4.初心者狩りと走る鮪

 VRMMO。

 近年確立された『仮想現実大規模多人数オンラインVirtual Reality Massively Multiplayer Online』の略称であり、仮想現実空間メタバースで実行されるネットゲームの新ジャンルだ。


 VRマシンの発達により、プレイヤーの五感全てを仮想現実世界に没入できるという画期的なシステムが話題を呼び、あたかも生身のままゲームの世界に足を踏み入れたかのような高いリアリティとクオリティから新世代のゲームとして親しまれている。


 中でも中世ヨーロッパ風の幻想世界を舞台にした『ファンタジー・オブ・リバティ』――通称FOLは、数あるVRMMORPGの中でも人気が抜きん出ている。

 ゲーム全体のクオリティの高さは元より、一時期は国際指名手配中の犯罪組織【パラベラム】の悪用によって大規模なサイバーテロにまで発展したが無事に解決したことで返って話題となり、新規ユーザーの呼び水となったからだ。


 一方で、また新たな課題がFOL内で生まれつつある。



 ***


「PK? 何故ここでサッカー用語が?」

「ペナルティキックじゃなくて、プレイヤーキラーの方だよ」


 首を傾げた金髪緑眼の女エルフに、鎧姿の重騎士がツッコミを入れる。


 彼らが居るのはファンタジーRPGではお馴染みの酒屋を模した冒険者ギルドだ。クエストの受注から情報交換まで、多くのFOLプレイヤー達が集う彼らの活動拠点である。


「ここ最近、悪質な決闘を仕掛ける連中がのさばっているらしい」


 FOLにおける決闘とは、プレイヤー同士が一対一で行う戦闘システムのことだ。力比べの模擬戦の他に、お互いに所持しているアイテムや武器を賭けて闘うこともあるが、基本的に決闘は双方合意の上で成り立っている。


「悪質というと、どのような?」


「初心者相手に、チュートリアル感覚で決闘に強制参加させたりとか」


「……なるほど、狙いは初心者特典ですか」


 重騎士の説明に納得するエルフ。


 FOLのみならず全てのオンラインゲームにいえることだが、新参者が早期に古参組と対等に並べるよう運営側が用意した新規登録者限定の特典がある。この初心者特典は、大抵が強力かつ貴重な武器やアイテムであることが多い。

 そのため、悪質な先輩ユーザーがまだ右も左もゲームシステムすらもよく解らない初心者をカモとし、親切に教えるフリをして決闘に同意させ、力づくで彼らの特典を奪い取っているというわけだ。


「それでプレイヤーキラー、PKと呼ばれていると」


「そう、もしくは『初心者狩り』とか呼ばれてる。しかも決闘の形式上お互いに同意しているわけだから、ルール違反にもならない」


「運営から罰せられないのは確かに酷いですね、被害にあった初心者は泣き寝入りじゃないですか。FOLを辞めてしまいません?」


「実際に『PKされて辞めた』ってSNSで言ってる奴も居るし、辞めなかった連中は『被害者の会』を組んで一大勢力なっていたりしてる。あとは……あそこみたいに、真っ当な奴に拾われたりしているな」


 重騎士が指差した方を見ると、わいわいと楽しそうに賑わっている集団が居る。その中心に居るのは、エルフと顔馴染みでもある女神官だ。神官と言うにははばかられるくらい肌の露出度が高い衣装を着ているが、ゲームの世界ではよくあることである。


「ヒメノは時々PKされた初心者に、気前よく手前の武器やアイテムを譲ったりしては、FOLに慣れるまで一緒に行動してる。今居るのはPKにまだ遭遇してない初心者なんだそうだ」


