第8話 水に濡れて恥に塗れて
俺にすべての注目が集まり、お陰で戦うことなくシルバーウィンド号を乗っ取ったニオとエルフと俺の仲間たちは、ロープを引っ張って引き上げてくれた。
「……ックシ!」
クシャミをするずぶ濡れの俺へ、エルフも仲間も関係なくいたたまれない顔をしていた。
「……さみぃんだけど」
最前列にいるメダルカですら、俺のつぶやきにどう声を掛けたらいいものか迷っている。
イティも顔が引きつっていた。オロオロと歩み寄り、族長としてのせめてもの意地か声をかける。
「た、大儀であったぞ? そ、それに、お主らの潔白も証明されたではないか」
「……だから、さみぃ。簡単に風邪引く体じゃねぇが、さみぃんだよ」
「さ、左様か……おい誰か、なにか拭く物を持っておらぬか?」
一応指示を受けたエルフは、何かの布切れなりを取り出していたが、こちとら全身ずぶ濡れなのだ。
「だ、旦那、えっとその……ごくろうさんでした。俺たちが怪我してるばっかりに……」
「いいから、さみぃんだよ。寝てねぇし、下手に加減して戦って疲れたしよ。それになんだこの様、まるで……」
と、そこへ大笑いしながらニオがやってきた。
「アッハハハ! 当てようか? “ションベン”漏らしたみたいだって言いたいんだよね! まさにそのまんまだよ! アッハハハハハハハ!」
もはや怒りも湧かなかった。とにかくドデカい溜息が出るだけだ。
「なんなんだよ、ったく……無理して突入して、また捕まりかけて、なんなら殺されかけて、冷えた海に落とされて憐れみと笑いの種……昨日からの引き続きで、いい加減泣くぞ」
笑うニオは、涙を拭きながら語り掛けてくる。
「なんなら素っ裸になって地肌で温めてあげようか? そのまま船長室で慰めてあげようか? これだけやって、これだけ笑わせてくれたんだ! お礼にこの体好きにしていいよ! どんなマニアックなことでも付き合うよ! ハハハ! アッハハハハハ!」
「それこそ変な病気もらってマジで死にかねねぇから遠慮する……はぁ……」
「いやでも、ホントにご苦労様」
いい加減笑いつかれたのか、それとも態度を少しは考えたのか、ニオは次第に真面目な顔をした。
「ボクの計画に足りなかった”力”を貸してくれてありがとう。文字通り、純粋に強い力を持った君がいないと、この船は手に入らなかったよ」
「……なぁ、今になってなんだが、小さな船奪ってヒッソリ行くとかできなかったのか? 自由の身になって、文字通り頭が冷えて考えてみたんだが、爆薬仕掛けてたんなら、アイツらの出航遅らせられたろ?」
聞くも、ニオはムッとした顔をする。
「何言ってるのさ、それじゃこの船置いてけって言うの? 本当はエルドラード号が欲しかったのをタダでさえ妥協したのに、もっと譲歩しろって? 駄目だね、ボクの名が廃るよ。なにせボクは……」
「ただの海賊だろうがこの野郎!」
海賊という言葉に、つい感情が爆発してしまった。
「あーくそ! なんか遅れて怒りが湧いてきやがった! 誰にもぶつけらんねぇ怒りがとめどなく湧いてきやがったぁ!! どこにぶつけりゃいいんだこの感情!! つーかいつまでもこんなビッチャビチャな服着てられっか! 脱ぐからな俺は!!」
上着からズボンまで脱ぐと、パンツ一丁でメダルカたちへ投げつけた。
「日当たりのいいとこに干しとけ!!」
「へ、へい!」
そのまま甲板に胡坐をかいて座ると、またドデカい溜息が出た。
「なんで俺は、知らねぇ船の上でパンツ一丁なんだよ、クソ……」
「だからボクが地肌で温めるってば」
「ならいっそひん剥いてやろうか!! テメェの服で体拭けるしな!!」
ガバッと襲いかかろうとして、ニオが「あー……」と困った顔をした。
「悪いけどそれはお勧めしない。君たち調べるために方々回ったからお金使い果たして、売る物も売りつくしたからずっとこのシャツとズボン一枚だし。下着は特に高く売れちゃったし。水浴びはしたから体は綺麗だけど……」
「なんじゃと!?」
俺が何か言う前に、イティが一人、まさかといった顔で駆け寄った。
「わっちと歳が変わらぬであろう女が、まさか下着まで変えていないと申すのか!?」
「あっはっはぁ……だから変えてないどころかもうずっと履いてない」
「急ぎついてくるのじゃ!! わっちの変えがある!!」
「おい、変えがあるなら俺にも……」
「黙らんか!! お主に女の何がわかる!!」
怒鳴り散らして、イティはニオを連れて船長室らしき部屋に籠った。
「……そういや、臭かったな」
旅暮らしでそういった感性が鈍っていた。それと女は色々と大変とも聞いたことがある。
「だからってここまでやったの誰だと思ってんだよ……」
なんて言っていると、申し訳なさそうにエルフの男たちが集まってきた。
「あの、俺たちも旅の用意がありますので……屈強なその体に合えばいいんですが……」
「ックシ! ゥェックシ! ……もうひょろいエルフの服でパツパツでも構わねぇよ。一番デカい奴の服貸してくれ」
「は、はい……」
最後の溜息を吐きながら、動物の革か何かで作られた服に袖を通したのだった。
「……獣臭せぇ」
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