第5話 後輩ちゃん、シャワーる
【体育館脇、シャワー室前】
二人の足音。
「シャワー室に到着ですね! じゃあ先輩、さっそくですけど入っちゃいましょうか。入る順番はジャンケンで決めます? え、先でいいよ? そうですか。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
「ササっと浴びてきちゃいますから。先輩、絶対に帰っちゃダメですよ。もし先に部室に戻ったりしたら先輩のこと一生恨みますからね。生霊として毎晩先輩の枕元に立ちますからね? ちゃんとワタシが戻ってくるまでここで待っててくださいね?」
ガチャっと後輩がドアを開ける音。
後輩の声が少し遠くなる。
「わっ、真っ暗。えーっと、電気のスイッチは……あ、これか……」
パチ、とスイッチを入れる音。
「あれ? 点かない……」
パチパチパチッと何度もスイッチを入れる音。
「……」
後輩の声がふたたび近寄ってくる。
「大変です、先輩。電気がつきません。停電してるわけじゃなさそうなので、たぶん中の蛍光灯の電気が切れちゃってるのかな……?」
「というわけで、先輩。中までついてきてください」
「え? なんでそうなるって? ここで待ってるからパパッと一人で入ってこいよ?」
「ううう……」
「もう白状します。怖いです。めっちゃ怖いんですよぉ! こんな真っ暗なところで一人で裸になるなんて絶対ムリです! ムリムリムリのカタツムリなんですよぉ! お願いですからそばにいてくださいよぉ」
「え? シャワーを浴びてるすぐそばに自分がいるのは流石にマズイだろ? 大丈夫ですよぉ。更衣スペースとシャワー室はきっと仕切られてますし、そもそも真っ暗だから見えないでしょうし……」
「それに先輩はワタシにとって特別なんです! 最悪、裸を見られちゃっても先輩ならオッケーです!」
「……あ、でもぅ、そのときはぁ、責任はちゃーんととってくださいね? 嫁入り前の女の子の裸を見るわけだからぁ、その辺はちゃんとしてもらわないとぅ……」
「え? 何の責任だって? もう、とぼけちゃってぇ。わかってるクセにぃ。女と男の間に発生する責任なんて一つしかないじゃないですかぁ。『け』で始まって途中が『つ』と『こ』で、最後が『ん』で終わる4文字のあれですよぉ。うぇひひひひ」
「あぁ、深〜いため息をつかないでくださいよ。……え? 分かったからとっとと済ませろよって?」
「先輩っ! ありがとうございます! じゃあ、さっそく中に入りましょ?」
バタンッとドアを閉める音。
「わっ閉めちゃうとホントに真っ暗ですね……えっと、携帯のライトで……よし、これでなんとか中が見えますね。こっちの奥がシャワー室で、ここで着替える感じですね……」
「じゃあ先輩! けっしてワタシのそばから離れず、なおかつあっちを向いててください!」
「……あれ、ずいぶん素直にあっちを向いちゃうんですね。そーは言いましたけど、思春期ならではの劣情に突き動かされて、こっちをチラチラ見てたくらいなら、後輩ちゃんは見たけりゃみせてやるよの精神で……すいませんすいません、大人しくシャワー浴びてきまぁす! だから中にいてください!」
「もう、ほんとに冗談が通じない人なんだから……ブツブツ……」
後輩が制服を脱ぐ衣擦れの音。
「今、制服とスカートを脱ぎました〜」
ブラジャーのホックを外す音。
「今、ブラジャーを外しましたよ〜」
下着を脱ぐ衣擦れの音。
「ショーツも脱いじゃいましたぁ。先輩、今、ワタシすっぽんぽんになっちゃいましたよ〜。え? いちいち報告しなくていい? うぇひひ、は〜い」
シャワー室にかかっているアコーディオンカーテンを開き、後輩がシャワー室へ移動する音。
シャワーから水が流れ出し、後輩がシャワーを浴びる音。
「ふんふ〜ん、はへ〜ん♪ すっぽんぽ〜ん♫」
シャワーの音に混じって、後輩の口ずさむ妙な鼻歌が聞こえてくる。
やがてシャワーの音が弱まり、止まる。
後輩がタオルで濡れた身体を拭く音。
服を着る音。
「あーさっぱりした! 先輩、お待たせしました! もうこっち向いても大丈夫です!」
「うぇひひ、先輩のおかげでなんとかシャワーを浴びることができました。やっぱり1日でもお風呂に入らないと汗とかでベタベタになっちゃって気持ち悪いですからね。ここまでついてきてくれた先輩様々です。ありがとうございます」
「じゃあ、先輩もせっかくここまで来たんだから、シャワーを浴びてきちゃったほうがいーですよ! ワタシここで待ってますから」
「うぇへへへへ。さ、早く洋服を脱いで、ゆっくり浴びてきてください。大丈夫です。その間、ワタシもずっとあっちを向いてますから。うぇへへへへ……」
「ん? なんでジャージの首根っこの部分を掴んでるんですか? ちょっと先輩? にゃー! ワタシネコじゃないんですよっ! ちょっと! なにするんですか! そんな強引に! やめてっ! ぎにゃー!」
あなたは後輩をシャワー室の外へつまみ出す。
「なにするんですかー! 暗闇の中でひとりぼっちはさぞ心細いだろうと思ってそばにいてあげようと思ったのにー!」
「え……? 側にいた方が身の危険を感じるわ……? どうせろくでもないこと企んでるだろ? うーん、先輩ってエスパー?」
あなたはバタンとシャワー室のドアを閉めて、カチャリと鍵をかける。
「あー、シャットアウトしたー!」
後輩がガチャガチャと鍵を開けようとする音。
外からは後輩がワチャワチャと叫ぶ声が聞こえる。
「しかも鍵かけたこの人ー! ロクデナシー! 引きこもりー! 甲斐性なしー!」
後輩の声、フェードアウト。
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