5.JK孫と台風ジジイ
「クロガネさん、どうですか?」
弾んだ声で脱衣場から現れたのは、可憐な女子高生が一人。
白いブラウスに黒のブレザーとチェック柄のスカート――私立才羽学園高等部の制服を身に付けた安藤美優だ。
編入前に届いた制服を早速試着した彼女の表情は、実にホクホクしている。
「へぇ、似合ってるじゃないか」
と言いつつ、PIDのカメラを起動するクロガネ。
「そうでしょうそうでしょう、もっと褒め千切っても良いのですよ?」
よほど嬉しいのか、美優もやたらテンションが高い。
放熱線も兼ねた長い黒髪と妙に丈が短いスカートの裾を翻し、その場でくるんと
……しっかり動画で撮っていた今の『くるん』を、とある人に送信。
二秒と待たず、すぐに
「……早いな」
レスポンスの良さに軽く驚きながらも、返事の内容を確認。
『!!!!!!!!!!!!!????????』
……一言も一文すらもなかったが、とりあえず相手が物凄く驚いたのだけはよく解った。あとで写真も送りつけてやろう。
「せっかくだから、写真も何枚か撮って良いか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
快諾する美優に「事後承諾で申し訳ない」と心の中で詫びつつ、シャッターを切ろうとした――その時。
……ゥウウウウウンンン――キキーーッ!
唐突に遠くから近付いてくるエンジン音に次いでこの探偵事務所前で急停止するブレーキ音が聞こえた。
ガチャ、――バタンッ(車から何者かが降り立ち、ドアを閉める音)
バタバタバタバタッ(複数の慌ただしい足音)
不穏な気配を察知したクロガネが、
「美優! 奥にk」
バゴォオンッ!
隠れろ! と言い切る前に、玄関ドアを蹴破って無作法な来訪者が現れる。
「お邪魔しますッ!」
殴り込み同然の非常識な訊ね方とは裏腹に第一声は礼儀正しく元気よく、仕立ての良いビジネススーツと帽子を着こなす老紳士――いや、いきなり人ん
クロガネは、考えつく限りありとあらゆる
「やぁクロガネ、美優も久しぶりだな」
すっ、とさり気なくも気品のある仕草で身だしなみを整える老人に、
「……お爺様ッ!?」
美優が驚いたのも束の間、すぐさま彼の元へ駆け出す。
そう、この老人こそ
鋼和市の実質的支配者たる名門・獅子堂家現当主にして、高性能自律管理型AI〈サイバーマーメイド・日乃本ナナ〉を開発した獅子堂重工会長。そして、安藤美優にとって祖父にあたる人物だ。
「おーおー美優、元気だったかね?」
自身に駆け寄って来る孫娘同然のガイノイドに破願した光彦は、両手を広げハグに備えるも。
「なんて非常識な真似をするんですかッ!? 壊したドアはちゃんと弁償してくださいッ!」
「アッハイ」
ここまで怒った美優も珍しいが、仮にも鋼和市の最高権力者が叱られた子供のようにうなだれる姿はもっと珍しい。
「――流石のご当主も、可愛い孫娘には勝てないみたいだね」
そんな恐れ多いことを言ったのは、光彦の後ろで控えていた護衛の片割れだ。
「デルタゼロ……」
そう呟いたクロガネに、護衛の男はノンノンと左右に指を振る。
「――この端末の個体名は
「別に忘れてないけど悪かったよ、出嶋」
出嶋仁志こと〈デルタゼロ/ドールメーカー〉は、天下の獅子堂家を守る特殊部隊ゼロナンバーの一人だ。
市内には彼が製作したアンドロイド/ガイノイド端末が無数に散らばっており、出嶋もその中の一体に過ぎない。
まさに『個にして全』を体現した
「新倉も久しぶりだな」
クロガネはもう一人の護衛にも声を掛ける。
「ああ」
ぶっきらぼうに頷いたのは〈ブラボーゼロ/ブレイド〉、
クロガネ以上に目付きの鋭い長身の男だが、彼もまた並外れた戦闘力を持つゼロナンバーの一人であり、時代錯誤な
「それでご当主、突然のご来訪は
挨拶もそこそこに、本題に入る。
「おお、それな。貴様ついさっき、私のPIDにJK姿の美優が可憐なターンを決める動画を送って来たろ?」
「ええ」
今時のジジイは『JK』なんて略語を使うのか。
「たまたま近くに来てたものだから、ちょっとそこの二人に無理言って寄り道させて貰った。孫の晴れ着姿だぞ? 生で見るのが一番じゃろい」
だからと言って、ドアを蹴破る勢いで来ないでほしい。
「晴れ着姿って、学校の制服ですよ? そんな大袈裟な」
「可憐な『くるん』の動画を撮って、すかさず送り付けてきた奴が何を言うか」
「……本心は?」
「すっげぇ恩に着る、マジサンキュー☆」
気持ち悪っ。
「さて、ファルダーが一杯になるまで孫の写真を撮らせてもらうか」
もう還暦は過ぎていると思うが、制服姿の美優を見て十歳は若返ったかのように活き活きとシャッターを切りまくる光彦。
何あの体のキレ? デンプシーロール?