「彼女も相変わらず面倒見が良いですね」


 話に一区切りついたのか、件の神官――ヒメノが手を振りながら二人に寄って来た。


「ガーノ、初心者組と一緒にクエスト受けるから手伝って」


「あいよ。今回の編成は?」と重騎士ガーノが訊ねる。


「私達を含めて前衛が三人、後衛と支援系が二人ずつの計七人。ガーノは前衛の指揮をお願い。後衛と支援系は私とユミでそれぞれマンツーマンよ」


「解った」「解りました」

 ガーノと弓兵のエルフ――ユミが装備の確認を始める。


「PKの件もあるから、なるべく初心者を囲む感じでまとまって行きましょう」


 ヒメノの提案に「そうだな」とガーノも同意する。


「最近はPK同士が徒党を組んで他のパーティーにちょっかい出してるって噂だし、気を付けないと」


「まるで不良グループですね」


 ユミの例えにヒメノが苦笑する。


「不良ならまだ可愛いものだけど、暴走族やヤクザみたいに規模が拡大したらPK同士の抗争にも発展しかねないわね」


「運営も具体的な対応策を出してくれるまでは、それなりに気を付けて俺達は楽しむとしよう。……そんじゃ、行くかっ」


 ガーノの掛け声にユミとヒメノは頷き、初心者たちを連れたって今日の戦場いくさばに挑む。



 ***


 冒険者ギルドから最寄りの地下ダンジョン二十層目にて、ガーノ達のパーティーはエリアボスである二体の〈ミノタウロス〉を撃破する。


 ミノタウロスはギリシア神話において迷宮の怪物と知られ、FOLでは初心者の壁として立ちはだかる序盤の強敵だ。


 ベテランプレイヤーであるガーノが持ち前の防御力で仲間を守る盾となり、ユミが後方から矢を射って援護し、ヒメノが回復する。

 削り役アタッカーは今回組んだ新米冒険者たちに任せたので多少時間は掛かったものの、ガーノ達の指示と援護もあって難なくクリアすることが出来た。


「うっし、終わり!」


「お疲れ様でした」


「討伐対象の〈ミノタウロスの角〉も手に入れたし、これで貴方たちも中級クエストを受けられるようになるわ」


 ガーノ、ユミ、ヒメノは慣れた手付きで左腕に装着されたコントローラーを操作し、ステータスや戦利品の確認を行う。


「ありがとうございました!」

「本当に助かりました」

「ヒメノ様に踏まれたい」

「ありがとうございますぅ」


 新参四人組も笑顔でお礼を言うと、経験者に倣って同様の操作を行った。

 FOLを始めたばかりだという彼ら全員のレベルは、一気に二十階層を踏破したことでレベル1の初期値から21に上がっている。


 それを見たヒメノが、不意に難しい表情を作った。


「これで彼らを守れたら良いけど……」


 駆け出しの初心者をいきなりクエストに挑ませたのはヒメノの提案である。ある程度レベルを上げてFOLに慣れてきた経験者になれば、初心者特典を狙うPKの標的にならないのではないかと考えたからだ。


