黄昏のアセンション ~現代魔術をスピリチュアルが凌駕する~
榊原 涼
~第1章~
~第1節 目覚め~
(…私…何故立てるの…?)
(…何故…歩けるの…?)
(…何で…脚の感覚が…)
明るい栗色の髪の少女は病室の一室で、両手で脚をさすりながら、呆然と自分の記憶をはんすうしていた。ここは横浜のとある総合病院。開け放たれた窓からは強い日差しが差し込み、窓の外からはけたたましいアブラゼミの啼く声が聞こえて来る。同時にここち良い風が吹き込んで来て、白のカーテンをリズミカルに揺らしている。
―――コンコンッ
不意に、病室の扉がノックされ、開かれた引き扉からは白衣姿にメガネをかけた男性医師と女性の看護師が現れた。
「体調はどうかな、
いかにもインテリという具合の医師の問い掛けと同時に看護師が明るい栗色の髪の少女の腕を取り『
「先生、あのっ…脚が!」
医師はそれを聞きながらセレナのカルテとCT画像のコピーをファイルから取り出す。
「うん、信じられないのは当然だよ。昨日のCT検査の結果が出ていてね、驚くことに損傷した脊髄が何事も無かったかの様に修復している…というよりは元に戻ったと言っていい。通常、下半身不随が完治するという前例は、少なくとも僕は聞いたことが無い…これは全くもって奇跡だよ!」
そう言って医師はセレナの両肩をガシッとつかむ。そして、それに答えるようにセレナは両目を大きく見開く。
「でも、私、昨日までベッドで寝たきりで、もう一生このままだと諦めていたのに…」
「そう、半年も君は寝たきりだった訳だから、それは無理もない話さ。今まで行ってきた治療法はごく一般的なものだよ。僕も医者としてにわかには信じられないのだけれども、事実は小説より奇なり、という言葉は知っているかい?君が再びみずからその2本の脚で立ち、歩けるようになったのは、紛れもない事実なんだ」
若き男性医師はセレナの傍らからおもむろに立ち上がり、眩しいほどの夏の陽射しの入る窓の外に目を向けた。医師の言葉をかみ締めるように、セレナは光輝く六芒星の中に地球のデザインがされたペンダントを、小刻みに震える手でグッと握りしめ、胸に当てながら心の中でつぶやく。
(お父さん…何で私だけ助かったの?いっそのこと私も一緒だったら、良かったのに…)
その時、一瞬ペンダントに描かれた地球がキラリと光った気がした。そして男性医師はセレナの方へゆっくりと向き直る。
「セレナ君、君はあと1週間ほどで退院出来ると思うよ。まぁ半年も歩いていないんだ、リハビリの結果、問題なければね」
「…ホントですか、先生?」
セレナは目に浮かんだ涙をこすり、改めて若き男性医師に確認をする。それに応えるように医師は首を縦に振り、おうように頷いた。そしてセレナの左肩にポンポンと軽く手を乗せ、女性看護師と共に病室を後にした。
「…ん?」
医師が病室を後にするのと同時に、窓の外、丁度向かいのビルの屋上から見られている様な視線を感じて、セレナは振り向いて視線を向ける。が、首を傾げて見ても、そこには誰も見つけることは出来なかった。
「気のせい…かな…」
―――カツカツカツ
セレナの見たビルの日陰になっている裏路地にひびく乾いた革靴の音。およそ真夏にはそぐわない漆黒のスーツに漆黒のマントを身にまとった銀髪、そして逆五芒星のデザインをあしらったチョーカーをした男が歩み去る。
「ようやく見つけたぞ…まさか本当に生きていたとはな…」
その声は甲高く、狂気の笑みにあふれていた。そしてこの日2029年9月9日、時計は午前9時9分をさしていた。
★ ★ ★
―――そして時はセレナの退院前日。夕暮れの弱くなった夏の陽が、長く影を作って窓から部屋の奥を照らしている。それを待っていたかのように、ヒグラシももの寂しげで夏の終わりをうれうかのように、徐々に啼き始めている。この日、セレナの仲の良い親友達の見知った面々が顔を揃えていた。
「ねぇセレナ、凄いじゃん!ホントに治っちゃったの?」
橙色でショートカットの髪にデニムのホットパンツにTシャツルックの少女『
「ホントに良かったよぉ~セレっちぃ…グスン」
涙ながらにセレナのベッドへかけ寄り、つやのあるロングの黒髪が印象的で上下が白の2ピースの少女『
「うんうん、それじゃぁ、セレナちゃん、いつものオンラインゲームで盛大に快気祝いをしないとねっ♪最近大型のアップデートがされたんだっ。だから、また皆で一緒に集まろうよ!」
