第6話 解き放たれた主人公たち

 わっちらは日も暮れ、夜となりつつあるポートリーフの町に出た。

 体もようやく自由になったが、同じく自由気ままにに行き交う人間共と違い、とても気は晴れぬ。


「フィンよ……無力な姉を許してくれ……」


 わっちの嘆きに、仲間たちも顔を落とすばかりじゃ。

 腕利きの精鋭を集めたつもりじゃったが、再び挑もうとは誰も口にしない。


 なにせ、一瞬にして敗れたのじゃから。グレインは力を認めていたが、余裕故の言葉であるのは誰もが承知の上。

 殺されなかっただけマシ。そう思っておるのは明白じゃった。


 じゃが、


「奴ら、海に出るようじゃな」


 顔を落とし黙りこくっていた仲間たちが、わっちの言葉にピクリと反応する。


「海はとても広い。隠れて追うことさえできれば、どこかでフィンを取り返すことも可能なのではないか? 皆もそうは思わぬか?」


 仲間たちの暗い顔に一筋の光明が見えた。早速ザワザワと話し合っておる。

 やがて声が上がった。


「俺たちで追いましょう! 船の上に固まっているのであれば、矢で狙撃もできます!」

「うむ、わっちもそれは可能じゃと思う。取り押さえられなければ、離れているほどわっちらエルフが有利なのは奴らもわかっておろう。じゃが、まず船がないのじゃ。それに奴らはどこに行くというのか。追うにしてもそれを知らねばならぬ」


 再び沈黙が流れるも、一人の仲間が小さく手を上げた。


「あの男なら知っているのでは?」

「む? あの男?」

「昼間に連行されたゼノディアスです。連行される前、それらしいことを言っていたように聞こえました」

「一理あるのう……ゼノがどこにいるか知っておる者は?」


 皆に聞くと、衛兵に海軍本部の近くに連れていかれたのを見ていた仲間がいた。


「あの建物です。明日の朝処刑というのでしたら、おそらく監禁されているのでしょう。こんな夜でしたら邪魔も入りませんし、なにより処刑を見届けろと言っているのは人間共です。俺たちが死ぬ前に恨みを言いに来たとでも騙せば、話すことくらいは可能なのではないでしょうか」


 条件はそろっておる。グレインもアルビンも、まさかわっちらエルフがあの男を頼りにするとは思うまい。


「急ぎ向かうぞ! 処刑されてからでは死人に口なしじゃ!」







 足音を聞いてから、俺は即座にだらっと寝ころんだ。

 今の今まで話していた”とんでもない奴”だったニオも、関係ないよう壁にもたれかかって、眠りの演技に入る。


 そしてようやく、数名のエルフを連れたイティがやってきた。


「お主、グレインなる者たちがどこに行くか知っておるな」


 落ち着いている声だが、切羽詰まった様子を隠しているのは見え見えだ。下手に刺激すると、騒がれて衛兵が来てしまうかもしれない。

 言葉と態度は選ぶべきだろう。


「そりゃ、俺がそこに行くって言い出したからな」


 寝たまま自暴自棄気味に話すと、イティは鉄格子を掴んで問いただしてくる。


「教えるのじゃ……! 今すぐに……!」

「声を殺して見張りに気づかれないようにしてるとこ悪いけどな、教えたところで無駄だと思うぞ?」


 首をかしげたイティに、呆れる素振りで言ってやる。


「アイツらは提督をもってしてこの海最強と言わしめたエルドラード号に乗って、かつて魔王が根城にしていた島”フルーブデゾーロ”に向かってる。海を知り尽くした提督も、自らとんでもなく速くて強いと噂のシルバーウィンド号に乗ってくるしな」


 つまり海において強力な船二隻で行くのだ。オマケに艦隊もついてくる。

 エルフが場所を知ったところでどうにもならない。


「更に言うなら、あの島は普通の海図には乗っていない。帝王だって知らねぇぞ? なにせ俺たちサンランページが魔王城で見つけた書物にあった島だからな。魔王の野郎、陸に上がる前に念のため力を封印していたみてぇでな。事細かに記されていた。俺たち以外、誰にも知られねぇように焼いちまったがな」

「嘘は……ついておらぬな……。じゃとしても、そう簡単に諦められん! どこにあるのじゃ!」

「あんま大きな声出すなって……それに場所を教えろだと? 虫のいい話だな、お嬢ちゃん。いったい誰のせいで俺の仲間は射貫かれ深手を負い、俺自身も捕まったと思ってる」

「ぬ、ぬぅ……」

「ついでにグレインの目的だがなぁ、あの島には封印がされてんだよ。ハイエルフの血でしか解けない、財宝と魔王の力の眠る封印がな。一滴の血でも億万長者になれる財宝と魔王の圧倒的な力が与えられるらしいから、少しだけ頂戴する予定だったが……グレインのことだ、全部絞り出すぞ」


