タルミノス

Y.T

序章 

第1話 境界を征く者。

「まさか私ともあろう者が、君の様な人間の世話になっているとは誰も思うまいな?」


 目の前の男が俺に言う。くるん、と上に巻いた口髭と禿げ上がった頭が特徴的だ。れん造りの暖炉が壁に埋め込まれていたりシャンデリアが天井にぶら下がっていたりするこの部屋の雰囲気に、マッチしている。


 マッチしていないのはこの俺、だ。

 一応襟の長いビシッとしたコートに身を包んではいるが、白髪の様に薄い色をしたこの艶の無い短髪は、さぞボサボサして見える事だろう。風呂で洗い流すのが面倒なので、整髪油すら使っていない。 


「何を仰いますか男爵閣下。この様なお手伝いをする事で私は貴方の恩に報いる事ができるのです。例えば昨晩いただいた六角鹿のもも肉は、閣下の優れた狩猟の腕前があってこそです」

「君は金が欲しいだけだろう?」

「ははは、それは閣下も同じ事。またお力になれそうな事があればいつでもお呼び下さい」

「ふん」


 この男は元冒険者だ。現役時代のこいつはスライムが大量に湧く土地を見つけ、全財産をはたいてその土地を購入し、ダンジョンを設営する事に踏み切る。

 スライムから取れる素材の利用は多岐に渡り、その商売は成功した。

 味を占めたこいつは更にその金で様々なダンジョンを設営して収益を得ている。

 まさにナリキン、今では男爵サマである。

 煌びやかな世界に憧れ一発当てようと冒険者を志す者は多い。しかし、こいつみたいに成り上がれる者はごく僅かだ。それでもこういう成功例がいる限り、身の丈に合わない金と時間を浪費する者達は存在し続けるだろう。


 そして、人間の欲には限度というものがない。

 こいつの商売を見ていこう。

 ダンジョンで冒険者なんかが収穫した素材は一旦ギルドが引き取り、それを領主が買い取り、各製造者や加工者に売る。そして出来上がったモノは販売者におろされたり、国が買い取ったり、領主が買い戻したりする。

 実際の金の流れは今の順序とは逆であるが、それは重要ではない。重要なのは、この男爵の「利益」だ。

 冒険者達は男爵に利用料を支払い、素材となる生き物達を狩る。それぞれのダンジョンの利用料は冒険者がギルドから受け取るであろう収益の10%ほどだろうか——それくらいのささやかな料金である。

 冒険者がギルドから受け取る代金は領主から支払われる額の60%、ギルドの儲けは25%、残り15%は土地の保有者である男爵の利益だ。

 一般人からすれば、男爵の利益はこれだけでも十分に見えるだろう。例えば冒険者がスライム十匹を狩ったとして、それに対し領主が支払う金の15.6%を、何もしなくても得る事ができるのだ。男爵が持つダンジョンを利用する冒険者を合計すると、年間3万人にものぼる。

 しかしこいつは、これを「足りない」としているのだ。そこで男爵は

 スライムみたいな生き物が安定して大量にく土地には大抵、その源泉、と呼ぶべき場所があるものだ。そこから機械的に、大量に捕獲した獲物達を、目をかけている冒険者達だけにギルドから支払われる額の半分で売る。冒険者一人当たりが一月で狩れる三倍の量を。

 するとどうだろう? 

 冒険者は普段の1.5倍の収益を楽に得る事ができ、男爵は領主から支払われる額の45.6%を得る事ができるのである。通常の2倍以上の収益だ。しかも単純に売れる量も増えるし、勿論場所の利用料も取っている。

 だが、それでもこの男爵にとっては、

 冒険者が年間で狩る事のできる獲物の上限はその土地土地で定められている。売る量が多すぎると素材の価格が下がるからだ。そして、協力させる冒険者は口の固い者でなくてはならない。

 更に、。蓄えた資産や売り上げには税が掛かる。税を誤魔化そうとすれば罪になるし、税を払おうとしたならば、ルールを破って得た利益を説明しなければならないのだ。

 だからこいつは自ら売り上げにセーブをかけるという本末転倒な状況に陥っていた。良い線イッてるとは思うが、俺から見ても「足りない策」である様に感じる。


 だから冒険者に代わる、新たな取引相手を紹介してやった。

 ぶっちゃけ簡単なハナシだ。他国の業者達に直接売り捌く、それだけである。ただし、ダンジョン経営の研修代みたいに当たり障りのない適当な名目を各業者に割り当てて。

 表の額面だけ見たなら法外だが、実際には相手先の利益の方が大きく税逃れにも使える。だからこの方法もWIN-WINである事には変わりない。世の中が大事なのだ。

 


 金儲けは簡単だ。

 だが皆が簡単に金儲けをすると、資源や金の価値自体が枯渇する。だから、それを縛るルールが作られる。


 しかし——。


 ルールを守らなければ金儲けはやはり、簡単だ。

 それに、それっぽい理由で装飾すれば、ルールを破った事にはならない。表向きは。

 俺のやっている事は違法である。本来は定められた方法を使い定められた手順を踏んで金を得なければならない。


 何故こんな事をしてるのか?

 世の中への復讐?

 大きな目的の為?

 違う違う。

 これは単なる仕事。生きる為に金を稼ぐ、贅沢したいから金を稼ぐ、その為に一生懸命に働く。他の奴らと、なんにも変わらない。

 リスク?

 普通にある。

 他の奴らの仕事と同じだ。

 どんな仕事にもリスクがある。危険な仕事には怪我や死が伴うし、安全で誰にでもできる仕事にはそれ相応の金額しか払われない。高度な知識やスキルが必要な仕事には、労力や時間が必要だ。

 それらと同じ。

 俺もリスクを受け入れた上で必死に働いている、というワケだ。


 世の中にはリスクを自覚せずに、ただ何となく生きている奴らが、山ほどいる。そういう奴らがリスクを被ったとしても自業自得だとしか思えない。リスクとは、俺達に平等に与えられたハードル、なのである。

 俺達は、そんなリスクを使い世の狭間を渡り歩く存在だ。


 境界を征く者タルミノス——それが俺達みたいな連中の、呼び名である。


 

 

 


 

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