始まってからだけどな。それまでは人も殴れない優しい子だったよ俺は」


「ふーん……お兄ちゃんって、目つき悪いね」


「ん。そうだな。よく言われる。生まれつき悪いわけじゃないんだが、いつの間にか悪くなっていた。人を殺し過ぎたせいだろう。殺した人間の怨念が目に憑りついているのかもしれない。まぁ、今更どうでもいいがな。もう人を殺しても何も感じない。もう駄目だよ俺は」


「でも、お兄ちゃん、優しいよ」


「そうか」


「だから」


「?」


「好き」


「……」


 男のゲームをプレイする手が一瞬止まる。だが、すぐにまた動き出す。男に見えない角度で少女が頬を膨らます。


「私」


「なんだ」


「私の名前、符桜美遊ふざくらみゆ。お兄ちゃんは?」


天之玄咲あまのげんさく。それがどうかしたか」


「げんさく、私のお兄ちゃんになってくれる?」


「いいぞ」


 男は適当にそう答えた。


「やったー!」


 少女が身じろぎをして喜ぶ。恐ろしい程の官能が男の敏感なポイントを包みうねる。男はCMCに全神経を集中することでなんとか呻きを噛み殺した。今更そんな辛抱をして何になるのかとも思うが、男は見栄やプライドを大事にするタイプの男だった。それらを失ったら男として終わりだと思っていた。


「ねえ」


「なんだ」


「じゃあ、私のパパになってくれる」


「っ!」


 男は泣きそうになった。家族を失って、それらの代わりを求める少女の痛ましさにくらった。今思えば、お兄ちゃんになってというのも、本当に兄の代わりを求めての発言だったのだろう。声を震わして男は肯定した。


「ああ、いいぞ」


「じゃ、じゃあ、私が大きくなったら結婚してくれる?」


「……」


(いや、待て、それはちょっとおかしくないか? なぜ、お兄ちゃん、パパときて結婚……まぁ、いいか)

 

 少し腑に落ちないものを感じながらも、どうせ死ぬからと男は適当に少女が喜ぶであろう答えを返す。


「いいぞ」


「わーい!」


 少女が喜ぶ。密な場所をぐにゅぐにゅと動かす。男は血眼になってCMCに全集中する。獣の呼吸でゲーム画面を操作し、ゲーム中最強のフュージョンマジックのコマンドにカーソルを合わせた。


 そして、ボタンを押す。


【アトミック・バーン】


 廃墟の入り口を吹き飛ばしながら台風のように爆炎が侵入してくる。爆炎が全てを攫う。銃弾をも受け止めたポケットボーイが紙切れのように溶け消える。


 そして男と少女もまたこの世界から消失した。

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