第25話 ウォーケン先生のバトル講座。
依然、俺達はこの獣人達の
しかし俺とウォーケンは別行動を取っていた。
ウォーケンは変わらず下を歩き、俺は背の低い建物の屋根へ登り、それより少し高い屋根へと更に登る。
階段がある所はその手すりなどを使い、ない所ではレンガの目地なんかを使って、細い路地を行くウォーケンに遅れないように追っていた。
俺は何故そんな事をしているのか。
ウォーケンは多くを語らなかったが、自分を観察させたいのだろう。というか「解説はするが見て覚えろ」と言われたのだ。それ以外の解釈はない。
親父に仕事を教えられていた頃を思い出す。とても意地悪な教え方だ。しかし、退屈ではなかった。
誰とも視線を合わさず堂々と歩くウォーケンを訝しむ者は居ても、近寄ろうとする者は居ない。
威嚇などせずとも他人を怯ませる事はできる——それを体現するウォーケンがどんな事をするのか、好奇心を掻き立てられる。
ウォーケンが広い場所に出た——とは云っても袋小路。狭い事に変わりはない。
そこで六人の獣人達がたむろしている。
ニヤけながら何かを話していたその連中は、ウォーケンを見て口を閉じた。睨んでいるわけではないが、対象を排除しようとする様な目つき。これも「威嚇」なのだろう。
だがウォーケンには通じていない。安全な位置から見下ろす俺と違い、直接それをされているというのに。
「やあ、元気かい?」
ウォーケンがそいつらに声を投げた。
知り合い?
「ダレダオマエ?」
知り合いではない様だ。
「俺を知らない? あちゃー、これでもギルドではNo.2なんだけどねぇ」
ナンバーツー?
「シルカ。ココハオマエタチノバショジャナイ。ウセロ」
「そうもいかないんだよねぇ。旨みがあるのはトップだけさ。それ以下は逆に地位が高くなればなるほど面倒ごとが多くなる。厄介なシステムだよ」
「ナンノハナシダ?」
本当に何を話しているのだろう。
「俺の苦労を
「シラナイ。キエロ」
「ああそうなのか。でも、消えるのは無理だねぇ。消すのが仕事さ」
そう言ったと同時にウォーケンは、足下の小石を蹴った。獣人の一人にそれが飛ぶ。
「!?」
毛むくじゃらの手でそれを払われた。
だが——。
既にウォーケンはそいつの眼前にまで移動している。
その顔に、ウォーケンの手が伸びる。
「ギァッ」
小さな悲鳴が上がった。
そいつの左目に、ウォーケンの右親指が刺さっている。
そのままウォーケンは手を右へ動かした。そいつもその方向に傾き、そして、地面に転がった。
「人を倒すってのはそれなりに高度な技術が必要だが、力が加えられてはいけない所から押されると、相手は嫌がって自分から転んでくれるんだ」
誰に喋ってる? 俺か?
言いながらウォーケンの足がそいつの顔面を踏みつけた。ぐしゃ、っと嫌な音が鳴る。
「——でも転がすだけじゃ倒せないからねぇ。こうやって素早く、相手の大事な部分を潰すんだ」
解説、とは、そういう事か。
揺れる髪がバラバラとウォーケンの顔を隠している。
「コイツ……!?」
一人がウォーケンに向かった——が直後、上を向き、俺と目が合う。
ウォーケンが左爪先で蹴ったのだ。顎を。
「蹴ったり殴ったりも、本来は難しい技術だねぇ。でも、例えば先の尖った硬い靴で蹴ったなら、稚拙な蹴りでも結構な威力が出る」
コートの裾が、はだけている。
「ホァウッ!?」
左脚が降りたかと思うと、右足がその獣人の股間を蹴り上げていた。
「勿論俺は技術も持ち合わせてるけどねぇ。それでも、狙う場所はやはり、簡単な部分だよ」
上からで見えにくいが獣人の股を通ったその足先はきっと、そいつの尻の穴に刺さっているだろう。
ウォーケンは二カ所を同時に狙ったのだ。獣人のキンタマと、尻の穴を。
——小さな頃、獣が鳥に襲われているのを見た事がある。鳥は執拗に獣の肛門を攻め立て、何度もつつかれた剥き出しのソレは、パンパンに腫れ上がっていた——。
うつむき
「連続で叩くのは二度か三度までだ。なるべく少ない手数で無力化する。喧嘩の基本だねぇ」
喧嘩? これが?
