三十五回転目 運任せの医者
「そうですか。プリマヴェルはそこまで深刻なんですか。」
朝、昨日は色々あって帰りが遅くなったので、レティシアお姉様にはそのまま泊まってもらうことにしたのだ。ベッドはトウヤの物を使ってもらった。本人は散々文句を言っていたけど、女の子を泣かせたんだから仕方ないと思う。
「ええ、それで魔物討伐をマナちゃんにお願いできないかと思って。」
マナトリアは稀代最強と謡われた南境の魔女だ。
「魔女と言えばアルルちゃんも魔女ですよね。」
アルルは最西の魔女と呼ばれる魔女で、王国どころかおそらくこの世界で一番の医者だ。近代の医療技術は彼女の功績無しでは語れない。
「アルルちゃんは……あはは。」
姉さんは乾いた笑いを零す。それはそうだ。私だって彼女が魔女だなんて未だに信じられない。昨日彼女がトウヤに泣かされているところしか見ていないのだから。
コンコン
「ガンホです。おはようございます。フェリア様。レティシア様。あの、トウヤ様は?」
ガンホさんが訪ねてきた。
「トウヤなら隣よ。トラゴローと寝てるわ。」
「そうですか、失礼いたしました。」
そう言うと事情を察したのかガンホさんは苦笑いを浮かべて去っていった。
「そうそう、プリマヴェルの魔物討伐ですよね。ですけど魔物討伐は……。」
ガチャ!ドタドタ
「あのガキはどこだ?」
トウヤがノックもせずに乱暴に入ってくる。
「二階よ。まだ寝てるわ。」
「二階!?アイツに俺のベッドを使わせたのか?」
「そうよ。お姉様と寝たんだから仕方ないじゃない。」
トウヤは血相を変えて二階へ走って行った。
「それで魔物討伐の……。」
「ぎにゃぁぁー。やだー。ごわいー。」
二階の部屋からアルルの絶叫と共にトウヤが彼女を抱えて降りてくる。
「ちょっと行ってくる。」
そう言ってトウヤはアルルを抱えて出て行ってしまった。
「はぁ。」
思わずため息が出る。
「ほら、マナトリア様は魔障の洞窟を鎮めたほどのお方でしょ。プリマヴェルの海に出る魔物をどうにかできないかしら。」
ようやく本題にとりかかれそうだ。
「その事なのですがお姉様、魔物討伐は……。」
「魔障の洞窟を鎮めたのはわしではないぞ。トウヤじゃ。無論わしにはできぬ芸当じゃ。」
今度はマナトリアが部屋から出てきた。
「えぇ?」
お姉様が見たこともないような顔をしている。
「フェリアちゃん。トウヤ様って何者なの?」
トウヤが異世界のニホンというところから来たという事はあまり人に言わない方がいいだろう。しかし、お姉様くらいには……。
「トウヤは元々この世界の者ではない。異世界の者じゃ。」
私が考えあぐねていると、マナトリアがあっさりと言ってしまった。そう言えばマナちゃん、すっごく口が軽いのよね。
「まぁ。」
お姉様は口をポカンと開けて感嘆の声を漏らす。
「お姉様、信じられないかもしれないけど、本当なの。」
「そんなことはないわ。フェリアちゃん。大昔に世界を平和で満たしたと言われる勇者様も異世界から来たと習ったもの。トウヤ様がそうであっても不思議はないわ。」
そう言えば学園の歴史の授業でそんなことを習った気がする。大勇者マモル。人々の世界に繫栄と希望をもたらした光の勇者。
「まぁ、トウヤは勇者様の足元にも及ばないでしょうけどね。それでも彼には私たちにはない力があって神々の恩恵を受けることができるの。」
かつての異世界から来た勇者様は、神々の恩恵を授かる代わりに天命を受けて旅に出たという。トウヤもなにかしらの啓示を受けたのだろうか。あまりその辺りの事をトウヤは言わない。
「そうですか。ではあのエリクシールも神様からの恩恵で授かっていたんですね。」
「プリマヴェルへはトウヤを遣わすとよいじゃろ。あやつなら喜んで行きよる。」
マナトリアは簡単に言ってしまう。
「え?そんな簡単に!?トウヤ様に確認しなくて良いのですか。」
お姉様の反応は尤もだ。だけどトウヤなら、きっと喜んで引き受けるに違いない。きっとこの町は彼にとって狭すぎるのだ。
「ええ。良いと思うわ。トウヤには私から言っておくことにするわ。」
「それでは早速テオロアに戻って準備して参りますわ。出立は二週間後に致しましょう。」
そう言ってお姉様は帰り支度を始める。
「お姉様、あの子。アルルは連れて帰らないの?」
「ええ。あの子は今日からここで医者をすることになってますから。」
そう言ってお姉様はニッコリと笑った。
「へぇ、最西の魔女がここでお医者さんを。それはいいわね。……え?」
「そういう話だったわよ。だからさっきトウヤ様はアルルちゃんを迎えに来たんじゃない?じゃ、二週間後によろしくね。」
そう言うと、お姉様は貨車に乗って行ってしまった。えぇ!?二週間後ってお姉様、一緒に行く気なの?