「まぁ、気休めだとしても出来ることをやろう。いくら夏休みだからって、いつでも皆と一緒に居るわけじゃないし」


 新参組の素性は知らないが、ガーノとヒメノはリアルでは学生の身だ。

 夏休みもいよいよ終盤、FOLに丸一日費やすことも難しくなってきている。


 ドロップした戦利品を回収し終えると、ボス部屋前後の扉が開いた。ここで先に進むか戻るか任意で選ぶことになる。


「それじゃあ、一旦ギルドに戻ろうか――っ」


 ガーノがそう促した時、後ろ側の扉から談笑しながら別のパーティーが入って来た。


「何だお前ら、もう上がるのか?」

 リーダー格の暗黒騎士が訊ねる。レベルは68のベテラン級だ。

 他のメンバーも30後半から50前半と中堅クラスのレベルで、手にした武器も中々の代物だが、一部レベルと釣り合わないレアものが混じっている。


「はい、俺達はこれで」

 そそくさと後から来たパーティーの横を通ろうとして……行く手を阻まれる。


「あの……?」


「まぁ待てよ。見た感じお前らの大半はまだ初心者だな。どうだ? ここは一つオレらと組んで、もう少し奥に進んでみないか?」


 ニヤニヤと笑って提案してくる男達に、嫌な予感がする。


「いえ、俺達も予定がありますから」


「まぁ、そう言うなよ……てか、あんたガーノか? 一ヶ月前のイベントでMVP獲った重騎士の?」


「ヒューッ!」


「上物だなッ!」


 ガーノの話に聞く耳持たず、男達ははやし立てた。

 連中のガラの悪さと武器のレア度からガーノはおろか、ヒメノとユミも警戒心を抱く。


「FOLでも一目置かれる重騎士、一度あんたとは決闘してみたかったんだ。ちょっとオレとヤらないか?」


「いえ、結構です」毅然と拒否するも、

「そう言うなって」暗黒騎士はなおも食い下がる。


「まぁ、重騎士は基本盾役だからな。何だったら全員で勝負してみるか? パーティー戦はそこのルーキー達もいずれ通る道だ。ここらで経験してみるのも悪くない……無論、お互いの装備を賭けてだ」


 ……決定。こいつらはPKパーティーだ。

 よもやこんな所で遭遇するとは。


 ここまで来ると新米たちも察したようで、少し怯えている。


「結構です。俺達はここで失礼します」

 足早にその場を立ち去ろうとして、


「だから待ちなって」

 イラついたような声音と共に、今度は出口を塞がれた。


「何も難しいことは言ってない。ここでお互いの装備を賭けて決闘する、それだけだ。お前らが勝てば、オレらのレア装備をやる。ルーキー達もスタートダッシュで一気に強くなるぞ~」


 それは謳い文句だ。レアものをチラつかせてこちら側にも決闘に同意させ、実力で捻じ伏せて来る。


「でも負ければ最初に手に入れた思い入れのある武器も、必死に稼いで買った装備も奪われる」


「そりゃそうだ、負ければ全て失う。仮にお前らが負けたとしても、高い授業料だと思ってまた頑張れば良い。現に、オレらもそうやってここまで這い上がって来た」


「それは知らんよ」とヒメノが呟く。


 断り続けても連中は決して道を譲らないだろう。

 そして今この状況はかなり厄介だ。


 このボス部屋は攻略したパーティーがその場を離れない限り、倒したボスミノタウロスが出現することはない。

 そして次に挑むパーティーが今この場に居る以上、新たに別のパーティーが踏み入れない仕様だ。

 つまり、PK達が居座っている限り、外部に助けを求めることが出来ないのだ。


 加えてこの階層と拠点を繋ぐ転送装置は、各階層のボス部屋手前にある。最寄りの転送装置側にはPK達が塞いでいるため、ダンジョンを脱出するならば更に奥へ進んで三十階層を目指す他ない。

 だが、先程の戦闘で装備も新米たちも消耗しているため、かなり厳しい。


 最終手段として、ゲームからログアウトすればこの場を速やかに離脱することが出来るが、ギルドに戻って討伐報告をしなければクエストクリアにならないため、ここまで時間を掛けて苦労して手に入れたアイテムも全てロストしてしまう。ゲーマーとしてこれほど悔しいことは滅多に無いが、新米たちの初心者特典を奪われるくらいなら、今ここでログアウトした方が傷は浅くて済む。


(だけど、それで済むか?)


 仮にログアウトしたばかりに、このPK達に目を付けられてしまったら後が怖い。ガーノら経験者はともかく、FOLを始めて間もない新米たちに被害が及んだらどうすれば良い?