 なんじゃと!? と声を荒げるイティを落ち着かせ、よく考えるように促す。


「どうすりゃいいかだが、簡単な話だ。俺が行って止めりゃいい。例えば誰かのおかげでここを出られたら、俺は大いに恩を感じる。そうすりゃ、グレイン含むサンランページと海軍相手に、魔王と戦った本気を出してもいい」


 イティはしばらく眉間にしわを寄せてから、諦めたように口にした。


「では、ここから出してやろう」


 チラッとニオを見ると、その口元が僅かに笑っていた。

 悟られぬよう、俺は両手を広げて無理だと返す。


「鉄格子は対魔法のエンチャント付き。暴れたら見張りもやってくる。グレインだって来るかもな」

「じゃが鍵さえ開けてしまえばこちらのものじゃ。なに、人間の一人や二人なら、わっちらエルフにかかれば赤子の手をひねる様なもの。なぜ魔法に長けるエルフが、同じく遠距離にて活躍する弓矢を扱うか教えてやろう」


 イティは傍に控えるエルフに指示を出すと、巡回してくる見張りへ向けて矢を放たせた。

 文字通り音もなく仕留めると、鍵を持ってきた。


「森の中で気配を消し、音もなく獲物を仕留めるためじゃ」

「その鍵が獲物ってわけか。んじゃ、出してくれ」


 と、そこで黙っていたニオがようやく口を開いた。


「さっきゼノからここにぶち込まれた話は聞かせてもらったし、ある程度状況もつかめたから言わせてもらうけどさ、いったいどうやってその島まで行く気なのかな?」


 今度は俺が隠れて笑う番だ。訝しむイティを、ニオがどれだけ口先で弄ぶかを楽しませてもらおう。


「お主は誰じゃ」

「しがない海賊さ。まぁ見ての通り捕まっちゃったし、君と歳も大差ない。けどね、エルフが森で生まれて森で育つよう、ボクは船――つまりは海で生まれて海で育ってきた」

「何が言いたいのかさっさと話してくれんか。あまり騒ぎになると困るのじゃ」

「なら単刀直入に、且つボク流に話させてもらおう。ゼノを加えても、君たちは船乗りでもなければ統率の取れたパーティーでもない。森育ちのエルフと仲間に裏切られた陸での戦いしか経験のない人間だ。ゼノの力とお得意の集団戦術で船を奪えたと仮定して、どうやってフルーブデゾーロまで操っていくのかな?」


 ぬぅ、とイティが何度目かの困った顔をする。そこにつけ込むよう、ニオが続けた。


「ボクも連れて行ってくれたら、恩返しにその島までの舵取りをして、船の動かし方から船同士の戦い方までご教授しようじゃないか。都合よくこの町には船が沢山あるから、なんならどれを奪えばいいのかまで教えられるよ?」

「……妙な女じゃ。ハイエルフの目は人の心がある程度見える。じゃというのに、お主は全く見えぬ。まるで霧がかかっておるようじゃ」


 横から「まだ未熟な証だ」と言ってやる。しかし、例え卓越したハイエルフでも、ニオの心を見抜けるだろうか。

 ついさっき、俺はそう思ってしまうほどに”とんでもない奴”だと痛感したのだから。


「で、連れてくの? どうなのさ」

「ぬぅ……お主、名は?」

「人に名前を聞く時はなんたらって、エルフは習わないのかな?」

「ええい小賢しい! わっちは……って、おいゼノよ、どこへ行く」


 長引きそうなので俺の目的のために動いたら呼び止められてしまった。

 仕方なく振り返ると、「信頼できる乗組員を連れてくる」と話した。


「お前たちのせいで傷を負ってる俺の仲間だ。どっかに捕まってるだろうから、何人かエルフ借りてもいいか?」

「手負いの者どもを連れて行ったところでなんになると言うのじゃ」

「あのな……もしお前の仲間が傷ついて牢屋に捕まってたら助けに行かないのか? 助ける手段もあって放っておくのか? それにアイツらを誰だと思ってる。俺に忠実なサンランページのメンバーだぞ?」


 また「ぬぅ」だ。いい加減に聞き飽きたが、イティも自分の未熟さに気づけるようになってきたようだ。


「ほれ、何人かついて行ってやるのじゃ」

「ありがとさん。じゃ、ここの裏口で合流だ」


 背中を向けると、思わずほくそ笑んでしまう。ここまで偶然を装ったが、全てニオの計画通りなのだから。


 エルフたちがポートリーフに迫っていることも、イティの未熟さも知っていた。

 だからグレイン相手に調子に乗ってから黙らされ、俺を頼る。そこまで読んでいたのだ。


 まったく、底の知れない奴を味方にしてしまった。不安半分、期待半分で、メダルカたちを探しに行った。

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