お姉様を乗せた貨車はすでにもう見えない。
「おはようございます。フェリア様。」
そこへ畑へ行く途中のユワイさんが通りかかる。
「おはようございます。あの、トウヤがどっちに行ったかわかります?」
「ええ、トウヤ様ならガンホさんと町の外れの方に行きましたよ。水路の切れ目のところです。」
「ありがとう。」
ユワイさんにお礼を言って向かってみる。
町の外れの開けた位置に新しい建物が立っていた。
「トウヤ―?」
呼びかけながらノックしてみる。
「フェリア!助けてー!!」
中からアルルの悲鳴が聞こえる。急いで中へ飛び込んでみると、彼女は白衣を着させられ、椅子に座らされていた。傍らにはトウヤが立っている。ここが新しく作った診療所のようだ。
「フェリア!トウヤがここで医者をしろって。無理矢理私を!」
私を見たアルルは半べそをかきながら訴える。
「お前な。そういう約束だっただろうが。ヤブ医者って呼ぶことは勘弁してやってるんだ。迷惑かけた分は働いて返せ。」
確かに昨日トウヤとアルルの間でそういう約束にはなっていたらしい。でも、トウヤ本気だったのね。
「でもトウヤ、無理矢理っていうのは。」
「ダメだ。約束は守らせる。ちょうどここには医者も必要だ。」
「エリクシールがあれば何でも治るんだから、医者なんて必要ないじゃない。」
確かに、エリクシールと万能水があればどんな病気でも治る。そういう意味でも医者がどうしても必要とは思えない。どうしてトウヤが医者にこだわるのか理解しかねた。
「ダメだ。薬でなんでも治るからといって医療を軽視するな。どうせエリクシールを作ってからはエリクシール頼みだったんだろ。ここでまっとうな医者としての勘を取り戻せ。今後はむやみにエリクシールを使うことも禁止する。」
どうやらトウヤは私が考えている以上に、深いことを考えていたようだ。
「フェリア!トウヤはひどい。エリクシールも使わず人を治すなんて、あんまりだー。」
確かにエリクシールは万能の薬だ。だけど、トウヤの言っている事もなんとなくわかる。
トウヤはぐずるアルルの前にかがみこむ。
「アルル、お前が薬の研究をしたのは治したい病気があったからだろう?人の役に立ちたいと思ったからだろう。もう一度真面目にここで研究をして人の役に立て。お前にしか治せない病はきっとある。」
諭すような優しい声でそう言うとトウヤは診療所を出て行った。
「はぅぅ、これからどうしたら。魔気中毒なんて症例も少ないし、見たこともないのに。」
アルルは頭を抱えてしまった。魔気中毒。聞いたことのない病名だった。
「どうして魔気中毒なの?」
「トウヤがとりあえず魔気中毒を治せるようになるまではここで医者をしろって。でもそんな研究したことないし。」
トウヤはどうしてそんな病気を知っているのだろうか。
「マナちゃんに聞いてみたらどう?」
彼女は少し考えこむと顔をあげる。
「そうします。マナトリアよりトウヤのが怖い。」
マナトリアより怖いって、一体トウヤ、彼女に何をしたのよ。
こうして、フェリスフィルドに魔女のお医者さんが誕生したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます