三十四回転目 運任せの本物のエリクシール

 そう言えばフェリアが言っていた。エリクシールは最西の魔女が発明したと。しかし、俺のエリクシールは神々の恩恵だ。それが偽物とは到底思えない。


「偽物のエリクシールを渡した理由は何?お金?地位?」


 アルルは俺のエリクシールを偽物と決めつけて、食って掛かってくる。


「トウヤ様はあのエリクシールの対価を求めてなんていませんわ。失礼な事おっしゃらないでください。」


 あまりの彼女の比例にレティシアがテーブルに手を付いて抗議する。


「じゃ、彼女の気を引こうとしたの?レティシアって美人だものね。」


 彼女の言葉にレティシアは俯いてしまう。


「どれでもない。あのな、さっきから聞いてれば俺のエリクシールを偽物偽物って、証拠でもあるのかよ。」


 俺の言葉に彼女はニヤリと口を歪ませる。


「ふん、見て驚きなさい。これこそが、世界最高の薬。本物のエリクシールよ。」


 そう言って彼女は小さな薬瓶をテーブルの上に置いた。しかし、その中に入っている液体はどろどろに濁っていて俺のエリクシールとは似ても似つかなかった。


「こ、これがー?」


 俺はあまりにも禍々しいその液体を訝しい目で見てしまう。


「ト、トウヤ様。わたくしはトウヤ様を疑ってなどおりません。あのお薬のおかげでわたくしのお友達のリリーちゃんはすっかり元気になりましたわ。」


 レティシアが俺の手を握る。


「だーかーらー!それは思い込みだって言ってんでしょ!バカ女!」


 その様子を見たアルルがレティシアに罵声を浴びせる。しかしさすがに頭に来た。


「よしわかった。勝負をしよう。お前が勝てば俺は俺のエリクシールを二度と使わない。すべて捨てよう。でもお前が負けたら、さっきレティシアのことをバカ女呼ばわりしたことを謝れ。あとちょうどいい。この町には医者が居ない。この町で医者をしろ。俺はお前のことをヤブ医者って呼んでやる。」


 少女は俺の提案を鼻で笑う。


「人間如きが、誰に口を聞いているのよ。いいわ。ただし、私が勝った時にはあなたは私の奴隷になるの。額がなくなるまで地面に頭を擦り付けて私に許しを請うのよ。そしたらあなたの事犬みたいに飼ってあげる。」


