眠り姫の恋
せーてん
眠り姫の恋
「
英語教師の叱責に私は思わず目を覚ます。
教室の時計を見ると20分ほど経過しているように見える。
ヤダ、授業中に私20分も熟睡しちゃったの!?
「すいません、気を付けます」
とっさに英語教師に謝る。
「
休み時間にそう話かけてきたのは
私の幼馴染で小学6年の頃から付き合っている
「そんなことしないよ!昨日は早くに寝たもん」
「本当かな。何にせよ中学は小学校と違って授業難しいし、
ウトウトしてたらあっという間に勉強置いて行かれちゃうぜ」
「テストの点が悪いとお小遣い減らされちゃうよぉ」
「ははは、なら居眠りしないように頑張らないとな。
取り敢えずさっきの英語は俺のノート見せてやるよ」
「樹ありがとー!持つべきものは恋人だね」
この日はそんなやり取りをする位なんとも思ってなかった。
しかし、この後も私の居眠りは続いた。
そしてある日私は学校で3時間もの間全く目覚めないという事態に直面した。
目を覚ました時に私の視線に飛び込んできたのは不安そうな樹の顔だった。
「よかった・・・目を覚ました・・・」
ふと微笑む樹に改めて私は愛されてるなぁなどと呑気に考えていた。
3時間の居眠りはただ事ではないと放課後に両親が私を病院に連れていき、
様々な機器を使用して色んな検査をした。
検査から帰って来た頃にはもうヘロヘロだった。
結果が分かるのは1週間後だという。
その結果が出るまでの間に私はもう一度3時間の睡眠に陥った。
やっぱり普通じゃない。
検査結果が怖い。
そう思う私に突き付けられたのは破滅的な結末だった。
病名は永続性睡眠過多障害。
通称、眠り姫病。
本人の意思に関係なく急な睡眠に陥り、睡眠時は何をしても起きなくなる病気。
この病気は現在原因が判明しておらず、対処方法も存在しないという奇病だった。
しかも発病から年数を経ていくとドンドンと睡眠時間は伸びていく。
最初は数時間、でも1日間、3日間、1週間、1か月、数か月間、
1年間、そして数年間目覚めなくなる。
中学1年にして私の人生は終わりを告げられた。
検査結果を受けた日、私は家族と一緒に泣いた。
樹もやってきて一緒にいてくれた。
いつもなら私の心を暖かくしてくれる樹のハグ。
でもこの日の私は樹のハグをもってしても冷え切った心を癒すことが出来なかった。
私は学校の教師やクラスメイトに病気を明かし、
それでもなお学校生活を可能な限り続けたいと伝えた。
本当にいいクラスメイトに恵まれたお陰で
中学1年はなんとか学校生生活を堪能できた。
でも中学2年に上がり睡眠時間が1日を超えるようになってきた。
こうなると学校で対応して貰うのは難しい。
私は在宅でのリモート通学という扱いになってしまった。
それでも樹は毎日放課後になると私に会いにきてくれて、
何でもない話をしていく、そんな日々にそれでも私は満足していた。
そして、中学3年に上がる頃、睡眠時間は長い時は3日間に及ぶようになり、
自宅での家族介護では健康を維持するのが
難しいという医師の判断で入院することになった。
私は3日寝ては、3日起きているそんな生活を繰り返すようになった。
病気が病気なので学校は特例で中学の卒業資格は与えてくれた。
でも高校になんて行くことは出来なかった。
夢見ていた輝くJK生活は夢と散った。
こんな私の救いはやはり樹だった。
起きている日だけでなく寝ている日も毎日病室を訪れてくれているという。
そして寝ている私に毎日話しかけたり、