 ガーノが葛藤していた……その時、


「そんなに決闘がしたいなら、俺が相手になろう」


 唐突に、第三者の声がPK達の背後から聞こえた。

 誰にも邪魔が入らないと思っていた彼らは驚き、振り返る。


 そこには。


 黒い上下の戦闘服の上から黒いロングコートを纏い、フードを被った男が居た。顔の下半分は髑髏を思わせるスカルフェイスのバンダナで覆い隠しており、まるで死神のような出で立ちである。


「何だ、お前はッ!?」


「FOL運営部対PK班所属、〈スカルフェイス〉。要はお前達PK専門の掃除屋、さしずめプレイヤーキラーキラー……PKKとでも呼んで貰おう」


「PKKだぁ? 聞いたことねぇぞ、そんなのッ!?」

 暗黒騎士の怒声に、


「当然だ、今回初めて名乗ったからな」


 しれっと応えた死神男――スカルフェイスは左腕のコントローラーを操作し、PK達五人の眼前にウィンドウを展開させた。


【スカルフェイス(Lv.49)よりパーティー戦を挑まれました。挑戦を受けますか?】


「パーティー戦の申し込みだと?」

「たった一人で?」


 ざわつくPK達。


「えー、お前達はFOLの風紀から著しく逸脱した行為が見られたため、運営代理として俺が派遣された。挑戦を受けないならば、今回は警告だけに留めて見逃してやるとのことだ。ただし、次にまた警告を受けたその日から三ヶ月間は、強制的にログイン不可の謹慎ペナルティを喰らって貰う」


「……挑戦を受けるなら?」


「改善の余地なしと見て、俺が始末をつける。俺に負けた者はFOLの登録アカウントを完全に抹消され、同じIDでは二度とログイン出来なくなる」


 プレイヤーにとって、そのペナルティは『死』を意味するに等しい。そしてこの死神気取りは大胆にも、たった一人でパーティー一つを壊滅する気でいるのだ。


「オレらが勝った場合の見返りはなんだ?」


 PKの素朴な質問にスカルフェイスは、


「さあ?」と首を傾げた。


「さあ? ふざけてんのかテメェッ!?」


「運営側からは何も聞いてない。でも問題無いだろう」


 怒鳴るPKに平然と、余裕な態度で。


「勝つのは俺なんだから」


 プツンッ。


 その一言に、PK達がキレる。


「上等だテメェッ! 受けてやんよッ!」


 挑発に乗ったPK達は次々と戦闘に参加し、ダンジョン地下二十層目のボス部屋が戦場リングとなる。


 ……一方で、いつの間にか蚊帳かやの外になったガーノ達はというと。


「はーい、皆さんは壁際に寄ってくださーい、巻き込まれまーす」


 ユミの誘導でとりあえず観戦することにした。


「だ、大丈夫なんですかあの人? 五対一なんですけど?」


 と心配する新米の一人に、


「まぁ、大丈夫なんじゃない? 勝算が無かったら最初から勝負なんてしないでしょうし」


 と、冷静なヒメノ。


「もしもあのPKKが俺の知る奴だったら、絶対に負けはしないだろう」


 謎のPKKの正体と勝利を確信するガーノ。


「いざとなったら彼を見捨てて、私達は転送装置に向かいましょう」


 ユミの鬼畜な発言に、思わず全員が彼女を見た。


 そんな茶番をよそに、ボス部屋の中央で適度な間合いを取ったPKKとPK達が対峙する。


「さぁ、いつでもどうぞ」


 余裕漂う自然体のスカルフェイスに向かって、PK達が一斉に動き出す。


 暗黒騎士が長剣を大上段に構えて突っ込み、槍を水平に構えた戦士がその後に続く。

 後衛の神官が前衛二人に強化の補助魔法を掛け、左右に展開した魔導師と弓兵が火球魔法ファイヤーボールと矢を放った。


 PK達の猛攻を物ともせず、スカルフェイスは地を這うようにして駆け出す。すぐ頭上を矢が素通りし、敵前衛と射線が重なるように位置取りしたため火球はそもそも当たらない。