 そう言ってビシッと俺を指差す。


「上等だ。」


 俺はアルルを睨み付ける。


「それでどう勝負を付けようって言うの?」


 アルルの言葉を背に俺は立ち上がり果物ナイフを台所から二本取り出す。


「これで互いの腕に傷をつけて互いのエリクシールを飲み、早く傷の治った方が勝ち。どうだ?」


「良いわ。勝負よ。」


 アルルは不敵に笑った。


「そんな、トウヤ様。おやめください。わたくしの事は気になさらないでください。」


 レティシアが立ち上がり、勝負の中断を訴えかける。


「いいか、レティシア。俺はアイツに勝つ。勝ってお前への非礼を詫びさせる。それが出来ないなら、俺はみんなに合わせる顔がねぇ。」


 俺とアルルは互いに果物ナイフを持ち、互いの手首に当てる。


「勝負だ。」


「勝負よ。」


 互いに手首の果物ナイフを勢い良く引く。二人の鮮血が滴り落ち、テーブルを汚す。


 俺たちは互いのエリクシールを一気に飲み干す。


「ほら、もう飲んだばかりというのに傷が治ってきたわ。」


 アルルが嬉しそうに俺に傷口を見せてくる。パックリ開いた傷口が徐々に小さくなり始めていた。


「ほぉ、すごいな。」


 そう言って、俺は腕を突き出す。そこにはもう傷はなく、跡形もなく塞がっていた。


「俺の勝ちだが。」


 この結果にアルルは激昂する。


「そんな馬鹿な!トリックよ。初めから傷なんてつけていなかったんだわ。」


 そう言って俺の腕をまじまじと見つめる。彼女の傷はようやく傷口が塞がった程度で、まだ跡が残っている。


「あのな、テーブルにも血が落ちてるだろ。それにお前の目の前で切ったじゃないか。」


 俺たちの腕には滴った血が付いてるし、テーブルにも落ちた血がべっとりついている。不正のしようなんてどこにもない。


「ペテン師のいう事なんて信じられないわ。それで私の体に傷をつけるなんて、万死に値するわ。」


 そう言うと彼女は集中すると、俺に向けて、魔法を唱える。


「内側から爆散しなさい。私の体に傷をつけたこと、死を持って償うのよ!」


 しかし、俺の体には何の変化もない。


「どうして!?」


 もしかして彼女は俺を殺そうとしたのかもしれない。


「おい、勝負に負けたからって俺の事殺そうとするな。それに残念だけど、俺に魔法は効かない。」


「嘘よ。そんな人間いるはずない。あなた一体……。」


 彼女が信じられないものでも見るような顔をして後退る。その時だった。


「帰ったぞー。レティシアが来ておるのか?お菓子はあるかのう。」


 マナトリアがトラゴローの散歩を終えて呑気に帰ってきた。


「むぅ、おぬしアルルか?」


「マナトリア!?こんなところで何を?」


 どうやら二人は知り合いのようだった。


「ふふふ、そういうことね。おかしいと思った。傷のトリックも魔法が効かないことも。全部あなたの仕業ね!マナトリア!」


 そう言ってマナトリアを指差すアルル。


「何のことじゃ。」


 きょとんとするマナトリアに耳打ちをして経緯を説明する。


「かっかっかっか!相変わらず間抜けな奴じゃ。」


 レティシアが綺麗にしてくれたテーブルに着くとマナトリアは大爆笑する。


「何が可笑しいのよ!」


 アルルは激昂して机を叩く。感情的な奴だな。


 「アルルよ、おぬしの薬も確かにエリクシールなのかもしれん。じゃがな、トウヤのエリクシールこそ正真正銘、本物のエリクシールじゃ。」


 マナトリアはレティシアの土産のお菓子を頬張りながら言う。


「嘘よ!ありえないわ!」


 アルルはそう言って机を叩く。よく見ると彼女の腕には未だに傷跡が残っていた。


「おい、傷跡が残ってるぞ。飲めよ。」


 エリクシールをアルルの前に置く。しかし彼女は手を伸ばそうとしない。


「アルルよ。疑うよりも一度飲んでみい。さすればわしの言っていることが嘘か真かわかるじゃろ。」


 アルルは恐る恐るエリクシールに手を伸ばし、意を決して口を付けた。


「う、美味しい……。」


 エリクシールを飲み干すと、アルルの腕の傷跡は瞬く間に消えていった。


「そんな……バカな。」


「わかったじゃろ。トウヤのエリクシールは神々から授けられた恩恵。おぬしのエリクシールが敵うはずないのじゃ。」


 マナトリアが諭すように言う。だが俺の気は収まらない。


「おい、エリクシールが本物ってわかっただろ。じゃ、謝れ。レティシアに。」


 アルルに謝罪を求めると彼女は俯いて手を震わせていた。


「ま、まだよ。認めない。……私は絶対に認めない。勝負しなさい。トウヤ。決闘よ。」


「良いだろう。表に出ろ。」


 後になって思えば、俺はイラついていたんだろう。この往生際の悪い少女に。そして意地になっていた。頑なに頭を下げないこの少女に何とかしてレティシアへ頭を下げさせたかった。


「そんな、お願いです。やめてください。トウヤ様。トウヤ様が凄いお方であることはわたくし十分に知っております。けれども相手はマナちゃんと同じ魔女です。トウヤ様に何かあれば……わたくし、今日ここに来たことを後悔してしまいます。」