「キサマッ!」
また一人、ウォーケンに近づく。右手に何か持っている——刃物!
だが、ウォーケンは横に動いてひらりと躱し、左の足先でそいつの
「ウ!」
「刃物は危険だ。それを使う奴は逆上してるか引っ込みがつかない状態が多いからねぇ。でも、そういう奴は結局素人。避けやすい」
ウォーケンは、鈍い動きで振り向いたその手から、ナイフを取り上げる。
そして、そのまま薙いだ。
獣人の喉から血が噴き出る。
「——ついでだ。刃物の扱いも教えよう。ちゃんと使えばこうやって喉の硬い部分も切る事ができるけど、慣れないと少し難しい、だから——」
ウォーケンが滑る様に移動した。
近づかれた別の獣人は反応できない。
腹を、切り裂かれた。両膝をついて崩れ落ちる。
「——やっぱり、骨の無い柔らかい部分を切るに限る。人の肉なんてのは簡単にスパスパ切れるんだ」
ウォーケンが動く。
別の者へ。
「——でも腹が破れたくらいじゃ反撃してくる奴もいる。心臓を狙えば確実だねぇ」
左手で顔を横に押しやり、逆手で持った刃を、首の付け根から刺し込んだ。「アゥッ」と短い声が鳴り、そいつも倒れる。
「今のは背中と鎖骨の隙間からナイフを刺したんだ。刺すまでは大人しいんだが、中でガリッと動かす瞬間、大抵の奴は抵抗する。事前に覚えておくと、驚かなくて済むぜ?」
残りは、あと一人だ。
「——実は警戒心を持ってしまった相手は、刃物で攻撃しづらい。武器や道具ってのは便利なんだけど、『それをどう使うか』相手に想像されやすいからねぇ」
獣人は拳を上げて構えている。
ウォーケンはスタスタ歩いて近づく。
獣人がジリジリと後ずさった。
意に介さずウォーケンが近づく。
そして、ナイフを振るった。
獣人の腕が、切られた。
「——こういう風にチマチマ、相手の攻撃手段を減らすのが有効かな? あまり効率は良くないが、殺さずに謝らせるのが目的なら、それも良いだろう」
獣人が腕を押さえて下がった。
「——あげるよ」
突然、俺の方へナイフが飛んできた。
くるくると回りながら上昇するナイフはやがて俺の頭を飛び越し、俺の後ろで音を立てる。
獣人が、俺を見上げていた。
「——キミはよそ見しちゃあ駄目だろう?」
ウォーケンは獣人の頭と顎をそれぞれの手で持ち、ねじった。
獣人の頭が上下、逆さまになる。
白眼を剥いて、仰向けに倒れた。
「——大切なのは、攻撃が当たりやすいタイミングを狙う事。見つからなければ作り出せば良い」
そう言われてみれば、ウォーケンが獣人達に手を出したのは全て相手に隙ができたタイミングだった。
一度目は相手が小石に注目している時。
二度目は相手がウォーケンに向かう事に夢中になっていた時。
三度目は相手がウォーケンを見失った時。
四度目、五度目は相手が狼狽えていた時。
そして六度目、相手が俺を見ていた時。
どれも相手の注意力が削がれた時である。
「——以上が、ウォーケン先生によるバトル講座だ。わかりやすかったろう?」
新たにできた大きな水溜りを、夕焼けが真っ赤に、照らしていた。
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