第11話 悪どい連中に感謝しながら、使い潰される。
馬車に入る光が薄くなる。
もうすぐ夜だ。
しかし、むせ返るほどの匂いと蒸し暑さは昼間と大して変わらない。
壁にもたれる事で馬車の揺れは幾分かマシに感じるが、それでも尻に伝わる衝撃と、汗で濡れた体が不快である事に違いはない。働いて流す汗を不快に感じる事はなかったが、今は直ぐにでも着替えたいと思っている。
この馬車は何処へ向かうのか。トカゲが引いている車なので、正確には馬車とは云わないかもしれないが。
目の前にはお袋が俺と向かい合う形で座っている。この揺れでどうして眠る事ができるのだろう。目を瞑り寝息を立てている。
自分達を待つ運命を受け入れたのだろうか。
昼間、この馬車を操っていたオッさんが話していた内容を思い出す——。
「——大して変わらない?」
オッさんは俺に応えず、お袋に目をやった。
「あんた、自分の息子にあんたらが育ててる作物の事、
「……はい」
「ま、言えるワケねーわな。俺が親だったとしても話さねえよ」
「……」
お袋が黙って頷く。
「だが今となっちゃあ少しくらい……いや、しっかりと知った方が幸せだと思うんだが——なあ、話しても良いか?」
「ええ、そうですね」
オッさんが再び俺に向いた。
「ボウズ——ウォルフって云ったな? お前さんらが育てたカコの実、何処に売られてるか知ってるかい?」
「……知らない」
「そうだよな。お前さんらは地主に実を納めて終わりだもんな。他所の国に売られてんだ、お前らんトコのカコの実は」
他所の国。それがどうしたのか。何処で売られてようが、他の野菜などと同じだろう。俺達は命じられるままに作物を作り、命じられたままに納めただけだ。
「思い出したくねえ事話すがよ? お前の親父さんを殺った魔法、実のところ、大した魔法じゃねえんだ。他所の国には学校なんてもんがあってな? そこに住む奴らならガキでも使える」
「……どういう事?」
話が見えない。
「カコの実を食えば魔力が強くなる。魔道具なんて使わなくても喧嘩ができるくらいにはな。元々強え奴はそれで人も殺せんだ」
それは知っている。俺もこっそり食べた事があるから。魔法の使い方は知らないが、それでも力が
「——言ってみれば人殺しの道具だよ。だが、それを扱える国や、シチュエーションは限られる。秘密裏に売られてるっつっても、何処の国でもやってる事だ。正しい戦争なんてもんじゃなくてもな。だからそれ自体に問題はない。ただ、バレれば勿論ケチつけられる材料に、なるにはなる」
「正しい戦争?」
「それは良いんだ。話が長くなるからな。問題は、カコの実から作られるクスリの事だ。コレは何処の国でも明確に売買が禁止されている。作るのも駄目だし、原料を売るのも駄目だ。だがな、金になるんだよ。だからお前の両親みたいな連中は、腐った実を廃棄すると見せかけて、売るんだ。他所にも似た様な農園がある」
「駄目なのに、なんで金になるんだよ?」
「人を、狂わせるからさ。クスリをやった奴らは皆んな、クスリの奴隷になる。だから、駄目なんだ」
昨晩、あの鋭い目つきの黒男が言っていた「父さんが悪い奴」とは、そういう事か。
「で、でも、父さんは作れって言われてカコの実を作ってたんだ。ねえ、母さん、そうでしょ?」
「……そうね」
「ホラ、父さんは悪くない」
「それは俺も思う。クスリをやった奴がどんな末路になろうとも、それでもお前さん達にとっては生活する為にやっていた事だ。文句言われる筋合いはねえと思うがよ。ただ、それも駄目になったんだ」
また「駄目」か。話がややこしい。
「母さん、どういう事?」
俺はお袋に訊く。
お袋は黙ってオッさんを見た。
「ああ、ここからはお前の母ちゃんも知らねえ事だ。
村が、潰される?
「——でもよ? そうなると困るのは地主だ。いや、地主にはちゃんと次の役割が与えられてんだがな。それでも、作っちまった作物が全部ゴミになるなんてたまったもんじゃねえ。だから俺らみてえなつまんねえ奴らから小金を取って、盗ませるのさ。クスリのお陰でせっかく良い暮らしを与えられてたのに、それを取り上げられるってんだから少しでも金が欲しいわな? つまり、お前らは地主に売られたカタチになる」
地主の事はどうでも良い。
「村の人達は、どうなる?」
「さあな。村が潰されるまでまだ日にちもあるし、俺らみてえのがまだまだ入るんじゃねえか? 国外の情勢を知らされない村の連中は当然、ノルマを達成出来なければ食い物を貰えねえと思い込んでる。別の場所で働かされるかもな。『突然村を襲った盗賊達から地主に守ってもらった』だとか『後々の生活を補償してもらえた』みたいな感じで、悪どい連中の本性も知らずに、ただただ感謝しながらな。それか若しくは——」
深く吸った煙を口から吐き出してオッさんは続けた。
「どっかに売り飛ばされんだろ? 男手も。ガキも。女も」
オッさんの話は終わり、手足を縛られている俺はお袋に手伝って貰いながら、用便を足した。「待っている運命は大して変わらない」という言葉を、頭の中で
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