「あの、ご当主? 間もなく、総理とのオンライン会談が控えておりますが……?」
やや控え目にスケジュールを進言する新倉だが。
「あと五分、いや三十分待たせておけ」
「無茶言わんでください」
まったくだ。会談の相手は国家元首だというのに、光彦は新倉の意見を聞かず美優の撮影に夢中だ。
ここまで
「――どうやら実子の莉緒お嬢様と玲雄坊ちゃんを失い、生前の二人にロクな愛情を注いでやれなかった負い目のせいか、その反動が美優に対して出ているようだ」
と冷静に出嶋が分析する。
「だとしても、執務に影響が出るくらいに距離感というか、接し方がバグってないか?」
「――それだけ寂しかったのだろう。美優の一件で、彼女以外に『自分の家族』と言える者はもう居なくなったんだから」
出嶋の分析は実に的を得たものであったが、同時に筆舌に尽くしがたい切なさと重さも感じた。失った者の痛みと辛さ、そして寂しさか……。
「――でもだからといって、いつまでも執務に支障をきたしたら僕達も困る。……ご当主、そろそろ行きますよっ」
そっと肩に置いた出嶋の手を、光彦は振り払う。
「まだだ、まだ終わらんよッ! まだ2ギ
「――いや、おおよそ五百枚前後も撮れば充分でしょう? 早く総理と会談しないと、流石にマズいですって。『遅れてソーリー』って謝っても無駄ですからねっ」
「古いわッ、今時そんなギャグで笑う奴なぞおらんだろ?」
……ん? 今、新倉が顔を逸らしたぞ?
「それなら〈ドールメーカー〉、貴様のアンドロイド端末を会談に
そんな都合よくご当主の影武者なぞ、いくら腹黒くて恐れ知らずの出嶋でも造っている筈が――
「――まぁ、ありますけど」
「えっ、あるの?」とクロガネが思わず出嶋を見る。
ゼロナンバーの中でも一二を争う狂人が、影武者というまともな用途で雇用主と酷似した機械人形を造るなどありえない。
きっと何かロクでもない目的がある筈だ……!
クロガネと同じ疑念を(恐らく寒いギャグに一人ウケていた)新倉も抱いたらしく、愛刀の鍔に左手親指を掛けて出嶋を警戒していた。
「……やはりか。何故私に黙って、何の用途と目的があって造っていたのかは後で必ず聞かせて貰うとしてだ、それを会談に」
「あの、お爺様? ちょっとよろしいですか?」
ここまで静かに成り行きを見守っていた美優が割って入る。
「何かな?」
デレデレの光彦。孫の前では本当に
「写真も充分に撮りましたし、そろそろお仕事に戻らないと」
「ぬ、ぅ……しかしだな」
逡巡する素振りを見せる光彦。
流石に孫の声なら聴いてくれるか。
「良い歳して皆さんを困らせるお爺様は、嫌いです」
「んな……ッ!?」
この世の終わりを見たような絶望とは、きっと今の光彦を指すのだろう。言葉を失い、色を失い、全身が痙攣し……いやヤバくないか、あれ?
