四十三回転目 運任せの脅迫状

 冬の寒さもますます深まってきた頃、この日は町に結構な雪が降っていた。雪が各地に降ると町にくる行商や仕入れの人間も減ってくる。しかし、このフェリスフィルドの年中採れる作物を求めて、仕入れにやってくる者たちで今日も町は賑わっていた。


「今日も結構な売り上げが上がってるわね。」


 フェリアは帳簿を眺めながら呟く。彼女は領主として出納を管理しなくてはいけない。


「良いことじゃないか。問題あるのか?」


「税金が多くかかるのよ。みんな頑張ってくれてるのに税金で取られちゃったら申し訳ないじゃない。」


 確かに、この町は多くの事を自給自足で賄えている。それだけに出荷と仕入れのバランスがとれていないのも事実だ。


「ここで他所から買うものかぁ。酒とか?」


 酒はフェリスフィルドで作っていない数少ない嗜好品だ。


「お酒ねぇ。人が増えると好きな人も増えるから仕方ないんだけど、ここで作れれば良いんだけどねぇ。」


 意外だったのはアルルが相当な酒好きだったことだ。しかも飲むとやたらと絡んでくる。そのため、家では特別な事がない限り酒は置かないようにしているが、医者の彼女は何かにつけて酒をもらってくる。


「酒は作った方がいいのか?なんでだ?」


「だって、お酒って税金にも絡んでくるから高いんですもの。買うより作って消費する方がよほど良いわよ。」


 なるほど、よくわからないが、そうなのか。


 そんなやり取りをしていると、家の前に一台の貨車がやってきた。


「お、レティシアがきたぞ。」


 俺の言葉を聞いてフェリアが駆けていく。


「お姉様。さぁ、入って。」


 姿を見せたレティシアは申し訳なさそうな顔をしていた。


「よぉ、どうした?またなにか問題でもあったのか?」


 軽い感じに声を掛けるとレティシアは一枚の手紙を机の上に置いた。


「二日前、これが届きまして。」


 置かれた手紙を読んでみる。




 ライオット国王、並びにテオロット領主へ告ぐ


 先日プリマヴェル内の我がドテナロ所有の製鉄所を解体した事早急に説明に参れ。説明次第では我が国家に対する宣戦布告と見做すものとする。


 特にプリマヴェルの工場で大暴れしたトウヤとかいうクソ野郎を絶対に連れてこい。


 鋼鉄の魔女 リリアン




 なんだこの手紙は。特に後半の俺へのヘイトは凄まじいものがあった。


「トウヤ、一体プリマヴェルで何したの?」


 フェリアの視線が痛い。もちろん事の経緯は説明済みなのだが、事態は思ったより深刻な方向に進んでいるようだ。


「本当に申し訳ございません。私の方から王国へ経緯は説明させていただいたのですが。私と一緒にドテナロへ行っていただけませんでしょうか?」


 レティシアは深く頭を下げる。


「頭をあげてくれ。自分が蒔いた種だ。もちろん行くよ。」


 プリマヴェルでことを荒立てたのは俺だ。もちろんこうなることも覚悟の上だった。


「トウヤ様……。」


「待って!私も行く。」


 フェリアが前のめりに同行を提案する。


「フェリア、遊びに行くんじゃないのよ。きっと危ないこともあるわ。」


 レティシアの懸念はもっともだ。ただの事情聴取ならともかく、これはマナトリアがしたように脅迫状なのだ。相手の敵意は明白だ。


「いいえ、行く。だって私はフェリスフィルドの領主よ。トウヤのしたことの責任は私にもあるわ。」


 そう言い切ってしまわれると俺もレティシアも言葉を失ってしまう。


「ほぅ、面白いことになってきたようじゃな。わしも同行するぞ。」


 成り行きを見守っていたのであろうマナトリアが顔を出す。


「いいえ、それはご遠慮いただきます。」


 不意にした声の方を見ると、扉の位置に先日査察に来たラノラが立っていた。


「この件、王国にとっても一大事。わたくしも同行させていただきます。しかしながらこの脅迫状の送り主も魔女である以上、マナトリア様初めアルル様にもご介入はご遠慮いただきたい。」


