皮肉屋令嬢のすれ違い婚約者探し 〜 猫はかぶりません!〜

細波ゆらり

第1話 猫はかぶらない




「ねえ… イネス、さっきからマクシミリアンがこちらを見てるわ」

 ルシアが口元を扇子で隠して、イネスの耳元で囁く。


 イネスは、ルシアの言葉に反応してマクシミリアンのいる方に目をやる。彼は、何人かの友人と談笑しながらイネスの方を見ている。イネスと視線が合うと、手を胸に当ててゆっくりと目を伏せる。


「やだ… 目が合っちゃった…」


 マクシミリアンの優美な仕草に別の方向から、令嬢らの歓声が上がる。誰に挨拶をしたのだと囁き合う声があちこちから聞こえる。


 夜会は中盤に差し掛かり、着飾った男女がダンスをしたり、お喋りに高じたり、楽団の演奏、話し声、笑い声、グラスのぶつかり合う音で会場は賑わっている。



 デビュタントから三ヶ月。イネスとルシアは示し合わせて同じ夜会に出ている。共に伯爵家の娘で、結婚相手探しの真っ只中だ。


 イネスに同伴しているのは二歳年上の兄だが、妹など放ったらかして婚約秒読みの伯爵令嬢コンスタンサと楽しくやっている。大抵、目付け役は母なのだが、小さな規模の会は兄や年長の幼馴染夫妻が代わる。


「マクシミリアンは、異国人よ。他国に嫁ぐ気はないわ」

「あんなに器量良しなのに、もったいない… 」


 確かにマクシミリアンはサラサラのブロンドに灰色の瞳で、令嬢達の視線を集める有名人だ。

 イネスの国にも金髪碧眼はいるが、マクシミリアンの国の方がその割合は多く、どちらの国でも、他の色よりは金髪が好まれ、瞳もブルー、グリーン、グレーなどの方が好まれる。




「ルシアこそ。ダニエルは今日もあなたのところへ真っ先に来たじゃない?」

「まあね… でも、送られてくるカードもありきたり過ぎて、ちょっと… 親に言われて渋々贈り物してる感じ。ダンスだって、私と踊れば、体裁が整うって思ってるだけよ、きっと」


 全て型通り。夜会に来れば、男も女も親兄弟にせっつかれて、ダンスを申し込んだり、承諾したり。ダンスの上手い下手、慣れ不慣れなどはあるが、だいたいお決まりの話題をして数分後には別れる。翌日の午前中には花と定型文の書かれたカードが届いて、礼を述べる返事を書く。



 二人は、焦らずじっくりと品定めしたい。

 しかし、それぞれ、夜会で会えばダンスする仲の男性は何人かいるが、本命とは言えないし、男性らも彼女らを本命と思って慕ってるという程でもない。

 有力貴族は幼い内に許嫁を決めることもあるが、イネスやルシアを含め、大半は見初められることなく社交界デビューを迎えてから相手を探す。




「イネス嬢、私と踊ってくださいませんか?」

 会えばダンスする仲の一人、ブルーノが声を掛けてきた。


「ブルーノ様、お誘いありがとうございます。もう少し後でもよろしくて? 少し疲れてしまって… 」

 イネスは、近づいてきた子爵家嫡男ににこやかに答える。

「では、飲み物をお持ちしますよ」



 ブルーノの後ろ姿を二人で目で追う。

「最初から、グラスを持って来ないところが野暮なのよ…」

「わかるわ。気の利かない男はだめ…」

 二人はため息を吐く。



「お嬢様方には、果実水でよろしかったですか?」

 二人の目の前にマクシミリアンが現れた。


「まあ、マクシミリアン様、ご機嫌よう」

 ルシアが答える。

「ご機嫌よう。ルシア嬢、若草色のドレスが素敵ですね」

 マクシミリアンは流暢な公用語で話す。


「イネス嬢も、今日は鮮やかなブルーですね。ペールトーンではない色のドレスを着ていらっしゃるのは初めてお見かけしますが、よくお似合いです」


「ありがとうございます… 」


 確かに今日は普段選ばないような色を選んだ。デビューしたての娘は皆、淡い色味を選ぶ。それに反発したくて選んだのだ。ルシアのような愛らしい見た目ならまだしも、イネスの顔立ちははっきりしているし、背も高く、体格もメリハリがついている。


「まあ、マクシミリアン様は、イネスのドレスの色をそんなに気に掛けていらっしゃるの?」

 隣のルシアが悪戯心を出している。


「えぇ、まあ… 同じ夜会に出ている時だけですが」

 マクシミリアンがイネスをちらりと見て答える。


「… 出てない夜会のドレスの色までご存知だとしたら、逆に怖いわ」

 ルシアが変なことを言わないよう、先制しておく。お節介なルシアはマクシミリアンをけしかけようとしているようだが、イネスはそれを望んでいない。


 この青年を夜会で何度か見掛けているし、誰かに紹介されて話をしたことはあるものの、ダンスに誘われたことはない。紹介された時にダンスをするのがお約束だが、何故か踊らなかった。理由は忘れてしまった。きっと取るに足らない存在だと思われたからだろう。

 以前、この青年とどんな会話をしたのだったか。花の話をしたように思うが、社交辞令だった。


 兄の言葉を借りれば、イネスがいつもの調子で喋ると、勝ち気だとか、女性のくせに口達者だとか、生意気だとか、そんな印象を与えるらしい。

 だからと言って、大人しいフリをしても意味がない。普段がそうでないのだから。


 ルシアのように、上目遣いでモノを訊ねるようなテクニックはイネスには使いこなせない。ルシアとて、普段はイネスと五十歩百歩なのだが、外面の良さは格別だ。その強かさがあるからこそ、イネスと親友であるとも言える。



 何だか気持ちがざわつくのは何故だろうか。

 ルシアのドレスを先に褒めたからだろうか。何となく、ついで・・・にされたように感じた。



「マクシミリアン様は踊らないのですか?」

 ルシアはマクシミリアンにまだ食いついている。


「あまり好きではないのです。子どもの頃のダンスのレッスンが厳しすぎたんでしょうね」

「まあ… 」


「… でも踊れますよ。踊りますか?」

 マクシミリアンは慌てて答える。ルシアの言葉を誘ってくれないのかという催促だと受け取ったようだ。ルシアに手を差し出す。


「ええ、では…」

 ルシアは躊躇いがちにイネスを振り返ると立ち上がる。



 マクシミリアンはイネスを見ていたのではない。ルシアを見ていたのだ。

 それに、器量が良くとも、イネスの条件に合わない。条件に合わないからお断りだ、と思っているにも関わらず、ルシアのように素直に会話できずに苛立っているのは我ながら滑稽だ。


 体格や顔立ちは性格にも影響するのかもしれない。

 ルシアと同じように振る舞っても、イネスの風貌には似つかわしくないだろう。風貌で損をしているのだろうか。


 ルシアと二人で受け答えをしていると、ほとんどの男性はルシアを見て鼻の下を伸ばす。

 ルシアはルシアの母の教えに則って、言いたいことを我慢したり、柔らかな表現にしたり、貴族的な受け答えをする。

 イネスは、言いたいことを我慢しない。本当に必要な場面では、我慢もするが、異性との出会いの場面で取り繕っても、長く続かないに決まっている。



 イネスは、ため息を吐く。やはり、取り繕うべきなのだろうか。いや、後から、こんな人だと思わなかった、などと言われたら傷が深い。



 イネスの気分は不機嫌から漠然とした不安に変わり、再びため息がこぼれた。


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