~第4節 気付き~

 病院に1泊した翌朝、セレナは迎えに来てくれたアキラと一緒に退院手続きを行い帰宅の途についた。


「ただいまぁ~・・・って朝でもこの時間だともうお母さん出勤してるよねぇ、まぁてっきり大声で怒られるかと思って予想してたけど・・・逆にちょっと寂しいかなぁ・・・」


 と独りぶつぶつと呟きながら、セレナは家に帰るなり台所の冷蔵庫を開け、いつも自分の飲んでいるメロンソーダのペットボトルを取り出した。振り返ってみるとダイニングテーブルの上に朝食と置き手紙が置いてあることに気が付いた。


「あ、お母さん朝ご飯用意しといてくれてたんだぁ~助かるぅ。え~なになに?

 ー--≪体調は大丈夫?昨日アキラさんから連絡貰ってたから心配したのよ?朝ご

 飯を用意しておいたからちゃんと食べなさい。あとライムにもご飯あげておいたか

 ら。お母さんはお仕事行ってきます。≫

かぁ、アキラさんにホント感謝しなくちゃね」


 トレイに乗せられた朝食とペットボトルを持ち、セレナは自分の部屋のある2階へ階段を昇って行った。そこに自室の扉の前で1匹の猫が行儀良く前足を揃えて座り、今や遅しと待ち受けていた。


「ライム~ただいまぁ~昨日は1人にしちゃってごめんねぇ~」


「ンにゃぁ~♪」


 しゃがんで可愛い愛猫の頭と背中をワシャワシャと撫でると、ライムはお返しと言わんばかりに尻尾を立てて頭と体をセレナの脚へ擦り付けて来た。


「お母さんにご飯も貰えて良かったねぇ~」


 ---ゴロゴロゴロ・・・


 セレナの問いにライムは喉を鳴らして答える。その後朝の陽射しが眩しい自室にゆっくり入り、少し遅い朝食を摂るため机に腰を掛ける。それに倣うようにライムもそそくさと部屋へ入った。セレナはハッと思い出してポケットのスマホを取り出し、溜まっているであろうSNSのメッセージをチェックする。


「やっぱりナツミやカエデ、カケルからもチャットが来てるわ~」


 案の定グループチャットには友人3人のチャットが昨日の夜、あの襲われた事件の後から溜まっていた。下からセレナを眺めていたが、ライムはより見やすい位置へ移動するように側のベッドへジャンプし、リラックスした様に横になってセレナを見つめる。


「へぇ~明日の午後にカエデの剣道防具新調で鎌倉にねぇ~みんなで行くんだねぇ~そっかぁ集合は大学の食堂ねぇ、心配かけてゴメンねっ了解っと・・・」


 チャットへ返信を返したセレナはスマホを傍らに置き、冷めないうちに母親が用意してくれた朝食を済ませようとする。


「それじゃぁ~明日はみんなが集まる前にちょっとアキラさんのところに寄ろうかなぁ・・・」


「それがいいかもにゃぁ~」


 自分の前足をペロペロ舐め、目をつぶった顔を洗いながらライムは答えた。


「へっ・・・?ゴホッゴホッ!」


 明らかに返事を期待していなかったセレナは、思わず気管に食べ物をつかえそうになり、メロンソーダをゴクリと飲む。そしてその予想外な答えを出した主を必死にキョロキョロ探すが、辺りを見回しても人と思しき存在は確認されない・・・目の前で尻尾をペンペンして横たわる愛猫以外は。


「えっ?!・・・今ライム・・・返事した??」


 そしてライムの顔をジッと見つめて覗き込むと、ゆっくりとした猫パンチをしながらそれに答える。


「ンにゃぁ~いかにも我が今返事をしたにゃぁ~♪」


「どうして猫が喋れるのっ?ホントにライムなの?」


 戸惑いを隠せないセレナは大きなあくびをするライムに詰め寄る。


「もちろんニャァ、正真正銘の我はライムニャ。まぁ話せるのが不思議に思うかもしれないニャ。それは恐らくセレナの波動が上がってきたからニャ。波動が上がると動物と話せるようになるのは聞いたことニャいかニャ?」