 縋りつくようにレティシアが俺を止めるが、一度着いた火を簡単に消すことはできない。


「大丈夫だ。俺は負けない。絶対にアイツに謝らせるから。」


 俺たちは洞窟の前までやってきた。ここなら暴れても平気だろう。前はここでフェリアやモティと剣術訓練をしたものだ。


「マナちゃんも二人を止めてください。」


 レティシアは既に泣きそうな顔をしている。


「案ずるでない。ちゃんと見ておれ。」


 マナトリアは未だにお菓子を食べている。


「ねぇ、武器は使わないの?何を使ったって良いのよ。」


「ああ、武器なら、ここにある。」


 そう言って俺は腰のメダル袋をパンと叩く。


「バカにして。死んでから後悔しない事ね。」


 アルルが一足飛びに殴りかかってくる。が、それを捌くことはさほど難しくはなかった。しかし、相手は魔女とはいえ見た目は少女だ。ぶん殴るには少し抵抗がある。


「意外にやるじゃない。でもね、これならどう?」


 彼女は意識を集中する。彼女の周囲に水の渦が出来、俺に向けて細く水を発射する。間一髪でそれを躱すと、それはまるでウオーターカッターの様に周囲の岩を切り裂いた。


「あなた自身に対する魔法は効かないようだけど、魔法攻撃は効きそうね。」


 今度は宙に火球を大量に作り出し、俺目がけて次々に投げつけてくる。


「ほらほら、当たったら黒焦げよ!私をバカにした罰なんだから、ホラホラホラホラ!」


 速さは先ほどのウオーターカッターほどではないが大量の火球を捌くのは骨が折れた。


「ヤバい!」


 俺の躱した火球の先にはレティシアが居た。火球が当たれば彼女は黒焦げになってしまう。


「マナ!頼む!」


「やれやれじゃ。」


 マナトリアは魔法で瞬間的に地面を盛り上げ、レティシアの前に土の壁を作り出す。土の壁は火球が当たると、その場に崩れ落ちるように消え去った。


「もう怒った。許さん!リール!」


 素早くメダル袋から手のメダルを取り出し宙に投げる。素早くヴィジョンリールの7を揃え、透明な手を召喚する。


「イケないクソガキにはお仕置きだ!」


 透明な手でアルルを掴むとヨーヨーを戻すような要領で彼女を引き寄せる。膝を立て、透明な手で彼女を固定すると、彼女のお尻を引っ叩いた。


パチーン!


「痛ーい!」


 彼女の悲鳴もかまわず。二発、三発とお尻を叩く。


パチンパチーン!


「痛い!痛いってば!」


「昔っから聞かん坊のガキにはこうするってお約束があるんだ!」


パッチーン!


「わかったから、謝るからー!」


 この時、すでに俺はキレていた。


「謝るのが遅いんだよ!無茶ばっかりしやがって!人死にが出たらどうする気だ!このクソボケ!」


パッチーン!


「うっ、ううわぁぁぁーん。ごめんなさいー。私が悪かったですー。」


 アルルは遂に泣き出してしまった。その泣き顔を見ると俺の毒気も抜けて、急になんだかものすごく悪いことをした気になってきた。


「あーあ、トウヤ、泣かせおった。」


 マナトリアが楽しそうに俺を指差す。


「トウヤ様……。流石にやり過ぎなのでは……。」


 レティシアも流石にドン引きのようだった。


「レティシアにもちゃんと謝れ!」


「ごめんなさい。レティシアさん。バカ女は私ですぅー。」


 そこまで言えとは言っていないのだが、とりあえず、とてつもなく見栄えが悪いのでアルルを抱えて家に戻る。


「で、なんでこんな事したんだ?」


「グス、私が……うぇ。七十年もかけて……じゅる。やっと発明したエリクシールが……ぶぶー。ずびばぜん。偽物が出回ってるって聞いて……グス。許せなくて。」


 嗚咽交じりに事の経緯を説明する彼女。


「で、殴り込みに来たは良いもののトウヤのエリクシールの方が優秀だったので、引くに引けなくなったわけか。」


 マナトリアがやれやれと言った雰囲気で補足する。


「ぞうでずー。調子にのっでまじだー。」


 未だに鼻声の彼女の前に、もう一本エリクシールを置く。


「ほら、まだケツ痛いんだろ。飲めよ。あと、早く泣き止め。こんなところフェリアに見られたら……。」


ガチャ


「ただいまー。」


 実に最悪なタイミングでフェリアは帰ってきた。


 その後、勘違いしたフェリアを宥めるのに俺が泣きそうになったことは言うまでもない。

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