~第2節 邂逅(かいこう)~
ある晴れた朝、自宅2階の階段を慌ただしく降りるセレナは焦っていた。
ドンタッタッタ…
「あーっ、もう講義に遅れちゃうよぉー!」
そしてトースターで焼いた食パンを咥えながら飼い猫の食器へキャットフードのカリカリを開け、急いで冷蔵庫から取り出したミルクを注いだ。
「はい、ライムお腹空いたよね、ご飯食べてねぇ…お母さんが先にあげといてくれる
と助かるんだけど、私以上に忙しいから、ダメだよねぇ」
「ンにゃぁ~♪」
カリカリカリ…
飼い猫のマンチカン【ライム】は待ってましたと言わんばかりにカリカリを脇目も振らずにほおばる。
「それじゃぁ~急ぐからゆっくり食べてるんだよぉ~行ってきまぁ~す」
セレナはライムにそう声を掛け、食パンを食べ終わる前に上着に袖を通し、リュックを背負い玄関を出ようとした。
「行ってにゃっしゃぁ~い」
「はーい…うん?まぁ…空耳かなぁ…」
急いでいたため思わず返事をしたが、腑に落ちない。すでにセレナの母は出掛けているはずだ。頭に?を付けつつ足早に自宅を後にし、大学へ向かった。
★ ★ ★
-- キーンコーンカーンコーン --
夕刻を告げるチャイムと共に続々と受講を終えた生徒が校内を後にしていく。
「いつも助かるよぉ~バグ取りメッチャ苦手なんだよ…セレナちゃんは得意だよね
ぇ」
パソコンのキーボードでブラインドタッチを行うセレナの肩越しに、ディスプレイを見ながらカケルはグチをつぶやく。
「ここのアルゴリズムに抜けがあるのよね…私は苦にはならないからいいんだけど、
ここの超常現象研究部でこんなプログラムって必要なの?」
「うん、まぁ…ちょっと超常現象を検出する装置に必要でね」
頭をポリポリと搔きながらカケルは苦笑いをする。その時部室の扉を開けて小太りで黒縁メガネの男性が入ってきた。
「なんか良い雰囲気じゃない?御宮寺くぅん」
「根倉部長ぉ~からかうのはやめて下さいよっ」
野太い低い声で後ろからガシッと肩を捕まれ顔を近づける超常現象研究部の部長である『
る。
「わ、わたしもそんなんじゃないですよ!」
(えーっ、それはないよぉ…)
内心ちょっとガッカリとカケルは肩を落とした。
「ふぅ~ん?それはそれとして・・・だ」
そして根倉は黒縁メガネを光らせ、カケルの耳にヒソヒソと囁きかける。
「ところで、あの件は大丈夫か?」
「一応伝えておきましたけど、来るかどうかは分からないですよ?」
「…んーっ?」
セレナは訳もわからず首をかしげる。そこで誰かが部室の扉をノックした。
--コンコンッ
「カケルぅ~いるぅ~?来たよ~」
ガチャッ…とドアを開け橙色でショートカット髪の少女が姿を現す。
「あれっ、セレっちもいたんだ?」
意外とばかりに目を丸くしてナツミはセレナを見つめる。
「あ、うん、時々プログラムの修正を頼まれることがあってね。ナツミも用があって呼ばれたの?」
「まぁ、ねっ」
ジーっとジト目で腕を組みカケルを見つめる。
「あーほらっ用があるのは部長ですよ?」
そしてサッとカケルは根倉の後ろに隠れて背中を押す。
「やぁ~鳳さん。来てくれてありがとう」
「で、どんな用ですか?先輩」
根倉が黒縁メガネをカチャッとずらしながらナツミに詰め寄る。そしてナツミは視線だけを根倉に向けた。
「いやね、たまたまアーティストの『
「えっ、七瀬マリナのライブ…?」
思わずナツミは差し出されたライブチケットを目を丸くして覗き込み震える手で受け取ろうとする…手を慌てて引っ込めた。
「…って…先輩と二人だけですか??」
「そうだよ、貴重なチケットはそんなに沢山手に入らないからね…」
