第3話 見習いヒーラーに届いた手紙
「うわぁ……」
広くはないが、清潔な部屋の中、艶のある銀髪を三つ編みにした少女は、届いた手紙を読んで似合わない呻き声を上げた。
名前をミミ。
職業は見習いヒーラー。
年齢は15。
手紙の差出人は、少し前にお世話になり、逃げ出してしまったパーティー・アルディフォン。
内容を要約すると、『ミミが不満だったリュウセイは追い出したのでまた戻って来て欲しい』ということだった。
お世辞にも読みやすいとは言い難い字で、控え目に言って分かりにくい文体で、褒めるならば極めて仰々しい修飾語が多用された手紙だった。
「うわぁ……」
ミミはもう一度呻いた。
彼女の内心を簡潔に言い表せば、『どうやって断わろう』であった。もう少し付け加えれば『めんどくさい』でもあった。
隠さずに言うならば『戻る理由がないじゃねえか』。
半年ほど前、ミミは15歳になったので冒険者として登録した。
将来的には神官になりたいのだが、庶民出身で後ろ盾の無いミミが神官になるには、長ーい年月を奉仕活動に充てるか、何かしら功績を上げる必要があった。
その功績として分かりやすいのが、人々の脅威たるモンスターを討伐することだったので、冒険者を選んだ。
そうは言っても、ミミはゴブリンすら倒したこともない見習いヒーラーでしかない。
奉仕活動をしつつ、チャンスがあればモンスターの討伐ができれば、と思い冒険者登録をした。
緊張でカチコチになりながら冒険者登録をしたその直後、ミミに声を掛けて来たのがリュウセイだった。
見知らぬ男、慣れない場所、全身全霊で警戒レベルを上げたミミだったが、気が付けば、アルディフォンのパーティールームの前にいた。
リュウセイの純真にして、猛々しく、しかし甘く聞き取りやすい低い声を聞いているうちに、身体の芯がかーっと熱くなって、頭の中がぼやーっとしてきた。
リュウセイの語るアルディフォンのメンバーがいかに素晴らしいかの熱弁にすっかり同調したミミがハッと我に帰った時には、パーティールームのドアの前だった。
ドアがガチャっと開く。
『うっ!?』
ミミは顔を顰めるのをギリギリで堪えた。
しかし、ハッキリと臭かった。
次いで1歩踏み込む。
『う゛っ!?』
ミミは
ばっちり部屋が汚かったから。
「「「「おぉ!!」」」」
『ヒィっ!?』
ミミの耳がその声を捉え、目がその姿を捉えた時、ミミは悲鳴を上げるのを何とか堪えた。
部屋にいた4人の視線が自分に集まった時、背中にぞわーーっと鳥肌が立った。
中でも、鼻の穴を膨らませて、ビュービューと鼻息を吐きながら、粘っこい視線で舐めるように自分のつま先から頭の上までを見回す男が無理だった。
子どもの頃、シャツにへばりついていたヘドロウジイボガエルに気付かず、お腹を舐められた時以上に無理だった。
「大丈夫? 入って?」
固まったミミの背中をリュウセイが優しく押した。
少しゴツゴツした、しかし、柔らかく温かで繊細な掌が触れた背中から、一気に熱が広がる。
「ふぇふぅん…」
自分でもびっくりするほど甘い声は、堪える暇もなく口からこぼれ落ちた。
ミミは腰が砕けそうになるのを何とか堪えて中に入った。
☆☆☆
アルディフォンの活動はミミにとって刺激的だった。
ルーニーがくれた白魔法の成功率と効果が大きく上がる効果を持つという杖・ヒーラーズロッド。
レイチェルがくれた軽く柔らかいが物理耐性の高いヤモリグモの吐くシロガネイトで編んだ白いローブ。
シャインのくれた疲労軽減の祝福を受けた
ジェラルドのくれたスタックとスタンに耐性のあるグルバニヒヒの革で作ったブーツ。
高価な装備に身を包み、腕利きの5人に守られたダンジョン探索は、なかなかの緊張感と相応の不快感はあるが、安全で楽しい冒険だった。
その様子を見た他のパーティーからヒソヒソと噂されたりしていたのだが、初心者のミミは今の自分の状態が他からどう見えるかは分からなかった。
槍を振るうリュウセイの腕。
咄嗟に庇われた時のリュウセイの背中。
転びそうになった自分を支えるリュウセイの手。
前後からの攻撃から守るため、中衛に置かれたミミは、リュウセイとの距離が近かった。
冒険の間中、ミミはドキドキしていた。
神官を目指す自分は清い身体でいなければならない。
しかし、自分の身体は自分の意志を無視して火照る。
しかし、ミミは冒険が楽しみで仕方なく、冒険が終わる度、祈りを捧げる時間が増えた。
そして、事件が起きた。
ミミの加入から一月少々。
暑い日だった。
Eランクダンジョン・〖ウサギの耳〗からの帰り道。
その日のダンジョン探索で、ミミがうっかりトラップを踏んでしまい、ミミ以外の全員が泥まみれになってしまった。
帰り道の途中、5人は泥を落とそう、という話になった。
水浴びである。
ミミに魔が差した。
「無防備な皆さんを私が守らなければ」と言い訳をしながら、そーっと皆が水浴びをする川に近付いた。
リュウセイは忠義の人だ。
必ず自分より4人を優先させる。
水浴びでもそうだ。
リュウセイは最後。
ミミはそれを知っていた。
なので、4人がガヤガヤと興味のない自慢話で盛り上がったのを確認した後、そーっと河原の草の間から顔を出した。
そして、見てしまった。
「ひゃう!?」
目が灼けるかと思った。
一片の無駄もない引き締まった身体。
分厚い胸板。
6つに割れた腹筋。
鎧のような背中の筋肉。
灼けるかと思ったではない。
目は灼けてしまったのだ。
だって、瞼の裏に、リュウセイの逞しい身体が焼き付いて離れないのだから。
祈れども、祈れども、焼き付いた光景は消えず。
祈れども、祈れども、身体は火照る。
そして、ミミは逃げ出した。
もうリュウセイの顔は恥ずかしくて見れない、と。
けれど、そんなことは言えないので、修行不足と書き置いて。
もしかしたらリュウセイが迎えに来るかもしれないという期待を添えて。
それから半年、燻っていたミミにやっと届いた手紙。
しかし、リュウセイはいないという。
ならば戻る理由はない。
『どう断るか……』ミミは悩んだ。
悩んで、そして、結論を出した。
「無視しよう」
最上解を得たミミは、スッキリした表情で手紙をビリビリに破いて生ゴミに捨て、その後、手紙のことは綺麗さっぱり忘れることができた。
そんなミミが〖フェルダン〗に所属することになり、冒険者というのが実はハードな仕事だったと知るのは、これから1ヶ月後の話だ。
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