第41話 ズルも努力の一つ、という言い訳。
三日後、俺は洗濯をしていた。自分のものだけではなく、他の作業員のも全部である。
少ない衣服だけで船上生活をしなければならないのか——そんな疑問は先日、解消された。
作業に必要な道具や原料は、近くの無人島に隠してあるらしい。
だからといって作業の度に何処かの島に立ち寄るのかというと、そういう事でもない。
この船での作業が終わると海上で別の船に道具と人員だけを移す。出来上がった「商品」はこの船に載せたまま、何処かの港へ運ばれる。
乗り移った船には新たな原料があり、俺達はその船で作業を継続する。
原料を使い切れば、また別の船で同じ事を繰り返す——そういう流れで長期間、海の上で過ごすのだ。
衣服や趣向品なんかは事前に申告しておけば「次の次の船」で補給する事ができるらしい。
面倒といえば面倒だが、思ったよりもしっかりしている。
ただし補給物資にかかる金は当然、自分が貰える報酬から天引きされるし、高価な物を購入したならば運ばれる途中で盗まれる事もあるそうだ。
だから今ある物もなるべく綺麗にしておく必要があり、そういう雑用は新入りの役目である。
でも何故か今は、俺一人の役目になっていた。初っ端から一人で仕事を任されるとは、俺はなんてツいてるのだろう。
——って、うわ! パンツにうんこついてる!
真水は貴重だ。
便所で使う水はバラストに繋がる水槽の海水を使うが、食べ物を洗ったり洗濯をしたりするのには使えない。
真水は船内作業や船が出す熱などを利用して作られるのだ。
作られた真水はタンクへと貯められ、給水室から汲む事ができる。一日に汲める水の量も厳格に決められており、洗濯に使える水は僅かだ。
俺はそこで汲んだ水を船尾側の甲板まで運び、こうやって水仕事をしているのである。水を汲むのに五往復、洗濯する衣類を運ぶのに三往復という、準備だけでかなり時間を使う。
だから、衣服に汚物をつけたまま出す奴は迷惑だ。
名前を覚えておいて、次からそいつのだけ海水で洗ってやろう。
ちなみにあの水夫は思った通りの親切な人間で、船内の色々な設備について教えてくれた。
余裕ができたらお礼に彼の仕事を手伝っても良いかもしれない。
「——もうすぐ島に着くってよ」
ホラ、やっぱり親切だ。
彼ら水夫は船に関わる仕事だけしていれば良いのに、俺にまで気を回してくれている。
彼もまた、今の俺にとって貴重な存在だ。
「ありがとうゴビタさん」
ゴビタとはこの水夫の名前である。
彼とはこの船でのみの付き合いになるが、名前と人柄は覚えておこう。その内また同じ船で作業する事になるかもしれないし、それを楽しみにするのも悪くない。
全ての洗濯物をすすいだ俺は、五つあるバケツの水を、海へと捨てる。
真っ黒になった石鹸水はきっと、海が薄めて綺麗にしてくれるだろう、たぶん。
バケツを重ね、衣類の入ったカゴを持つ。しっかり絞ったハズだが、それなりに重い。水もポタポタ滴っている。
ゴビタが自分の持ち場に戻るのを確認した俺は、洗濯物に右手をかざし、そして魔力をイメージした。
「〝イキューエ〟」
水の魔法だ。
いつかやった〝フレンモ〟の魔素を炎に換えるやり方とは違い、こちらは既に存在する水を操る魔法である。
いやウォーケン曰く「水を生み出す事もできるが、既にある物を操る方が魔力の消費が少なくて済む」そうである。
それに、物を乾かすのに水を生み出す必要はない。
かざした手の前方に、小さな水の球が形成されてゆく。
洗濯物から、集まってゆく。
水の球が大きくなるにつれ、洗濯物の水気が少なくなっていく——なんて地味な使い方だろう。
しかし、これも修行だ。
魔法なんていう使い所の限られる技術は、無理矢理使い道を作って練習するしかない。
そして、誰にも見られない様に。
誰かに見られたならば、無免許で魔道具を所持していると誤解されるリスクがあるし、魔力が多い事を知られても、色々と面倒な事があるに違いない。ウォーケンも嘘をついて誤魔化していたくらいだ。
ちなみに例の便所掃除ではかなりの魔力を使い、ヘトヘトになった。部屋や便器を洗うのにも大量の水が必要で、とてもじゃないが何往復もしていられない。ポンプの詰まりを解消するのにも沢山の魔力を使った。ただ量を使うのではなく、強い圧が必要だった。
もし普通に洗おうとしたならば、今もまだその作業に追われていた事だろう。
時間短縮が目的のズルは、効率的にベストを尽くす為の努力なのである——という言い訳を思いついた。
勿論、ウォーケンの教えに対する言い訳だ。
俺が洗濯物を乾燥室に干し終わってすぐ、船は資材のある無人島に着いた。
俺達は全員ボートを漕いでその島へと渡らなければならない。作業に必要な資材を積む為だ。
「おい、載せすぎるな! ボートが沈む!」
偉そうな俺達の責任者、ナータンが怒鳴った。
島の森の奥にある倉庫のカコの実が載ったパレットに二本の棒を刺し、数人がかりで汗だくになって浜へと引きずる。船着場などはない。
ボートは二十一隻。人が乗る用のボートが七隻と、パレットを載せる用の船が十四隻だ。人員を乗せたボートがロープでパレットを載せたボートを引っ張る、というカタチ。
七人の班長がそれぞれボートで待機し、カコの実を運ぶのも、ボートを漕ぐのも、船の上に実を上げるのも、甲板に空いた穴から
班長達は怒鳴るだけだ。
体力的にそれなりにキツい。
が、精神的には大した事はない。便所の汚物を処理するのに比べれば。
「これで、全部、です。次は何を、するんですか?」
汗にまみれる俺だが、バテている様子は見せられない。ウォーケンの言った「使えない奴に金は払われない」という言葉を必死に思い出している——切れている息を懸命に繋ぎ合わせた。
「荷物はこれだけじゃねえぞ? とっととボートに戻れ!」
ちなみにナータンが俺達の班長だ。他の新人二人も同じ班である——本当にちゃんとしているな。責任者が新入りの面倒を見てくれるなんて、想像していなかった。
再び俺達は島に戻る。
カコの実があった倉庫から離れた場所にまた、別の倉庫があった。中には、黒ずんだ石が山積みになっている。これもパレットの上だ。
「あの、これは?」
「あん? 魔石だよ。まだ単なる石っころだけどな」
「まだ?」
「これから魔力を込める」
「どうやって?」
「
怒らせてしまった様だ。
罰として俺は、一班分の魔石を一人で運ぶハメになった——重い。これは、生身ではできない。
俺は魔力でまた、ズルをする。
これのどこがぬるま湯だ? 普通に地獄だろ。
魔石を運んだ後、今度はデカい魔道具も幾つか運んだ。
これで本当に全部である。
まだ船内作業も始まっていないが既に、ヘトヘトだった。
……想定、内。
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