 突き出された槍の穂先を幅広のコンバットナイフで受け流して身を捻り、続けて放った回し蹴りで振り下ろされた長剣の軌道を変える。


 柄をしっかり握っていた暗黒騎士の身体は逸らされた剣の方へと流れ、戦士を巻き添えにして倒れ込んだ。


 その暗黒騎士を踏み台にして跳躍したスカルフェイスは、両の手を振り抜く。


「ごッ!」

「がッ!?」


 鋭く投げ放たれた二本のナイフが魔導師と弓兵の眉間を貫いた直後、二人の身体はガラスのように砕け散った。

 後衛二人を同時に撃破すると、着地からの前転で間合いを詰めつつ立ち上がり様に神官の鳩尾を蹴り飛ばす。


「ぐぇッ!」


 潰れたカエルのような悲鳴を上げて吹き飛ばされた神官に、爆弾を投げ付ける。

 そして木っ端微塵に消し飛んだ神官を尻目に、スカルフェイスは先程投擲したナイフを回収する。


「残り二人」


 その圧倒的な強さの前に、暗黒騎士と戦士は揃って後退あとずさった。


「一撃かよ……何だそのナイフ? いや、スキルか?」

「どちらでもない。運営が認可した対PK用の【】だ」


 戦士のこぼした疑問に、スカルフェイスは答えた。


「心臓、脳、頸動脈など、現実世界における人体急所を確実に捉えた場合にのみ発動するプログラム。お前達PKを葬り去るには、まさに打って付けだろう?」


 それだけ彼らの蛮行が目に余り、その結果として運営側も本気で対処に出たということだ。


「この……死神ふぜいがッ!」


 鋭い踏み込みと共に戦士が突き出した槍を、スカルフェイスが紙一重で躱した次の瞬間には。


 槍がバラバラに解体され、ただの短い棒と化したことに戸惑う間もなくスカルフェイスの右のナイフに心臓を、左のナイフに肝臓を刺し貫かれ、擦れ違い様に首筋をばっさりと切り裂かれた戦士は音もなく崩れ落ち、跡形もなく消滅する。


「なッ、あ……!?」


 最後の一人となってしまった暗黒騎士は、咄嗟にコントローラーを操作しようとして、


「言い忘れていたが、降参サレンダーしても結果は同じだ」


 スカルフェイスの一言に、ピタリと動きを止めた。


「一度勝負を受けた身だ。どんな形であれ負けを認めた場合、今お前が使っているIDは完全に削除され、二度とFOLが出来なくなる」


 今にも泣き出しそうな顔で絶望する暗黒騎士を、スカルフェイスは淡々と壁際まで追い詰める。もはや逃げ場は無い。


「どうして、こんな……オレはただ、楽して強くなりたかっただけなのに……」


「それで初心者を踏み台にするのは、ただの卑怯者だ」


 暗黒騎士の慟哭を自業自得と切り捨てたスカルフェイスは、両脚に巻き付けたホルスターにコンバットナイフを収めると、コートの裏から大振りの短剣を引き抜いた。ルビーのように鮮やかな深紅の刀身が目を引く。