そう言いながら根倉はチケットを持つ手をそのままナツミの胸に押し当てようとした瞬間に後ろ手に捻りあげられた。
「痛たたたたっ!」
「ちょっ、大体そんなことだとぉ…思ったのよっ!」
ナツミは素早い体裁きで根倉の後ろに回り込んだ。そして根倉は手を捻られ悲鳴を上げる。と同時にナツミとの距離を開ける。
「ギッ、ギブギブッ!」
「最低っ…セレナ、学祭の準備行こっ!」
「う、うんっ…」
半ば強引にナツミはセレナの手を取り部室を後にしようとする。
「あっ、僕も後から行くからっ!」
慌ててカケルは部室の扉から出る2人に声をかける。そして根倉はガックリと膝を付きスダレを付けつつ意気消沈としている。そしてその根倉をカケルはフォローした。
「だから言ったじゃないですかぁ…すみません、ちょっと僕も行ってきますね」
★ ★ ★
---超常現象研究部を後にした後とある別の部室でナツミとセレナは学園祭の準備の打ち合わせをしていた。
「もう最悪っ!」
「まぁ…ねぇ…少し落ち着こっか?」
「はぁ…でもチケット惜しかったなぁ…」
片手を両目に当てながらゆっくりと大きく深呼吸の後ナツミは落ち着きを取り戻した。セレナは怒りが収まらないナツミをなだめつつ学園祭のパンフレットをテーブルに広げた。それと時を同じくしてカケルが部室に現れた。
「…さっきはゴメンねぇ」
「カケルが悪いわけじゃないんだけど…こうなること予想してたんじゃない?」
「まっ、まさか…そんなことは考えもしなかったよ…」
一瞬たじろぐが慌てて向かいの席にカケルは座る。
「そういえば、2人はどんな催し物出すの?」
「私達の部はTRPG部だから特にこれっていうのは無いんだけど、焼きそば屋さんを出そうと思うんだっ。それに後からカエデも来るよ」
そう言って作りたてのパンフレットをセレナは差し出した。
「へぇ~カエデちゃんは剣道部で出店出さないの?」
「剣道部は特に出店はしないからこっちを手伝ってくれるのよ。ところでそっちはどうなの?」
ナツミはカケルの問いかけに少々面倒そうに答える。
「超常現象研究部ではもちろんお化け屋敷だよっ!」
無駄に胸を張ってカケルは答えた。
「ふぅ~ん~お化け屋敷ねぇ…あの狭いスペースで出来るの?」
再びジト目のナツミはカケルへ問いかける。
「そこが腕の見せ所なんだぁ、と言いつつ空き教室を借りるんだけどね…」
一瞬胸を張り腕をまくるが一瞬で萎える。そこでコンコンッと扉を叩く音がして一人の眼鏡女子が入ってきた。
「皆さんもうお揃いなんですねぇ~カケル君も来てたんだねぇ~」
「カエデお疲れ~」
「カエデちゃんお疲れ様ぁ~」
部屋に入ってカケルの隣に座ったカエデに3人は労いの言葉を掛ける。学内では
基本的にメガネを掛けているが、プライベートではコンタクトというポリシーがあ
るらしい。
「お疲れ~出店は焼きそば屋さん出すんだねぇ~誰がメインでやるの?」
「そうそう、私が焼きそば作るの得意だから頑張るよ!」
机に広げられたパンフレットを見ながらカエデは二人の顔を交互に確認する。それに対してセレナは身を乗り出してカエデに説明した。
「そっかぁ~セレっち焼きそば得意なんだねぇ~知らなかった!あとはお店の道具とか飾り付けとかの買い出しはどうするの?」
「それはハンズに買いに行こうよっ?」
カエデの疑問にカケルも身を乗り出して答える。
「そうねっ、それは良いわね。セレナとカエデもいい?」
「いいよっ」
ナツミと同様に2つ返事でセレナとカエデも了承の答えを出す。
★ ★ ★
