第2話 表向きの職場。

「ウォルフさん! お疲れ様です!」


 金色の中途半端に長い髪と青い目をした青年、ヴァンが、俺に挨拶した。まだ十九そこそこだが中々しっかりとした奴である為、この店の実務の大半を任せている。まぁ俺もこいつとは二、三コしか変わらないのだが。


「ああ、お疲れ」


 俺は手短に返す。


 

 天井や壁に埋め込まれた魔石から出る色とりどりの照明が、店内に居るあらゆる奴らを照らす。全体的に見れば暗いが、絞られた光線達それぞれの強さが外の闇とは違い、明るい雰囲気を漂わせている。

 開店してまだ時間はそれほど経って居ないが、それでも色んな奴らで賑わっており、皆軽装ながらも煌びやかな衣服を身に纏っていた。男女共に肌の露出も多い。

 質素で喪服みたいな出立ちの奴らは俺達店の関係者だけである。

 何処にでも居そうなくだらない女を引っ掛けて得意そうな顔をしている男達。金や華やかなイメージに群がる女はその辺でしている売春婦と大して変わらないが、それを前にして嬉しそうに酔っ払うそいつらも、馬鹿にしか見えない。自分に価値をつける為にイキがるそのサマは男娼以下だ。プライドを捨て他人のモノをしゃぶる奴らの方がわきまえていてまだ好感が持てる。

 自分の価値を下げている奴らも同じだ。カウンターに座る体躯の良い男はたぶん、単なる兵士ではなく騎士団の所属だろう。なのに自分の気苦労を知ろうともしない様な相手を必死に口説き落とそうとしている。昼間は屈強そうな男も夜になればくだらない存在へと堕ちる、そういう事なのだろう。

 要するに世の中、くだらなくない奴なんて居やしない。


「そういえばウォルフさん、ヴァリエール様がお見えになっているのですが……」


 ヴァリエールとは、ジャン•ルソー•ヴァリエール——ヴァリエール家の末っ子のボンクラである。善い家に生まれ、善い権力者として育ち、上客としてこの店に通う常連だ。


「ヴァリエール様が? お前がわざわざ言うって事は、何かあったのか?」

「いえ、それが『カコの実』を女の子達に勧めてきたんです」

「チッ、またかよ?」

 

 上客と「良い客」は一致しない。良い客とは面倒事を起こさない客、上客とは金払いが良く色々な面で見返りのある客を指す。


「——それで? 機嫌を損ねず上手くやったのか?」

 

 カコの実は魔道士なんかが使う一時的に魔力を高めたり疲労を回復させたりする果物である。更に眠気が吹っ飛んだりリラックスできたりする作用もある為、色々な薬剤に利用される。

 しかし「特別な加工法」を用いると強い快楽と高い依存性を伴うので、現実的には麻薬としての利用の方が多い。

 もちろん法律で取締られており、カコの木を育てたり野生のものを収穫するだけでも罪になる。

 ヴァリエールが店の女に勧めたのは、カコの麻薬としての成分を抽出して粉末状にしたものである。一人で楽しむ分には何も言わないが店の女や他の客にまで使わせようとするのはやめて欲しい。

 そして、、ヴァリエールという馬鹿野郎なのだ。それに対し「機嫌を損ねず上手くやれ」とは、流石にヴァン以外の人間には言えない。


「女の子達には『マーサの葉』を吸わせました。それで一応、納得はしてくれたみたいです」

「店にお前が居てくれて良かった」

「ありがとうございます!」


 マーサの葉から出る煙にも幻覚作用はあるが、それを吸引したとしても中毒性は薄いし依存性も少ない。女共が使い物にならなくなる事はないだろう。


「ヴァリエール様はまだか?」

「ええ、お楽しみ中です。しばらく出てこないんじゃないですかね?」


 上客には風呂付きサービス付きの部屋を用意している。衣服を脱いだ男女が風呂場で垢を擦り合うだけで済まない事は誰にでも想像できるだろう。まぁそういう部屋だ。

 ちなみに男や女をてがうのは上客のみ。普通の客には普通に飲んで騒いで帰っていただく。


「その方が良いな。なるべく長い時間楽しませて売り上げに貢献して貰おう」

「ですね! 女の子達には気の毒ですが」

「気の毒ではないぜ? アイツらも好きでやってるんだから価値が下がる様なマネさえされなけりゃ、別に何されても良い」

「そう、ですね」

「はは、冗談だよ。ま、嘘ではないけどな」

「そういうのは冗談って言わないです」


 ヴァンには可愛げがある。男性客にも人気がある事は黙っておこう。こいつにその時が来るまでは。

 なんて事を俺が考えていると——。


 ガシャァンッ。


 グラスの割れる音がした。


「おい! 誰を相手にしてるかわかってんのか!? ああ!? 舐めやがってクソが!」


 それは、カウンターに居た騎士団員らしき男の声だった。

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