「チクショォオオァアッ!」


 ヤケクソとばかりに振り下ろしてきた暗黒騎士の剣を、スカルフェイスは紙一重で躱し――


「また一から出直してこい」


 ――深紅の刃で首を刎ねた。



 ***


 ……勝負と呼ぶには、それはあまりに一方的だった。


 PK達は跡形もなく消滅し、黒衣の死神ただ一人が佇んでいる。


 やがて、深紅の短剣を収めたスカルフェイスがその場を立ち去ろうとして。


「ちょ、ちょっと待った!」


 ガーノが慌てて呼び止めた。


「あの、間違ってたら申し訳ないけど……あんた、『クロト』だろ?」


「ああ」


 あっさりと認めたスカルフェイスはフードを脱ぎ、その名の由来でもあるバンダナを下ろして素顔を見せた。


「久しぶりだな、ガーノ」


 クロト。

 先の大規模イベントにてMVPとなったガーノを陰から支え、当時は唯一の『暗殺者』クラスとして知る人ぞ知る凄腕の冒険者だ。



 ***


 それから無事にギルドへ帰還したガーノ達一行はここで初心者組と別れ、人里離れた湖に出向いてのんびり釣りをしていた。


「わざわざ釣りクエストを受けて貰って悪かったな。ガーノとヒメノだけならともかく、他の人にはなるべく耳にして欲しくない話だったから」


 スカルフェイス=クロトは、水面にぷかぷか浮いている『浮き』を見つめながら言った。

 現在釣りをしているのはガーノ、ヒメノ、ユミ、そしてクロトの四人だけであり、周囲に他の冒険者は居ない。


「というと、貴方たちはまた運営からの依頼を受けて?」


「その通りです」

 ヒメノの問いに、ユミが答えた。


 クロトとユミの現実での職業が探偵であることを知っているガーノとヒメノは、どこか合点がいった様子だ。


「依頼内容は、やっぱりPK関連の?」


 ガーノの問いに、クロトは「うん」と肯定する。


「実際に見て解っただろうけど、運営からPKと呼ばれる『初心者狩り』の対応を依頼されたんだ」


「そして私は馴染みのあるお二人を通じて情報収集をしていました。タイムリーなことに初心者組と一緒に遊んでいたらターゲッPKトが釣れてしまい、すぐにクロトに連絡して来て頂きました」


 クロトの説明にユミが補足する。


「そうだったのか……言ってくれたら、俺達も協力したのに」


「情報を提供してくれるだけでも充分だよ。それに、ガーノやヒメノのようなベテラン勢も自主的に初心者を守っていたんだしな。まぁ、実際に会うまで黙っていたのは、その……悪かったと思ってる」


「ホントだよ。『もうクロトとして会うことは無いだろう』とか言っておいて、また会えたんだからツンデレか。最高かよ」


「ユミはちょくちょく来るけど、またこの四人でパーティーを組めるのかしら?」


 ガーノとヒメノの期待に、クロトは申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「悪いけど、今回も仕事でね。とはいえ、恐らくは短期間で終わると思うけど」


「いつまで?」とヒメノ。


「今運営が検討しているPKの具体的な処罰が決まるまでの間だな。いわばPKはその繋ぎみたいなもんさ」


「でも、PKKってクロト一人だけでしょ? PKも結構な数が居るだろうし、クロトの強さは知ってるけど大変なんじゃ……?」


「そこは私がサポートしているので大丈夫です」

 ユミがドヤ顔をする。


「アカウントサーバーにハッキングして、PKの現在地が特定出来次第、逐次クロトに急行して貰っています。現に私達の元に現れるまでの間に、十六名ものPKを始末できました。抜かりも無駄もありません」


