四十四回転目 運任せの国境越え

「あ、あなた魔物が怖くないんですか?」


 道中、国境まで広がる森の中で魔物を見つけて飛び出していった俺にラノラが感嘆の声を上げる。


「大丈夫だ。道中の魔物は出来る限り全部倒していきたい。」


 今回は貨車での旅ではない。そのため俺たちの進みは必然的にゆっくりしたものとなる。


「す、少し休憩にしませんか?」


 その理由の一つがこれだ。お嬢様であるレティシアにとって徒歩での行脚は相当に辛いものがあるらしく、先ほどから細かな休憩を繰り返していた。


 とはいえ、実はフェリスフィルドとドテナロはあまり遠くはない。もともと、テオロット領の東端に位置するフェリスフィルドはライオット王国の東端でもある。そのすぐ隣がドテナロ国なのだ。国境までは人の足でも一日もすればたどり着ける。とはいえ慣れない森の中の移動が大変な事に変わりない。


「ほら、レティシア。」


 レティシアにエリクシールを渡す。彼女はそれを丁寧に両手で受け取ると、上品に飲み干した。


「本当にこのお薬って凄いですわ。足の痛みもみるみる取れていきます。リリーちゃんが元気になったのも十分に頷けますわ。」


 少し休憩を挟んで再び移動を開始する。またしばらく森の中を移動しているとまた魔物を数匹見つけては俺はそれを狩りに森の奥へと走って行く。これが俺たちの歩みを遅くしているもう一つの理由だ。


「ここはいいな。スケルトンがいっぱいいる。メダルがちょうど少なくなってたんだ。助かる。」


 スケルトンの落とす金槌のメダルは用途も広く素材も出せるのでほとんど枯渇していた。こんな近くにいい狩場を見つけて俺は上機嫌になっていた。


「あぁ、私はスケルトンは嫌い。」


 フェリアは胸を抱くように言った。昔、洞窟に入った時スケルトンに襲われたこともあり、相当苦手になっているようだ。


「魔物なんて出くわさないに越したことはないんです。嬉々として狩りにいくトウヤさんがおかしいんですよ。」


 ラノラは眼鏡をくいっと持ち上げながら言う。


「でもラノラは騎士だろ?魔物の討伐の任務なんてのもあるんじゃないのか?」


 そういうのはRPGのお約束だと思うのだが。


「なにを言っているんです。私たちが魔物狩りなんてするわけないじゃないですか。そんなことは命知らずな傭兵や一部の冒険者に任せていればいいんです。私たちの使命はあくまで王国の治安の維持です。」


 どう違うのかいまいちわからないが、俺はたぶんその命知らずな一部の冒険者なのだろう。


「普通の人間は魔物を打ち倒すことはできませんから。」


 タナトリシアは静かに言う。


「そのとおりです。ましてや一人で魔物討伐なんてどうかしています。」


「でも、マナが前に倒してなかったか?」


 以前洞窟でマナトリアが魔物を倒していたような。


「それでも魔物は周囲の魔気を吸って蘇りますから。倒したとは言えませんね。せいぜい足止め程度です。」


 そういえば以前彼女も同じような事を言っていた。


「あなた、やけに詳しいですね。」


 ラノラがタナトリシアを怪訝な目で見つめる。変な事を口走らないか背中に冷たいものが流れる。


「ええ、教師ですから。」


 フェリアの指導は完璧なようだ。


「どうでもいいけど、あんたレティシアの事はちゃんと守れよ。」


 ラノラは俺の言葉に不服そうな顔をする。彼女はあまり当てにできそうにはない。


 そうこうしながら森を抜けて行ったところにやがて大きな壁が現れる。正確には崖になっているのだろう。


「ここを越えればドテナロ国です。」


 これが今回の旅が徒歩になった一番の理由だ。


「こ、ここを登るのですか?」


 レティシアの顔が青ざめている。


「確かどこかに登るルートがあるはずです。よじ登るわけではありませんから安心してください。」


「安心できませんー。」


 確かに彼女の足でここを登っていくのは辛いものがあるだろう。


 壁沿いを歩いていくと確かに人が一人歩くには十分な幅の上り坂が壁沿いに出来ていた。とはいってもなかなかの急坂だ。


「ほら、レティシア。乗って。」


 そう言って、レティシアの前で屈む。ここでは休憩も出来ない。俺は彼女をおぶって上ることにした。


「そ、そんな。トウヤ様。悪いです。」


 レティシアはモジモジとしているが、ここまでの移動でもう足も限界なのだろう。チラチラと視線を感じる。


「問題ない。さぁ。」


 そう言って彼女の手を取り少し強引に彼女を背負う。


 彼女をおぶって崖の急坂を登っていると背中から声がする。


「申し訳ありませんトウヤ様。わたくし重くありませんか?」


 そう言われても今更彼女の重みに困るほどやわじゃない。


「全然平気だ。軽いもんだよ。」


 とはいえそんなことを言われると、意識しないようにしていた彼女の豊満な身体つきに意識がいってしまう。


「大丈夫よ。トウヤお姉様には甘いんだから。」


 フェリアが少し不機嫌な声を出す。


「お前はフェリスフィルドを端から端まで走っても息も切れないだろ?」


「確かにそうだけど。」


「お、お二人、随分余裕ですね。さ、流石と言いますか。」


 ラノラは意外にもものすごく息切れしていた。彼女にはこの坂はきつかったようだ。


「タナトリシア、俺の袋の中のエリクシールをラノラに渡してやってくれ。」


「はい。」


 タナトリシアは袋の中からエリクシールを取り出すとラノラに手渡した。


「どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。あなたも汗一つかいてませんね。」


「ええ、教師ですから。」


 タナトリシアよ。その言葉は万能の言葉じゃないぞ。


 崖を登りきると、今度は下りの崖だ。


「本当に壁だったんだな。」


「おそらく魔大戦の頃に出来た物でしょうね。他国の侵略を防ぐために出来たのだと思います。」


「えらく詳しいですね。」


「ええ、教師ですから。」


 何度目かになるやり取りを聞きながら下を見る。うーん、この高さををまた降りていくのか。ちょっとめんどくさくなってきた。


「みんな、俺の合図で一斉に飛んでくれ。」


「は?何を言っているんですか?」


 俺の言葉にラノラは疑問の声を投げかける。しかし、説明するのはめんどくさいし、色々聞かれそうで嫌だ。俺はラノラの腰に手を回す。


「せーの、今だ!」


 みんなで崖を飛び降りる。もちろん、ラノラの腰を抱えたまま一緒に飛んだ。


「キャァァァァァ!」


 ラノラの悲鳴が聞こえる。


「リール!」


 ラノラを手放し羽のリールを投げる。ヴィジョンを適当に揃えてリールを逆回転させると俺たちの時間はゆっくり流れて、ゆっくりと崖下まで降りることが出来た。


「こ、殺す気ですか?寿命が縮まりました。」


 ラノラが恨めしい顔で睨んでくる。


「でも大丈夫だったろ。」


「つ、次からは何をするのか言ってからにしてください。」


 崖下で少し休憩しながら見るとところどころ煙が上がっているのが見える。


「これが工業国家ドテナロ。」


「ええ、まずは最寄りの町で入国証を発行してもらいましょう。首都のドテナロッテまではそこで足を確保することにしましょう。」


 俺たちは煙を目指して再び歩き出した。

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