どうして、

緋咲 汐織

どうして、




 少女は見た。


 彼女が自分のポケットに通りがかりで拾った消しゴムを仕舞うところを。



 少女は見た。


 彼女が自分の筆箱に隣の席のこのボールペンを仕舞うところを。



 少女は見た。


 彼女が自分のバッグにクラスメイトの私物の本を仕舞うところを。



 少女は見た。


 彼女が人の教科書を自分の机の中に仕舞うところを。



 ー



 しばらくして、クラス内でひっそりと物が消えると言う噂が流れ始めた。


 ある日突然自分の持ち物が消えることに恐怖し、そして何よりも不気味がった。消えるものに規則性はなくて、ある日突然にぱったりと物が無くなる。



 ーー



 少女は知っていた。


 誰が原因なのかを。



 少女は知っていた。


 何が起こっているのかを。



 少女は知っていた。


 どうすれば解決するのかを。



 ………でも、何も言えなかった。



 ーーー



 長い間物が消え続けた。


 でも、少女の物だけは消えなかった。



 ーーーー



 少女は耐えられなくなった。


 みんなの悲しむ声が聞こえてくる気がした。



 少女は耐えられなくなった。


 みんなの責める声が聞こえる気がした。



 少女は耐えられなくなった。


 1人で抱え続けることが。



 ーーーーー



 少女は話した。


 彼女に止めるようにと。



 少女は話した。


 無表情で我関せずで、無責任な教師に。



 少女は話した。


 ずっと困っているクラスメイトに。



 ーーーーーー



 彼女は泣き崩れた。


「どうして………!どうしてそんな嘘つくの!!」


 ぽろぽろ流れる涙は真珠みたいに綺麗だった。



 ーーーーーーー



 教室にざわめきが広がった。


 少女は一瞬でみんなの悪役になった。



 みんなの目の色が変わった。


 黒くて濁っている負の感情を煮詰めた色である気がした。



 助けを求めてクラスを見回すと、彼女と目が合った。


 彼女の口元がニヤリと歪んだ。



 ーーーーーーーー



 次の日、少女の机の上に文字があった。


 『死ね』


 『クズ』


 『ゴミ』


 『カス』


 『ブス』


 容赦のない言葉は少女の胸を抉った。



 ーーーーーーーーー



 どうして、


 どうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうして………!!



 少女は真実を告げただけだった。


 でも、少女の真実は彼女によってあっという間に偽りになった。



 ………少女の居場所は消えてしまった。



 ーーーーーーーーーー



 次の日から少女は家で過ごすようになった。


 教科書を机に出して、勉学に取り組む。


 全ては遠き地に旅立つために、誰も少女のことを知らない場所に行くために。



 勉強は裏切らない。


 努力は裏切らない。



 そんな言葉はまやかしだってちゃんと分かってる。


 でも、少女はそんな言葉に縋ることしかできなかった。



 毎日のようにあの日の夢を見る。


 濁り切った瞳の色を、彼女にはめられた瞬間を、机の上に書かれた身体を切り裂かれるような残酷な文字を。



 少女は勉強し続ける。


 県外の名門高校に通うために。


 この家を出て、誰も少女を知らない場所で、1から全てをやる直すために。



 もう騙されない。


 もう陥れられない。


 

 少女の目には、誰よりも強い意志が宿っていた。



 ーーーーーーーーーーー



 少女が去った後の学校は荒れていた。



 少女が去ったことで、物が無くなる怪現象は無くなると思っていた。


 なのに、少女が去ってからも怪現象は起き続けている。


 それどころか、もっと酷くなっていた。



 真の犯人が彼女であったことに気づくまでに、時間は要しなかった、



 彼女はまた泣いて、そして、告発した新たな少女を陥れようとした。


 けれど、今度こそは誰も騙されなかった。



 彼女は泣き喚く。


 彼女は可愛らしい癖っ毛をがりがりと掻き乱す。


 彼女は聞くに耐えない罵詈雑言を叫ぶ。



 目を瞑りたくなるような惨状に、けれど、誰もが目を背けられなかった。


 これが、己への罰であるように感じた。


 無実の少女をよってたかって犯人だと決めつけた罰だと感じた。



 ーーーーーーーーーーーー



 自分たちは取り返しのつかないことをしてしまった。



 そう気づいた時には、何もかもが遅かった。


 少女は音信不通になっていた。



 誰も少女の家を知らなかった。


 誰も少女の連絡先を知らなかった。



 頼み綱だった先生は動いてくれない。


 自分は知らなかったと、いじめなんてこのクラスでは起きていないとするために、白を切り続ける。


 学校は誰も対応してくれなかった。



 クラスメイトたちは自分たちで動いた。


 けれど、結果は芳しくなかった。


 誰も何もつかめなかった。



 クラスメイトたちは悟った。



 自分たちには懺悔する資格すらないのだと。



 ーーーーーーーーーーーーー



 世の中には1人の力ではどうにもならないことがたくさんある。


 でも、1人で動くしかないこともある。


 そんな時、信じてもらえないことが1番辛い。



 そのことを、理解して欲しい。



 後に、少女はこの時のことをこう綴った。



「このことは、私の人生にとって最も辛く、最も忘れたい出来事です。けれど、たくさんの人に知って欲しい。

 1人の地味子の意見と1人と美少女の意見。それを見た目だけで判断するのは、間違っていると。

 少しでも、両方の意見を受け入れる努力をして欲しいと思っています」



 名門高校を卒業した元不登校の作家の物語には、必ず真の味方が、1人で戦う少女が、辛く、その日の出来事に囚われているかのように、必ず描かれていたーーー。



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どうして、 緋咲 汐織 @hisaki-shiori

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