「「お、おう……」」


 とんでもない事実にガーノとヒメノが揃ってドン引くも、同時に納得もしていた。

 ユミはかつて、FOLを悪用したサイバーテロを解決に導いた電子戦の専門家だ。むしろ、それくらいのことは出来て当然だろう。


「ぼやぼやしていたら、俺以外のPKKが追加投入される可能性もあるしな。それはあまりよろしくない」


「それは、連携が取れないからとか?」


「連携以前の問題さ」


 ガーノに語るクロトの表情は、とても真剣なものだ。


「今回の報酬は倒したPK一人頭につき三千円の歩合制でね。今日だけで二十一人仕留めたから、六万三千円も稼げた。こんな美味しい仕事、他人に譲るわけないだろ?」


「やってることが完全に殺し屋じゃないかなッ!?」


 全力でツッコむガーノに、クロガネは苦笑する。


「元々俺は【暗殺者】だ、勿論クラス的な意味でな。本当の意味で殺してはいないから、極めて健全だ」


「そして】の効果も、PKのアカウントのみを削除するだけですし、極めて安全です」


「あれ作ったのユミなんだ、納得……」驚き通り越して呆れるヒメノ。


 クロトもクロトなら、ユミもユミである。


 とりあえず、と釣り竿を片付け始めたクロトを見て、話が終わると察したガーノとヒメノも撤収作業に入った。


「お前達……いや、FOLが今頭を悩ませているPKは俺達が排除する。安心してくれ」


「いや、あんた達のことだから別に心配とかしてないけど、俺達に出来ることがあったら遠慮なく言ってくれ」


「力になるわよ、なれるかは解らないけど」


「ありがとうございます。その時は頼りにしますね」


「この件が片付いたらクロトも一緒に遊ぼうぜ」


「出来れば夏休みが終わる前にね」


「そうだな、前向きに検討しておくよ」


「私がちゃんと連れて来ますから、ご安心ください」


「ちょ……!」


 クロトとユミのやりとりを久しぶりに見たガーノとヒメノは、思わず笑ってしまう。


「それじゃあ、また近い内に」


「四人で会いましょう」


「……ああ、また「お話しの途中、申し訳ありません。今、闘技場でPKの三人組が初心者二人に決闘を提案しています。かなり切羽詰まった状況です」


 クロトの台詞は唐突に割り込んで来たユミに遮られ、ガーノもヒメノも笑顔が引き攣ったまま固まる。


「ごほん……それじゃあ二人とも、またn「転送ッ!」


 またな、と言い切る前にクロトの身体は湖畔から消失する。


 ガーノとヒメノは、無言でユミを見た。


「……【即死プログラム】同様、FOLの全エリアへ瞬時に移動できる【転送プログラム】です。勿論、私が作りました」


 ドヤ顔なユミに、


「そうじゃない」

「そこじゃない」


 ガーノとヒメノは揃って溜め息をついた。



 ***



 ――一週間後。


 結果的に、FOL内で初心者を狙うPK問題は無事に解決した。


 PKの前に突然現れては確実に葬り去る神出鬼没のPKK〈スカルフェイス〉の存在は、瞬く間に『初心者の英雄』としてプレイヤー達に認知され、PKにとっては恐怖の代名詞となった。


 スカルフェイスに遭遇したPKの中には、日を追う毎に交戦前の警告に従ってその場で改心する者も現れ始め、結果的にFOL全体の風紀が改善されたという。


 また、スカルフェイスに倒されたPKのデータを解析したユミが、匿名で奪われた初心者特典を元の持ち主に返却したことで、PK被害にあった初心者たちは初々しい頃の活気を取り戻したそうな。


 そして――


「おい見ろ、クロトだ」


 クロトとしてユミと共に冒険者ギルドに足を運んだ途端、たちまち注目の集中砲火を浴びる。


「えっ、希少な暗殺者クラスっていう……あの?」

「ああ、見るのは一ヶ月前のイベント以来だな」


 俺以外に暗殺者クラスは居ないのだろうか?


