第39話 真闇の談話
霊峰ダンシェルにも夜は来る。
灯りのない山の中、その夜は暗い。
月が隠れた夜は、まさに闇と呼ぶに相応しい。
墨を溶かしたようで、あるのは動いても断ち切れぬ黒で、そこにいればまるで身体が飲み込まれるようで。
場所は麓の小屋の庭。
その自分の手すら見えなくなるほど暗い庭で、闇に溶けて彼はいた。
闇の化身。
コロポンだ。
身体と空気が区別のつかない程に混ざりあったそこで、彼は尾を追いかける子犬のようにクルクルと回っている。
闇を掻き混ぜる、更に濃い闇。
もしそこにいたのがただの人ならば、人は何も気付かないだろう。
もしそこにいたのが歴戦の戦士ならば、戦士は死を覚悟したはずだ。
そして、もしそこに精霊使いがいたならば……、……感動の余り忘我したに違いない。
しかし、そこに人はいなかった。
「何か面白いのか?」
クルクルと回っていたコロポンが音もなく立ち止まると、小屋の屋根の上に、地に響く、しかし、主人を起こさぬよう控えた声で問い掛けた。
「面白い、そうですね? 面白いと思いますね」
屋根の上から緑の瞳で闇の戯れを見下ろす赤い梟。
バルディエの深い赤もまた、闇に紛れる。
「そうか?」
「ええ。精霊の食事など見た事ありませんから」
「食事?」
コロポンは首を捻る。
コロポンの中で食事といえばモンスターを食うことだ。
この闇を纏う行動は、クセのようなものだ。
これで腹が満ちることはない。
……ないのか?
「食事、とは少し違うのかもしれませんがね」
ふと浮かんだ疑問を掻き消すようにバルディエが続く。
「『
「ソ?」
ソーセージ食べたいな、コロポンは思った。
「『素』ですよ?」
「なんだそれは?」
「……今、取り込んでいたものです。闇の素」
「知らん」
まだ小さな影でしかなかった頃から続けている。
闇を手繰り、闇を纏う。
そこに理由はない。
いや、そもそも『理由』というものを考えたことがない。
あるべくしてあり、やるべくしてやる。
コロポンは知らない。
それこそが『精霊』という在り方であることを。
「身体は大きくなり、力を得てもなお、ですね」
「……貴様は何を見ている?」
黒と緑が交差する。
「様々なものを。他より少々目が良いのです」
バルディエは笑う。
「……そう言えば、ヌシが貴様と目が合った時、ヌシがおかしかったな」
あのリュウセイが冷や汗をかいていた。
「何をした?」
コロポンの気配が変わる。
「記憶を少々覗いていました」
バルディエは答えた。
敵意はないと明らかにするように。
「記憶?」
「ええ。記憶です。あとは感情も少々。先程コロポンさんの記憶も拝見しました」
「我の?」
先程の何かを見られた感覚。
目が合ったというだけではない感覚。
違和感はあったが、それだけだった。
リュウセイは違ったのか?
「何故?」
「守護獣ですので」
バルディエは笑う。
「だから何故だ?」
コロポンが牙を剥く。
「リュウセイさんが如何様な人物であるか見定めるためですよ。何を知り、何を考え、何を大切にし、……何を恐れているのか?」
リュウセイという人物がこれからどう動くつもりなのか?それを知る必要があった。人は記憶によって行動を決め、感情によって決断する。
「何を見た?」
警戒は解かない。
「世の理を壊し得る、と。……と、言いたいところなんですが、余りよく分かりませんでした」
「……」
「そう睨まないでください。私も戸惑っているのです」
バルディエは笑う。
「……貴様はなんなのだ?」
コロポンは目の前の梟がよく分からなくなった。
「守護獣ですよ。ですからね」
バルディエが羽ばたく。
しかし、羽音はしない。
「守護獣のはずなんですがね」
声が少し変わる。
「守護獣ですから、世の理を護らなければならない。だからコロポンさん達を止めなければならない」
「我は、いや、我らはそんな大層なものに興味はない。壊すつもりもない」
「興味がない、執着がないって案外、恐ろしいことなんですよ。例えば、私は自分が守護獣であることに自負を持っています」
毛繕いを一つ。
「しかし、もし私が、守護獣であることに興味がなければ、世の理を気にするでしょうか?」
「なるほど。しないであろうな」
「そうです。壊そうとすると意外と壊れないもののようです。大切なものというのは」
「……我の恐怖と一緒か」
「認めるのですね」
「我は臆病者だ」
コロポンはそっぽを向いた。認めてはいるが口外するのは恥ずかしい。
「でも、そうじゃないんです」
「??」
「何でしょう。リュウセイさんの記憶を覗いたとき、『楽しそうだな』って思ったんです」
今度はバルディエがそっぽを向いた。
そもそも赤い。
「『ああ、なんかこの人いなくなるの嫌だな』って。だから付いて来たのかもしれませんね」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
「だからよく分かりません。テイマーの魔力にやられたのかもしれません」
だから早口で付け足す。
「ふむ」
コロポンは頷いた。
話はほとんど分からないが、リュウセイといるのは楽しいのだ。
それはあの白いのも同じだ。
「コロポンさんは……」
「ふむ?」
「……自分が何者であるか、それを知るのが良いのかもしれませんね」
「ふむ?」
それっきり、バルディエは遠くを見ている。
続きはないようなので、コロポンはまたクルクルと回ることにした。
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《あざとい星正統王位継承者と内助の功系既成事実クリエーターの仁義なき戦い》のキャッチコピーが示す通り、ラブコメですがあんまりラブしてません 笑
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じゃあ書くなって話なんですが。
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