 そうか、この脅迫状の送り先はレティシアと王様。という事はこの件は国にとっても看過できない事態なわけだ。


「固い奴じゃ!わしも行く!」


 マナトリアが少し強めな言葉で返す。


「どうしても行くとおっしゃるなら……。」


 ラノラは剣を抜く。


「なんじゃ、人間。やる気か?」


 ラノラは抜いた剣を己の首筋にあてがった。


「この命で同行だけはどうかご勘弁頂きたい。」


 先日、彼女がしたように己の命を懸けてでも魔女の動向を阻止しようというのだ。


「ぐぬぬぬぬ。」


 マナトリアは俺の目を見るが、もちろん答えはNOだ。俺は静かに首を振る。


「わかったのじゃ。おぬしの覚悟に免じて今回だけは折れてやろう。」


 そう言うと、マナトリアは部屋へ戻っていった。


「申し訳ございません。王国として最も恐れることは魔大戦の再来。なのでこの件に魔女の介入だけは決して許すなとの達示にございます。」


 そう言ってラノラは深く頭を下げた。魔大戦、大昔魔女の力を使った大戦争。それが再び起こるというのは確かに恐ろしい話だ。


「それで、よろしければ早速出立の支度をしていただきたいのですが。」


 ラノラに促されて俺たちは旅支度をする。俺は道具や剣、メダルの確認。フェリアは留守の間の指示や引継ぎなどをガンホさんに伝えに走った。


「あの、旅の人数が一人増えても大丈夫ですか?」


 連絡に行っていたフェリアが戻ると、タナトリシアを連れてきた。


「この方は?」


 ラノラが怪訝な目でタナトリシアを見る。


「タナトリシアと言います。この町で教師をしておりますわ。」


 そう言うとタナトリシアは華麗に頭を下げる。その肩にはいつもの臭そうなタコのマントを羽織っている。


「ま、まぁ良いでしょう。準備を急いでください。」


 ラノラは渋々といった感じでタナトリシアの同行を許可した。


「おい、ちょっと。おい!」


 フェリアを物陰に呼び出す。


「どういうことだ。タナトリシアを連れて行くなんて。魔女は御法度だろ?」


「いいじゃない。タナトリシアが魔女だなんて私たちしか知らないんだから。本人にもその事はちゃんと言い聞かせてるわよ。」


 確かに魔女が一緒に居るとできることも多い。メリットもたくさんあるのは事実だ。


「でもレティシアは知ってるだろ。」


「そうだわ。お姉様にも口止めしなきゃ。」


 そう言うとフェリアはレティシアの元へ走って行く。まったく、その行動力はどこから来るのやら。


 そして俺たちは町を出る。目指すは工業国家ドテナロだ。




 その頃、王都、謁見の間。


「ラノラはそろそろフェリスフィルドへと着いた頃か。」


 国王は先日届いた脅迫状を眺める。


「ええ、そろそろだと思われます。しかし、困ったことになりましたな。」


「まったくだ。次から次へと問題ごとを。しかし、このトウヤという男。どういった男なのだ。ここまで魔女を怒らせるとは。」


 未だに名前しか聞いたことのない男の輪郭が全くつかめない。


「しかもその男、最西の魔女を泣かせて引きずっていたと。底が全く見えませんな。」


 傍に控える大臣も顔色を曇らせている。


「なんとしても魔大戦の再来だけは阻止せねばならん。」


「それと、シシリテーヌ国の悲劇も。」


 今回、国王がラノラに与えた命令は二つ。一つはこの件に決して魔女に介入させない事。もう一つは徹底したトウヤという人物の調査だった。


「もしもこの男が王国に仇為す者であったときは考えねばな。」


「はい、最悪の場合、儀式を執り行う事となります。」


 広い謁見の間で、国王と大臣の声は他の誰に届く訳もなく、ひっそりと交わされていった。

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