四十七回転目 運任せの鋼鉄の意志

「たしか、夢って言ってたな。」


 最初、リリアンは言っていた。工場を潰すことで彼女の夢を潰すと。


「そうさ。世界中を鉄道の網で覆うのはウチの夢なんだ。」


「世界中を鉄道で……。」


「ウチがまだ人間だったころさ。ウチの生まれはとんでもない田舎でさ。ちょうど今くらいの時期になるとどこからも行商が来ることもなくてさ。そしたらちょっと村が不作になると何にも食べ物がなくなるんだよ。」


 たしかに、冬になって行商はめっきり減った。それが辺鄙な田舎町になるとなおさらなのだろう。


「ずっと食べるものがなくてさ。ウチの親も弟たちもみんな飢えて死んでいったよ。そんな時さ、土の神モーグルの加護を受けてウチは魔女になった。おかげで飢えても死なない体になったよ。でも、ウチが魔女になった時は魔女に対する当たりもキツくてさ。捕まって酷い目に遭わされたりもしたよ。」


 この世界でも魔女狩りのような凄惨な時期があったんだな。


「最初は魔女の力もうまく使いこなせなくてさ。あいつら、人が死なないからって無茶しやがるんだ。ようやくそこを抜け出して、人のいない場所に隠れ住んだよ。そこで毎日思ったのが、食べる物さえちゃんとあれば、冬でも夏のように食べ物が運べれば家族が死ぬことはなかった。ウチは魔女になんてなることもなかったんだ!」


 リリアンの悲痛な声が協会に木霊する。


「それで各地に工場を……。」


「そうさ。だけど魔導列車には欠点があった。一つは鉄の強度が足りない事さ。普通に鉄をレールに加工しただけじゃ、魔導列車の加速には耐えられない。そこで濃縮魔障液を形成中に散布することで鉄の強度を飛躍的に上げることが出来たんだ。」


 それはこの世界の鉄の精製技術もさることながら、魔導列車の超加速が原因だと思う。


「一つお聞きしたいのですが、あなたはその濃縮魔障液や魔障結晶の作り方を文献で知ったと言いましたが、それはどこで?」


 タナトリシアがリリアンに問いかける。


「ここの駅長が持ってきたんだ。でもウチも最初は反対だった。それが魔導列車のもう一つの欠点さ。魔障結晶は野に放置すればやがて魔物と化す。濃縮魔障液は人や自然にとっては猛毒だ。そんな時、文献を調べていた駅長が還元装置というものを見つけたんだ。これなら濃縮魔障液を再び回収、再利用することで外に漏れることはないと。」


「しかし、プリマヴェルの工場にはそれが付いていなかった……。」


「そうだね。最初はそんなのお前らの嘘だと思っていたさ。生き残るためのね。でも、手合わせしたら、笑っちゃうくらいに強いんだもん。そんな嘘つく意味はないね。」


 彼女の二度の戦いはこのためだったのか。


「ウチはずっと騙されてたんだろう?隠れてないで出てきたらどうだい!?駅長!」


 リリアンの言葉に柱の陰から先ほどの司祭が姿を現す。


「国の機密事項をペラペラと。やはり魔女などあてにはならん。改めまして。ライオット王国よりいらした皆さん。私がドテナロ国首長及びドテナロッテ駅長のバルバットと申します。」


 悪びれることもなくバルバットはリリアンを蔑んだ目で見下している。


「お前がバルバット、リリアンの言った事は本当か?」


「その通りだ。還元装置の触媒には魔物の住む洞窟からとれる希少な煌き石が使われる。国内ならまだしも国外の工場になどもったいなくて使っていられるか。」


 履き捨てるようにバルバットが言う。しかし、この男の態度には妙な違和感を覚えた。仮にもこの男が相手にしているのは魔女だ。それに今の戦いを見てこんなに強気になれるのは理解できなかった。