クリーム色で短めのふんわりとした天然パーマの髪に柄物の半袖シャツの前を開け、中にアニメ系のプリントTシャツで短パンルックの少年『
「はぁ…相変わらずあんたは空気を読まないわねぇ…」
セレナはげんなりして、手をパタパタ振りながらカケルの言葉を軽くいなした。そしてナツミとカエデの方へ交互に向き直る。
「ナツミとカエデもわざわざ来てくれてありがとね。以前のままだったら、私どうにかなってしまいそうだったもの…」
「水臭いなぁ、あたし達はいつでも相談に乗るよ。ねぇ、カエデ?」
そう言ってナツミはカエデの肩をグッと寄せる。それに一瞬驚いてカエデは目を大きく見開く。
「う、うん。そうだよセレっち!私達、友達でしょ?」
その時、静かな自然の風景を映していた番組から突然、ベッドサイドで点けていたTV番組が切替わり、緊迫した表情の女性アナウンサーの話す臨時ニュースが映された。
≪―――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えいたします。先日から北米を初めとして発生している黒い霧による切り裂き事件が、さきほど欧州のイタリアで同様に発生しました。犠牲者の詳細は不明ですが、百数十人に及ぶもようです。欧州での発生はこれが初めてで…≫
画面には黒い霧におそわれ、その恐怖に逃げまどう町の人々を映し出していた。
「何…あれ?黒い霧で切り裂き事件って…」
臨時ニュースで状況を話す女性アナウンサーの言葉をさえぎり、セレナは驚愕の表情にこわばる。
「そっかぁ、セレナは入院してからあんまりTV観てないんだったね、3ヶ月前くらいかなぁ、北米で初めて発生して、次の月に南米、その次の月にはオーストラリアで発生したんだったよね?」
ナツミはカエデの肩をつかんでいた手をパッと離し、セレナの前に人差し指を立て、その後にカケルに問い掛けた。急に肩を離されたカエデはその反動でちょっとよろける。
「そう、そしてあの謎の黒い霧に襲われると、たちまち鋭利な刃物のようなもので切り裂かれるって…その切り口は現代の刃物じゃなくて、斧や鉈そして中世の槍や剣での切り口にそっくりだって話があるよ。フフンッ」
得意げに鼻を鳴らしながら右手をアゴに添え、カケルはフンッと胸を張る。
「いやぁ…」
「ちょっとカケル、カエデが怖がってるじゃない!大体、どこでそんな話聞いてきたのよ?」
震えて怖がるカエデの前に立ちはだかり、ナツミはカケルの胸倉をつかみ、グラグラと前後に揺さぶる。
「ぼっ、暴力反対!どこでって、僕の所属してる超常現象研究部の部長から聞いたんだよ…」
こちらはホントに怖がり、両手を突き出し、手のひらをひらひらさせて冷や汗気味にカケルは答える。ナツミはカケルより頭1つ分背が高い。
「あぁ…あのメガネガエルねぇ…いっつも見かけたあたし達をいやらしい目で見るから、ホンっトにイヤなのよねぇ…全く」
目を閉じ額に手を当て、ピクピクっと青筋を立てながらナツミは毒を吐く。
「あははは…」
この言葉にカケルは答えようという気力はない。
「あ、ねぇ、あの黒い霧の中に、豚の頭の人影と、犬の頭の人影が襲っている様に見えない?」
繰り返される臨時ニュースの映像を、セレナは凝視する。
「えっ、どれどれ…どこ?」
セレナ以外の3人は一斉に映像を見いる。
「うーん…私には見えないなぁ…」
「何かの見間違えじゃない?」
「豚頭に犬頭かぁ、ファンタジーRPGなら解るけど、さすがの僕にもちょっと見えないや、セレナちゃんの言うことも信じたいんだけど…」
しかし、3人共にセレナの言う人影を確認することはできなかった。
「そっかなぁ…私にはそう見えるんだけど、気のせいかなぁ…」
何度も首を傾げてセレナは映像とカエデ、ナツミ、カケルを交互に見やった。
「ほら、まだ全快じゃないんだからさ、疲れてるんだよ。ゆっくり休んで、ね。退院したら、また連絡ちょうだいなっ」
ナツミは不安そうなセレナの両手を、おがむように両手でそっと包み、労いの言葉をかけた。
「そうだね。疲れてるのかな、うん、ありがと、また連絡するね」
和やかに談笑する今の4人には、今後訪れる様々な試練を知るすべもなかった。そしてセレナは知らなかった、胸元のペンダントが何かを訴えるかのように淡くほのかに明滅していたことを…
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