「波動が上がる?どういうこと??私、何もしてないと思うけど・・・」


 そしておもむろにライムは猫パンチの片足を顔を近づけてきたセレナの鼻頭にピトッと付ける。


「・・・ちょっと・・・?」


「まぁ良く聞くのニャ。我はまぁその他の動物よりは波動が高いのかも知れないのだがニャ、確かパパさんからペンダントをもらってるかニャ?」

「う、うん・・・これ?」


 セレナは肌身離さず身に着けている、かつて父モトツネの形見として受け取ったペンダントを胸元から取り出した。


「それからは高貴な波動を感じるのニャ・・・それを持ってるお陰で波動が底上げされて、つまりバフ効果ってものニャ。身に着けてなくても高い波動を保っているようだニャ。お主を守ってくれるから大事にするんだニャ」


「うん、そうだね・・・」


 そして陽光に反射して光る多角形のペンダントを少し手の平で転がし眺めた後、セレナは再び胸元へそれを戻した。


「ところでこの前、私が学校行こうとして返事をしたのは・・・?」


「それは我ニャァ。お主が寂しいだろうと思ったから声を掛けたんだニャ」


「やっぱりそっかぁ・・・まさかとは思ったけど・・・」


 ライムは大きく伸びをした後、ピョンと高窓の額縁で乗れるスペースにジャンプし、外でチュンチュクさえずる雀を見ながら呟く。


「・・・以前、我はパパさんを守りきることが出来なかったニャ。それだけが心残りだったニャ・・・。だから今度は新しいご主人様であるセレナを守るのが我の役目になるのニャァ」


「う~ん、助けれくれるのは有難いけど、どんなことが出来るの?」


「それはだニャ・・・肉体的にはこの体では出来ることは限られるがニャ、知恵を与えることやレクチャーすることは出来るんだニャン。だから、場合によってはどこでもついていくニャン」


 首元が痒いのかライムは座ったまま後ろ足で首の辺りを高速で掻く。その返答に対してセレナは椅子から立ち上がり、机に両手をついて抗議する。


「ちょっとぉ!どこにでもついて来る気なの?それにそんなに喋る猫が一緒じゃ目立ってしょうがないじゃない!?」


「分かった分かったニャン。極力ついていかないようにするニャ・・・ただニャ、時々周囲に暗黒波動の気配もするから十分気をつけることニャァ」


「暗黒波動?うん・・・どう注意すれば良いか解らないけど、一応分かった。ところで、お母さんにもそんな感じでもう喋ったの?」


 首元を掻いた後今度はお腹の辺りを舐めながらライムは毛繕いをする。


「ママさんとはまだ話してないニャ。今朝はちゃんと朝ご飯貰ったニャァ」


「うんうん、それなら暫く喋れることは内緒だぞっ!」


 左手を腰に当て右手の人差し指を口元に当ててセレナはライムに忠告する。


「それも分かったニャ。ご主人様の言うことだから仕方ないニャン。あとはアキラとかいう助手の男のところに明日寄るなら、色々お主の特性を調べてもらえるようだから行くといいニャ」


「私の特性ね・・・魔力の事とか色々聞きたいこともあるし、そうするね」


 一通り毛繕いを終えたライムは窓の額縁からベッドに降り、セレナを見上げる。


「ところで、あのチュールとかいうのは無いのかニャ?あれは病みつきになる味ニャ」


「やっぱり好きなのねぇ~でもダメよ、まだ朝ご飯食べたばかりでしょ?あとでおやつの時間にねぇ~」


「フニャァ!つまんないニャー・・・」


 朝食の後片付けでトレイを持って部屋を後にするセレナを眺めながら、ライムはベッドに突っ伏して毒付いた。


(そういえば、あの時アキラさん・・・どうして私があそこに居たのに気が付いたんだろ?明日聞いてみよっかな・・・)


 自宅1階で食器を片付けながらセレナはふと思いにふける。


 ★ ★ ★


 ー--翌朝、セレナは通う大学のアキラの所属する考古学/神秘学研究室へ向かっていた。


「今日は土曜日だから、やっぱり人が少ないなぁ~」


 そう呟きながらセレナはサッと急に後ろを振り向く。


(あれだけ言ったから流石にライム、付いてきてないよね・・・)

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