「教えなさい。魔障結晶について書かれた本はどこにあるの?」


 タナトリシアが問いかける。


「んー?特別に見せてやろう。これが古の勇者の残した秘伝の書だ。」


 男は古びて表紙の擦り切れた本を取り出した。


「ふざけるなぁ!!」


 思わず俺は叫び声をあげる。バルバットの持つ本の擦り切れた表紙。そこには“魔女の有効な使い方”と書かれていた。


「おっと動くな。」


 バルバットは懐から黒い拳銃を取り出す。


「なんだい、そんなちっこい棒きれでさ。ウチを騙していたこと、後悔させてやる!」


 リリアンが手のひらに火球を作り出す。


「やめろ!逃げるんだ!」


しかし、火球が放たれるよりも先にバルバットの銃が火を噴く。銃弾はリリアンの肩に命中した。


「うぁ!」


「フェリア!レティシアと柱の陰に隠れろ!タナトリシア!ラノラを頼む!」


 俺の言葉に皆は一斉に走り、身を隠す。


「これが何かわかるんだな。本当に不気味な男だ。」


 バルバットは俺に銃を向ける。


「それもリリアンのおかげで作れたんじゃないのか?」


 話しながら袋に手を伸ばす。


「おっと動くな。」


 バルバットの銃が火を噴き弾が俺の腕を掠める。じわりとした熱が広がりそれに対する恐怖心が大きくなるのを感じる。


「でもいいのかおっさん。それで俺たちを殺したらもう魔障結晶は手に入らないんじゃないのか?」


「ふん、もう魔障結晶のストックは十分にある。そこの魔女から毎日抽出したかいがあったというわけだ。そうだ。もうお前は用済みだ。」


 そう言うとバルバットはリリアンに再び銃を向ける。


「くっ!」


 その瞬間。俺はバルバットに向けて走り出し、一気に切り付ける。しかし、俺の剣はバルバットに届くことはなく、彼の持つ本を切り裂いた。


「な、なんてことを!?こ、この野蛮人が!」


 バルバットは咄嗟に俺に銃を向ける。ヤバい。殺られる。そう思ったその時だった。


 俺の前にリリアンの体が翻る。その瞬間、全てがスローモーションに見え、バルバットの銃から弾が出て、リリアンの胸に突き刺さっていく。その光景がありありと見えた。


「この野郎!」


 剣でバルバットの銃を持つ手を切り落とす。


「ぐわぁぁぁぁ!手がぁぁぁ!」


 続いてバルバットの腹を蹴り飛ばし、距離を取りながらリリアンを抱きかかえる。


「少し痛むぞ、我慢しろ。」


 そう言うと、傷口から指を入れる。


「うぁあぁああぁ!!」


 彼女の悲鳴を聞きながら指先で身体に入った弾を探る。なんとか探り当てると指先を使って拾い上げる。そして次は肩の弾を取り除く。


「か、加減。してくれよ。」


 俺に文句を言う彼女にエリクシールを手渡し、飲ませてやる。すると見る見る彼女の傷口が塞がっていく。


「さて。」


 彼女を床に横たえると俺は剣を向けながらバルバットに近付いていく。


「まて、やめろ。俺を殺す気か?そんなことしたら戦争になるぞ。ライオット王国はドテナロと戦争を起こす気か?」


「殺しはしないさ。お前は業が深すぎる。」


 するとバルバットの体が急に膨れ上がり、爆散する。


「ウチは許さないね。地獄に堕ちろ本物のクソ野郎。」


 リリアンが魔法でバルバットを爆破したのだった。


「何事だ!」


 爆発の音や先ほどのバルバットの銃声に人が集まってきた。


「どうするのです?」


 ラノラが眼鏡を上げながら聞いてくる。


「よし、逃げよう。」


 そう言うとラノラの身体を抱えて走る。フェリアもレティシアの身体を抱えて走る。それに追従するようにリリアンとタナトリシアも走り、俺たちは教会を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る