「とにかく、早くお仕事に戻ってください。さもないと」
「さ、さもないと?」
ガクブルと怯える光彦を前に、美優は蛍色の義眼を一際強く輝かせる。
「今撮った写真とクロガネさんが送った動画を、完全に削除します」
「それだけはぁああああッ! わ、解った、戻る! 仕事に戻りゅッ!」
何人にも屈しない権力者が恐怖と戦慄で震え、絶望し、愛する孫娘の脅迫の前に屈した。
肩を落とした光彦が回れ右で事務所を出て行こうとする。
普段の威風堂々とした支配者の貫録は見る影もなく、実は小柄なその背中が余計に小さく見えた。
「……おい、大丈夫か? このあと総理と会談なんだろ?」
クロガネは一抹の不安を感じ、出嶋と新倉に話し掛ける。
「――流石にあの精神状態は、マズいかもね……」
「政府側に有利な交渉でもされたら、まず勝ち目は無いぞ」
二人とも同じ意見だったらしく、本気で影武者端末を使うか会談自体をキャンセルするか光彦に提案しようとしたところで。
「待ってください、お爺様」
再び美優が声を掛けた。
キョトンとする光彦の隣に立って腕を組むと、
「最後に一枚、記念写真を撮りましょう」
その一言で、光彦は活気を取り戻す。
……飴と鞭の使い分けが上手い孫だ。
「それじゃあクロガネさん、撮ってください」
「あ、ああ」
PIDのカメラを起動し、ファインダー内に二人を収める。
「はい撮りまーす。……三、二、一」
近々編入する高校の制服を着て綺麗に笑う孫娘。
小柄だが背筋を伸ばし、堂々とした表情の祖父。
仲良く寄り添った二人の写真が一枚、完成した。
***
撮ったばかりの写真データを送信すると、光彦は満足そうに出嶋と新倉を従えて去っていった。
当然だが、ドアの修理費用は光彦が全額負担してくれることを約束してくれた。去り際に美優が念を押してくれたので確実だ。
いずれ獅子堂家の傘下にある業者が、修繕用ドローンを手配してくれることだろう。
「何だかどっと疲れたな、台風かよ……」
破壊されたドアをとりあえず玄関に立て掛けた後、ソファーに座って一息つく。
直後にPIDにメール着信、件の台風こと獅子堂光彦からだ。
内容は突然の来訪とドアを壊した謝罪の文章が綴られており、お騒がせしたせめてものお詫びと美優の高校編入のお祝い金を送るとのことだ。
メールを全文読んだクロガネは、すぐさま銀行口座を確認。
確かに多額の金が振り込まれてあった。
「一、十、百、千、万、十万…………ぁー」
……数えたら八桁もあった。
とりあえず、全額美優の学費と月々のお小遣いに回そう。
そう心に決めて、PIDをポケットにしまう。
「お疲れ様です」
「ん、ありがとう」
美優がコーヒーを差し入れて来たので受け取る。
一口飲むと、少し甘い。
普段は無糖でブラック派であることを美優も知っていた筈だが。
「……きっと良い嫁になるな」
「えっ!?」
うっかり出てしまった声に、美優が自分のカップを落としそうになるくらい動揺する。
「……クロガネさん、今何と?」どこか期待の眼差しで訊ねてきた。
「いや、疲労回復にと気を利かせて砂糖を加えてくれたんだろ? 将来きっと良い嫁さんになるな、って思っただけ」
「~~~~///」
照れた美優の毛髪(に擬態した放熱線)から蒸気が漏れ出す。
いつぞやのようにオーバーヒートによる強制シャットダウンは勘弁なので、これ以上の嫁云々の話題は取り止めることにする。
……だがしかし、嫁でなくともこれから学校に通う身となれば、ボーイフレンドの一人や二人は出来ることだろう。なんせ美人だし。
その時が来たら恐らく、少し、冷静さを失って、取り乱す、可能性も、否定、できない。
カタカタと、何故かカップを持つ手が震える。
……その時が来たら、獅子堂光彦と共に美優にふさわしい男か否か見定める必要もあるだろう。
「あるいは、先手を打って闇討ちも……」
「急にどうしました?」
真顔で口走った物騒な発言に、先程とは違う意味で美優が驚く。
綺麗な義眼をぱちくりさせる助手を見て、
……俺もご当主を悪く言えないな。
美優を中心に荒れ狂ってしまいそうだ、とクロガネはそう自省するのだった。
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