寝たきりで筋肉が衰えないように手足のマッサージをしてくれているという。
こんな樹の優しさに私は愛おしい気持ちが溢れてしまい。
病室で樹と初めてのキスをした。
小学校6年の卒業式から付き合い始め、初キスまで2年以上かかってしまった。
こんなカップル今どき私たち以外に居ないだろう。
「待たせちゃったゴメンね」
「別にいいよ。俺たちのペースで進んでいけば」
「それでも悪いと思うし、樹さえよければ寝てる時にキスしちゃってもいいからね。
あ!でもエッチなのはダメだよ!」
「流石にそんなことはしないって。
でもこれからはもっとキスしよう。
そうすれば今までの遅れなんてすぐに取り戻せるさ」
そう言って樹は私に再びキスをした。
ただ唇が触れ合っているだけなのにまるで脳が痺れたようになる。
この瞬間だけは病気のことを忘れることが出来た。
私が16歳の誕生日を迎える事には病状は更に悪化して、
10日を超える眠りに陥るようになってきた。
しかも10日寝たら10日起きていられるかというとそんな事はなく。
起きていられるのは以前と同じ3日間程度だった。
先生がいうにはこの病気は個人差が激しく必ずこうなるという断言はできないが、
基本的には眠っている期間は伸びていき、起きていられる期間も徐々に減ることが多いという。
たった3日間の目覚めすら奪われたらもう私は生きていると言えるのだろうか。
そう言って泣きわめく私を樹は優しく抱きしめてくれた。
しかし、この後私の病状は激的に悪くなっていった。
10日間だった眠りは半年ほどで30日の眠りへと悪化し、
17歳になる頃には2か月の眠りと2日間程度しか起きられない状態になっていた。
こんな状態になっても樹は毎日来てくれている。
ママですら3日に1度程度、パパは週末のみ、
妹の
家族よりも熱心に愛してくれる樹に私はすがるしかなかった。
起きている2日間の殆どを樹と過ごし、情熱的な大人のキスを1日に何度も交わした。
そんな日々を繰り返していたある日、樹が帰った後で妹の夕日が訪ねてきた。
最近は訪ねてくることもめっきり減った夕日の面接に私は喜んだ。
しかし、夕日の表情は険しかった。
「お姉ちゃん分かってるの?
お姉ちゃんが樹さんを縛り付けてるから樹さんはどこにも行けないし、
どこにも進めないんだよ」
「それ・・・は・・・」
夕日が突き付けたのは内心分かっていながらも必死に目を背けていた事実だった。
高校生になった樹はますます格好良くなっていた。
きっと学校でもモテることだろう。
私なんて重しがなければ普通の子と普通の恋愛をして普通の学生らしく過ごせるはずだ。
その樹の普通を私が全部奪っている。
樹は本当にいい人だから私が縋れば決して振りほどいたりしない。
そんな彼に私は甘えているのだ。
「私はお姉ちゃんのこと好きだし可哀想と思ってる。
でもお姉ちゃんのせいで不幸になっていく樹さんを見てられないよ。
樹さんを自由にしてあげて欲しいの。
樹さんに樹さん自身の人生を返してあげて」
夕日の言葉が胸に突き刺さる。
私が居たら樹はどこまでも不自由な人生に縛り付けてしまう。
本当にそれでいいの?
大好きな人を不幸にしてまで自分のささやかな幸せを求めていいの?
私は答えの出ない問いをしながら眠りに落ちていった。
次に私が目を覚ましたのは3か月後だった。
目を覚ました時、目の前には樹がいた。
3か月前、私にとってはほんの一瞬前に突き付けられた問がリフレインする。
「ねぇ樹、私たちもう会わない方がいいと思うの」
「急にどうしたんだよ茜!?