---日も沈む前の夕陽が強く射し影が長く伸びる黄昏時にセレナとナツミ・カエデ・カケルは横浜駅西口の駅近くで学園祭に必要な買い物を済ませ、帰ろうと駅へ向かってゆっくりと歩いていた。
「大体必要なものは買えたしそれじゃぁ~そろそろ帰りますぅ?」
「あっ…私ちょっと買い忘れたものがあるから、みんなは先に帰ってていいよ」
カエデの一声にセレナは思い出してつぶやいた。
「うん、でもセレナ一人で大丈夫?」
「僕だけでも一緒に行こうかなっ…」
「大丈夫、大丈夫。ごめんねっ気を付けて帰ってねぇ~」
心配するナツミとカケルに後ろを振り返りながらパタパタ手を振り、セレナは残り3人から歩き遠ざかる。そして先ほど来た道より細い脇道に姿を消して行った。
「あれっ、この辺ってこんな暗い道有ったかな…」
ハンズへの近道と思われるビルとビルの間を歩いて行くが他の通りよりも明かりが少なく人通りが全くない事にセレナは少し不安に駆られていた。
「えっ、何?」
セレナが薄暗い一本道の丁度真ん中付近に差し掛かった時、前後に真っ黒い霧の様が道を塞ぎサーッとあっという間に視界を遮る。そして霧よりも黒い人型の影が姿を現す。それらは徐々に詳細が明らかになり人型だが頭が豚であったり肌が緑色の小鬼であったりする。
「きゃっ!」
そのうちの
「つっ…ぅっ…」
そこへわらわらと数多のモンスターがセレナを覆い囲もうと迫った時、ズサササッっと素早く何者かがセレナに駆け寄った。
「セレちゃん!」
「…あっ…アキラさんっ?」
「くっ、誰も気付かないとは…人払いか?セレちゃん頭低くしててっ!」
セレナの頭を抱えながら『
「呪符よ…力を開放せよっ!
アキラの力強い掛け声と共に地面に光る魔法陣が現れた後、轟音と共に迫り来るモンスターを焼き尽くす炎の壁が2人の前後に現れた。炎は次々とモンスターを飲込み黒色の灰塵へと化していく。
「チッっ!」
舌打ちが聞こえた方へ即座に顔を向けたアキラは近くの低層ビルの屋上から黒マントに目深に被った黒フードの男が足早に立ち去るのを目にする。
「あれはっ、奴かっ!」
そう言ってアキラは舌打ちの主を探すように目を細めるが暗がりで良く見えない。直ぐにでも追いかけたいのは山々だが負傷のセレナをここに置いて行くわけにはいかない。
「もう…大丈夫だよ」
周囲を見回し敵が存在しないことをアキラは確認する。
「ん…良かった…」
アキラに膝枕をされたまま、安心したせいかセレナはそのまま気を失ってしまった。
「セレちゃん!しっかり…」
薄れいく意識の中でセレナはアキラの言葉を最後まで聞くことは出来なかった。
★ ★ ★
---混濁する意識の中でセレナは何故かどこか山奥の道でとある交通事故の現場でボンネット部分から火が出ている車の見える場面に立ち会っていた。辺りに街灯は無く事故車の火が周辺を明々と橙色に照らし出している。
(…ここは…どこかで見たことがあるような光景だけど…)
セレナは事故に遭った見覚えのある車にゆっくりと歩み寄り運転席の割れた窓ガラス越しに中を確認してハッとあることに気が付く。
「お父さんっ!」
車中の運転席にはセレナが良く知る人物が頭から血を流し、足が車体に挟まれ動けない状態で座っていた。しかしセレナの父親『
「…セ、セレナ無事か?」
「…う…ぅ…下半身が…動かないの…」
後部座席には同じく頭から血を流したセレナがぐったりと首を持ち上げる。
(間違いないわ…これは私が遭った事故現場…私の記憶の中…?)
セレナは夢とも過去の記憶の中か定かではない場面に遭遇していた…
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