十二回転目 運任せの強盗
ある日の夜。俺の気配探知に反応があった。ちなみに最近は昼夜問わず常に探知を欠かさないようにしている。初めは長時間探知すると体力の消耗も激しかったが、ずっと探知をしていると段々探知時間も探知範囲も伸びていった。
しかしこれは問題だ。かなりの大軍だ。数で攻めてくるとは、家に火を点けられでもしては敵わない。
フェリアとモティ二人の寝室でもある客間をノックする。
「おい、フェリア、モティ。緊急事態だ。至急臨戦態勢で集合。」
そして俺たちは草原に身を潜め大軍の様子を伺う。
「うーん、数はおおよそ百弱。移動速度はそんなに早くない。護衛っぽいのがひーふー、二十五人だな。残りは貨車の御者が六人。残りは貨車の中だな。」
気配探知に明るさは必要ない。近付けば近付くほど詳細に把握できる。
「でも変ね。夜にこの草原に来るなんて。普通は夜にこの草原なんて絶対来ないのに。」
「あのおっさんの差し金ならあり得るさ。きっとその辺りもちゃっかり調べてる。ってモティ、お前なに持ってんだ?」
急に起こされて慌てたのだろうか。モティの手には木刀の代わりに鍬が握られていた。
「お前、鍬って一揆でもする気かよ。待てよ。その鍬なら……。」
モティの鍬は神々の恩恵の鍬だ。この鍬で溝を掘りながら進めば即席の塹壕が出来る。気取られずに近付くことができるだろう。
モティを先頭に溝の中を移動する。おかげでかなり近付くことができた。
「なんだ?この貨車檻みたいになってるな。それに……子供も居るな。」
ウチに向かっているにしてはコースもズレ始めてきた。攻めて来たわけではないのか。
「どうやら普通の貨車みたいだ。何かのキャラバンだろ。東から西に向かってるみたいだし。すまん、俺の勘違いみたいだ。帰ろう。」
家に戻ろうと溝を振り返った俺の裾をフェリアが引っ張る。
「その貨車……どんな貨車なの。詳しく教えて。」
「えーっと、狭い貨車に人がぎゅうぎゅう詰めに乗ってるな。男も女もいる。子供も乗ってるな。転落防止か檻みたいになっていて、あとは……。」
「なにか旗とかは?」
「うーん、人ほどはっきりは見えないが……お、警護の貨車に付いてるな。……蛇かな。頭が二つの蛇……。」
「襲おう!」
お嬢様は突然変な事を言い出した。
「お嬢様!蛇の紋章は……。」
「いいの!トウヤ、蛇の紋章は物資の輸送団よ。もしかしたら野菜があるかも。」
何かを言いかけたモティの言葉を遮ってフェリアは提案を続ける。そんなに野菜が食べたかったのか。
「少しくらい、分けてくれるかな。」
譲歩の提案をしてみた。
「無理よ。旅の旅団にとって兵糧と積み荷は命よ。奪い取りましょう。通行税よ。」
何かフェリアの様子がおかしい。ただ野菜が食べたいのとは明らかに違う。
「おい、正直に言え。じゃないと帰る。」
「……。」
フェリアは答えなかった。
「……帰る。」
「わ、わかったわ。双頭の蛇の紋章はテオロット家の紋章よ。」
「おい!それって。」
「そうよ!あれはテオロットの奴隷商団。……お父様の裏の事業よ。」
そうか、それを止めさせるために。ってことはあれはさしづめ仕入れってことか。
「よし分かった。でも人殺しはごめんだ。俺のやりかたでいくぞ。」
俺としても奴隷なんてものは胸糞悪い。そんなものが俺の庭を走り回ってるなんて許せない。
「よし、モティはこのまま溝を掘って先回りしろ。貨車が脱輪するよう落とし穴を掘って準備が出来たら合図しろ。その鍬は人には向けるな。何が起こるかわからん。」
モティは早速溝を掘って進んでいく。客観的に見たらモグラだな。あいつ。
「フェリア、俺は護衛を黙らせるから。貨車の御者を狙え。殺すなよ。」
フェリアは無言で頷く。こうして、俺たちの杜撰な強盗計画は遂に決行へと移されたのだ。
気配を消しながら貨車に近付いていく。こんなことは洞窟のモンスターに不意打ちする要領でお釣りがくるほど簡単だった。人間ってこんなに無防備なのか。
フェリアに指で前に回り込む様に合図する。彼女は無言で頷くと同じ要領で気配を殺しながら移動する。
「だ、誰だ!」
が、早速護衛に見つかったようだ。普段モンスターの相手してないもんな。
仕方ない。予定を前倒しして護衛に襲い掛かる。今度は出来るだけ目立つように。
剣は使えない。鞘を使う。当然当身なんて知らない。護衛の腹を殴りつける。殴られた護衛はもんどりうって身悶えている。ろっ骨が折れたかもしれないが、知ったことじゃない。
集まってきた護衛を引き連れてフェリアの援護に向かう。
フェリアを取り巻く護衛を片付けていると御者は慌てて貨車を加速させた。
「マズい!逃げられるぞ!」
しかし、俺たちの前に護衛たちが立ちふさがる。やはり刃物を持った相手を前にすると緊張が走る。俺、一度刺されて殺されてるしな。
「くそ。邪魔だ!」
しまった。このままでは貨車に逃げられる。そうなると作戦は失敗。ただただリスクを負っただけになる。
「うわぁ!」
突然御者が大声を上げて、貨車が大きく傾いた。
どうやらモティの落とし穴が間に合ったようだ。貨車は脱輪し立往生したようだ。
「うおりゃぁぁぁ!」
御者の声に油断した護衛の腹に力いっぱい鞘を叩き込む。そのまま二人、三人、四人、おまけに五人!
一息の間に俺の周りには五人の護衛が悶絶する結果となった。それを見た周りの護衛たちは及び腰になる。
キタ!このパターンはモンスター退治で見た黄金パターン。こうなった相手はもう敵じゃない。狩りの時間だ。
こういう奴らには距離を取らずに間合いを詰める。そして、守りの固い奴は自慢の突きで鳩尾を一撃だ。
「うわぁぁぁ。く、くるな。」
狂気に駆られた護衛がやたらめったらと武器を振り回し始めた。
「まったく。やることがモンスターと一緒だな。」
こういう奴には剣を目前に持って行くと。
「うわぁぁぁ。」
突き出された剣に焦った護衛は短刀で俺の剣に触れる。すると真っ二つに切れた短刀の切っ先が地面に落ちた。相手が動揺した瞬間に鞘で九尾を一撃だ。
制圧はあっという間に終わった。
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