誰かに何か言われたのか!?」
「急じゃないよ、誰かの意見でもない。
ずっと思ってた。
私が居たら樹は幸せになれない。
私は大好きな樹に幸せになって欲しい。
だからもうここには来ないで」
「茜、嘘だよな?」
「嘘じゃないよ。
幸せになれない樹を見てるのが辛いの
だから私たち別れよう」
必死に平静を装って私は樹を振った。
樹は泣きそうな顔をしながら部屋を出ていった。
まだ駄目だ、ここで泣いたら樹に気付かれる。
私が本心じゃないって気づかれる。
必死に涙をこらえて、深夜になった頃、私は一生分の涙を流した。
私は家族にももう来なくていいと伝えた。
元気な皆をみてると自分がみじめになるから、と。
それから私の眠りの周期は一気に悪化した。
半年寝て2日起きるようになり。
その後1年寝て1日しか起きれなくなった。
でも起きている時間が短くなっていくのは嬉しかった。
辛い思いを抱えなくていいから。
早く起きれなくなる日が来て欲しい。
それだけが私の唯一の救いだ。
みんなと決別して何年が経っただろう。
また1年ぶりに私は目を覚ました。
そこには樹がいた。
「なんで・・・」
「何でって幸せになる為だよ」
「意味が分からない、ここにいても樹は幸せになれない」
「そんなことはない、俺の幸せを茜は分かってない」
「どういうことよ」
私の問いに対して樹は小箱を差しだしてきた。
箱を開けるとその中には綺麗な指輪が入っていた。
「なに・・・これ・・・」
「俺との結婚指輪。
茜、俺と結婚して下さい」
「意味が分からない。
だって私1年に1日しか起きれないんだよ!?」
「そうだね」
「新婚旅行だって行けないし、一緒に住むことだってできないよ!?」
「勿論わかってる」
「じゃあ、なんで・・・」
「俺の幸せは茜と一緒にいることだから。
俺の夢は茜と結婚することだから。
数年かけて俺の両親と茜の両親と夕日ちゃんも説得した。
夕日ちゃんが一番手強かったな。
でもちゃんと分かってくれた。
みんなが祝福してくれる結婚なんだ。
だから俺と結婚してくれ茜」
樹の眼はどこまでも真っすぐで真剣だ。
今まで見てきた樹の中で一番本気だ。
こんな樹を前に私は嘘を付けない。
「私は重い女だよ」
「知ってる」
「結婚したら離婚なんてしてあげないよ」
「俺も離婚なんてする気ない」
「寝てる間に浮気したら許さないからね」
「浮気する暇ないくらいに毎日茜にキスしにくるよ」
付き合い始めた頃のような会話に心が段々と弾んでくる。
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
私がプロポーズを受け入れると樹は指輪を左手の薬指に通した。
「私が結婚できるなんて夢みたい」
「夢はこれだけじゃないよ」
「え?」
樹の声に応えるように看護師さんたちが部屋に入ってくると私を車いすに乗せた。
「さぁいくよ!」
「どこに!?」
ウキウキで告げる樹とは対照的に私は狼狽えてばかりだ。
樹と共に車いす用タクシーに乗りやってきたのは教会だった。
扉を開けて中に入るとそこには私の両親と夕日、そして樹の両親がいた。
「さぁ俺たちの結婚式だ」
「えぇ!結婚式!?」
流石にウェディングドレスに着替えることは出来なかったがヴェールだけは用意して貰った。
見届け人の神父さんもちゃんといる。
「新郎、月景 樹。
あなたは健やかなるときも病める時も妻を愛し、支え、
共にあることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「神父、月景 茜。
あなたは健やかなるときも病める時も夫を愛し、支え、
共にあることを誓いますか?」
「誓います」
「それでは誓いのキスを」
家族たちに見守られながらこの日夫婦になった。
「姉さんごめんなさい。
私、二人の気持ちを考えずに独りよがりな考えで2人を傷つけた・・・」
「夕日、顔を上げて・・・
あなたが私たちを嫌ってた訳じゃないこと分かっているわ。
それよりも今日お祝いに来てくれてありがとう」
「うん、姉さんおめでとう。
幸せになってね・・・」
「うん、幸せになるわ」
結婚式を終えて病人に戻っても幸せの気持ちは冷めず。
翌日のお昼過ぎに眠りに落ちるまで私は世界一幸せなお嫁さんだった。
それからも私は1年に1度目を覚ますと眠るまでの間、ひたすら樹と愛を深めた。
そして結婚してから4年後の目覚めの時、
私の目の前に居たのは樹ではなく夕日だった。
久々の姉妹の会話を楽しんだ。