「噂じゃ、スカルフェイスと同一人物らしいぜ」

「マジで? でもそれは、何か納得するな」

「ああ、対人戦だとクロトは鬼強いからな」

「ちなみにソースは、ガーノ達と一緒に居た初心者のツイートな」


 やはりあの時、素顔を晒したのはマズかったか。


「あれが運営が認めたPKK……」

「……ちょっと、話し掛けてみる?」

「やめとけ、恐れ多い」

「しかも対スカルフェイスに集まったPK百人を、たった一人で壊滅させたバケモンだぞ。それも一日でだ」


 ……噂だけに随分と盛られているな。

 一日の最多討伐数ハイスコアは確か、五十人くらいだった筈だ。


「……六十四人です」と小声で訂正するユミ。


 ……いや、あれだけ集まれば五十人も六十人も変わらんよ。


 ざわつくギルドの好奇な視線を無視して、ガーノとヒメノが待つテーブル席に到着する。ここに来るだけで少し疲れた。


「すまない、少し遅れた」


「大丈夫さ。すっかり有名人だな、スカルフェイス」


「勘弁してくれ、それはもう引退したんだから」


 楽し気にからかってくるガーノに両手を上げる。

 ちなみにクロトの服装も装備も、かつてのイベントの時と同じものだ。


「あれは元々対PK用だ。連中が居なくなった今、スカルフェイスはもう必要ない」


「でも、しばらくは周りが騒がしいかもね」と辺りを見回すヒメノ。


「実際ここに来るまでの僅かな間に、三人ほど決闘を申し込まれましたよ。お二人との約束があったので、秒で返り討ちでしたが」


「まぁ、そうだわな」


 ユミの報告にガーノは色々と察した。


 かの『初心者の英雄』と記念に決闘……とか、きっと軽いノリで付き合わされたのだろう。

 クロトと顔も知らぬ相手にそれぞれ違う意味で「ご愁傷様」と、ガーノとヒメノは心の中で合掌する。


「……ほとぼりが冷めるまで、しばらくFOLここには来たくない」


「その前に、たっぷり付き合ってくれよ」

「夏休みが終わるまで、遊び倒しましょう」


 楽しそうに笑うガーノとヒメノに苦笑するクロト。


「……よかろう、最初は何からやるんだ?」


「これなんかどうだ? 『走るアシツキマグロの捕獲クエスト』」


「出ました、以前話に聞いたアシツキマグロっ」


「本当に何なのそいつ? 魚? 足付いて走ってんの? おかで?」


 目を輝かせるユミに、困惑するクロト。


「ファンタジーに野暮なツッコミは無しだ。それじゃあ、行こうか」


 身の丈ほどある戦斧を手に、重騎士ガーノが席を立つと、


「捕獲したら、捌くのはクロトにお願いね」


 肌の露出が多い服を着た神官らしからぬ神官ヒメノが、色っぽいウインクを飛ばす。


「えっ、捌く必要あるの? てか捌けるの?」


 鬼神の如き強さでPKを狩り尽くしたスカルフェイス……と同一人物の暗殺者が困惑し、


「足は切り落とすんですか? それとも、もぐ?」


 金髪緑眼エルフ耳の弓兵が、目を輝かせてさらりと怖いことを言う。


「まぁ、嘘だが」


「「何だ嘘か」」


 しれっと明かしたガーノに、安堵するクロトと何故かがっかりするユミ。


「ふふ、ゲームらしく一瞬でお刺身が出るわよ」


「……足は?」


 二人の反応を楽しむヒメノの補足に、クロトが素朴な疑問を挟む。


「何故か唐揚げになる」


「「えっ、何で?」」


「「さぁ?」」


 ファンタジーなゲームに、野暮なツッコミをしてはいけない。


 例えそれが――


「クロト、そっち行った!」


「了解……って、正面から見ると怖いなコレッ!?」


 ――アスリート並にしなやかな筋肉が付いた脚線美と脂身が乗った特大マグロが、時速四十キロで群れて走るという狂気染みたクレイジーな光景があったとしても。


「行きます、ヒメノ!」


「ええ、よくってよ! 必殺……」


「「クロスゲッターァアアアアアッ!!」」


 ――おかで爆走するアシツキマグロを捕獲する道具が、何故か巨大な虫取り網だとしても。


『やめてください、しんでしまいます』


 ――捕獲したマグロが急に喋ったとしても。


「あはははははっ! クロト、またそっち行ったッ!」


「ああ任せろっ」


「ヒメノさん、あそこに内股で走っている個体が!?」


「ありゃメスね。よく見ると、まつ毛と尻尾にリボンが付いてるから」


「マジで!? マジだ!」


 ――ゲームはルールとマナーを守って、楽しんだ者勝ちである。

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