私の理想の日常

@cona_

結局はなんだったの?

「ーーー大切なものが分からないあなたには全てがあるの?それとも何も無いの?」

随分壮大なテーマだ。学校の屋上というロケーションはこうも人を感傷的にするんだろうか。

「全てを持ってる人にしては賢いね。全てを持っているんだから謙虚さも持ち合わせていて当然か。」

「あなたにも少なくとも皮肉っぽさはあるのね。で、どうなの?」

そんなの分かりきっているが念の為考えてみる。答えが変わることは無かった。

「近いとすれば後者だろうね。ところで、何がそんなに気になるのさ。」

「だって、いつもつまらなさそうな顔をしているから。」

風が通り過ぎる。この時期の風は湿気を含んでいて気持ちが悪い。

「それが学年のマドンナが僕に付きまとう理由? よしてくれよ。」

「あなたが笑うようになったら考えるわ。」

「ほら。にー。」

両手を頬にあて引っ張る。ふと気になる。うまく、笑えているんだろうか。普段あまり笑わない僕は、無理にでも笑顔を作れているんだろうか?

「記念写真なら30点、にらめっこなら70点ってところかしら。」

ダメだったみたいだ。ぽつぽつと水滴が引き攣った顔に当たる。笑顔は諦めて、顔を袖で拭う。

「第一、分からないとは言ったけど僕が仏頂面なのと大切なものに何の関係があるのさ。」

「大ありよ。大切なものが無いってことはつまらないってことだもの。」

「そうかい。じゃあ君の大切なものは?」

「1人の時間かな。最近の使い道は手芸。ほら、このクマちゃんなんかお手製よ。」

そういって見せてくるカバンに少しずつ雨粒の染みが増えていく。

「へぇ、なかなか可愛いね。そんなクマちゃんを濡らさない為にもそろそろ中に入ろう。」

校舎に入り、錆びた扉を力いっぱい引っ張るとギィーっと音を立てて閉まる。どうしてこう、屋上の扉というのは建付けが悪いんだろう。

「ところで、仏頂面の話に戻るけど。もし僕がお裁縫なんてお淑やかな趣味に目覚めたとして、ニコニコしながら秋に向けてマフラーを編んでたとしても結局それ以外の時間は下を向いてると思うよ。」

「"全てがある"ならそうでしょうね。」

彼女は雨粒を手で払いながら半ば呆れたような口調で呟いた。

「よく分からないな。」

「もしその時間にあなたの欲しいもの"全てがある"ならそれ以外の時間は退屈で仕方ないってことよ。」

「まだ分からない。」

彼女はため息をつき、階段を数段先に下っていく。

「じゃあこうしましょう。もし、5教科のうち、数学が90点でその他が平均点の生徒がいたとするわね。その生徒の得意科目はなんだと思う?」

雨の日の階段は滑りそうだし、何より上靴の痕が残るのが汚くて好きじゃない。

「普通に考えたらまぁ数学だね。でもとんちだったり? 今回だけ数字に好かれてたとかさ。」

「いや、数学でいいわよ。じゃあ次に、全教科90点の生徒の得意科目はなんだと思う?」

「さぁ...全部得意なんじゃないの。」

一足先に階段を降りきった彼女はこちらに向き直り、何やらニヤニヤしている。

「何も秀でていない。でしょ?」

なんだかしてやられた気がして僕は口を尖らせる。

「見方によってはね。」

「逆も然りよ。全部赤点でも得意科目なんてない。頭打ちじゃない分、まだ希望はあるけど。」

キュッキュと音を立てながら廊下を進む。そこを曲がれば靴箱だ。

「...君ってなんでも持ってると思ってたけど、案外余計なものが多そうだね。」

「失礼ね。それより、大切なものがないとつまらない理由は分かった?」

「いいや、ちっとも。」

靴箱が近いから、順番に靴を履き替える。僕のが後だ。

「持ってるものが少ない上に脳みそも足りないみたいね。」

「酷いや。本当のことをいうと少しは、なんとなく、わかったかも。」

「傘、忘れちゃった。」

下ってくる間に雨足は大分強くなっていたようだ。全然関係ない話をされたのもきっと雨音に僕の声がかき消されたからだ。

「この時期に完璧美少女様が傘を忘れるなんて明日は雨が降るんじゃない?」

「うるさいわね、もう降ってるのよ。」

仕方がないからカバンから予備の折り畳み傘を取り出してやる。

「僕の方は持ってるものは少なくとも、案外粒揃いかもよ。」

「何それ。傘なんてあんたの功績じゃないでしょ。」

僕らは傘をさし帰路に着く。なんだかおかしくなってつい噴き出してしまう。

「それもそうか。」

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