しかし、会話が途切れた時にこれ以上なく真剣な顔で夕日が告げた。
「今日は姉さんに提案があるの」
「提案?」
「姉さんは樹さんとの赤ちゃん欲しくない?」
「えええええええ!?」
「姉さん、声が大きい!」
「だって夕日が急に変なこと言うから…」
「赤ちゃんは変な話じゃないでしょ、真面目な話よ」
「それはそうだけど・・・」
私は視線を下に下ろす、ちゃんと栄養は貰っているがまともに動けてない私の身体はすっかりやせ細っている。
とてもじゃないが赤ちゃんを産める身体には見えない。
「あのね、代理母出産を使えばいいと思うの」
「代理母出産?」
「そう、樹さんと姉さんの受精卵を代わりの女性に育てて貰い産んでもらうの。
日本じゃ難しいけどアメリカでなら可能だわ」
「でもそんなこ依頼してるような時間は私にはないよ」
「大丈夫、私が産むから」
「冗談でしょ、夕日・・・」
「冗談なんかじゃないわ。
私はずっとあの日の償いをしたいと思ってた。
そして二人を幸せにする為になにが出来るんだろうってずっと考えてた。
それがお姉ちゃんの代わりにお姉ちゃんの赤ちゃんを産むこと」
プロポーズしてきた日の樹のような真剣な目をした夕日を見て、
冗談でもなんでもなく自分の身体を危険に晒してでも私たちに尽くそうとしてくれているのだ。
「樹さんにはもう許可を貰っているわ。
あとは姉さんの意思次第よ」
「樹は子供欲しいって言ってた?」
「それは言えない。
樹さんはあくまで姉さんの意思で決めて欲しいと言ってた」
「・・・・・・」
樹との子供が欲しいかどうか。
そんなの答えは決まっている。
勿論欲しい。
でも実際に子供を産む夕日は母体としての危険を冒すし、
子育てだって母親不在で色々迷惑をかける。
そして何より生まれてきた子供に母親のぬくもりを与えてあげることが出来ない。
こんな状態で子供を産むという選択をとっていいのか。
結婚してくれただけで満足するべきじゃないのか。
色んな考えが頭を巡る。
でも最後に浮かんだのは。
「夕日ごめん。
私の代わりに私の赤ちゃんを産んで下さい」
私は夕日に頭を下げて必死にお願いをした。
「わかった。私が代わりに産んであげる。
でも一つだけ教えて。
今姉さんは凄い悩んでた。
きっと私の事も凄い心配してくれてた。
なのに産んで欲しいと思った決め手は何?」
「樹の笑顔」
「樹さんの笑顔?」
「樹の幸せは私の幸せだって言ってた。
だから私はワガママを通してでも幸せになることで
樹は幸せに笑ってられると思ったの。
それに私との子供がいれば私に何かあったとしても
樹は子供の為に笑っていられると思う。
大好きな樹にいつまでも笑ってて欲しい。
だから樹との赤ちゃんが欲しいの」
「ふふ、姉さんらしい答えで安心した。
しかし、ここまで惚気られると思わなかったよ」
ちょっと呆れ顔になっている夕日に対して思わず恥ずかしくなって赤面してしまった。
1年後に目覚めた時、目の前には樹と赤子がいた。
「樹、その子って・・・」
「俺たちの娘だ。名前は
「命・・・
あっ、そうだ夕日は!?」
「勿論夕日も元気だよ。
今日は親子三人水入らずで過ごしてって気を遣われちゃったんだ」
お礼を言いたかったのに夕日に気を使われてしまった。
1日ずっと親子3人で過ごせたのは幸せ過ぎて自分の病気のことすら忘れてしまいそうだった。
でも運命は残酷だ。
ここから更に私の病気は進行した。
眠る期間は2年になり、3年になり、起きていられる時間も半日となってしまった。
目覚める度に命は別人のように成長していく。
その過程を私が知ることは出来ない。
ただ、夕日のお陰で命を産むことが間に合ったのだけが本当に救いだった。
数年ぶりに目覚めた私の目の前に中学生だった頃の私にそっくりに育った命がいる。
そしてその横にはとても優しそうな少年がいた。
「ママ、あのね。
彼はクラスメイトの
実は2か月前から付き合ってるんだ」
「
とても真面目そうに少年が告げる。
私はなんて幸せなのだろう。
一度は全てを諦めた人生だったのに愛娘を得て、
その愛娘の恋人を見ることも出来た。
「命のことよろしくね」
「はいっ!」
次に私が目覚めるのは何年後か分からない。
5年後かもしれない、10年後かもしれない。
その頃には孫すら生まれているかもしれない。
でもきっと私の人生はきっと幸せに違いないのだ。
眠り姫の恋 せーてん @seitenspudon
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