七回転目 運任せの初めての冒険

 夜。


 昼間自分たちで作ったベッドに入り、目を瞑る。何かを自分で作り上げるなんて、初めての経験だった。意外だったのはモティの予想以上の手際の良さだ。彼とも長い付き合いだけど、あんな一面もあったなんて。


 そしてトウヤ。不思議な人だった。あんな瞳の人はテオロアにはいない。異世界から来たなんて言っていたけど本当だろうか?常識外れな人なのは確かみたいだけど。


 始めも布団を剥がれた時にはびっくりしたけど、案外優しそうな人で良かった。でも乙女の布団をいきなり剥ぐのは反則よね。


 考え事をしてても目を瞑っていると眠くなる。いろいろ考えないといけないことは後回しにして、今夜は眠ろう。


「……お嬢……ま。……嬢さま。……お嬢様!」


 目を覚ますとモティが何やら深刻な顔をして私の身体を揺すっていた。


「……どうしたの?モティ?」


 目を擦りながら今が何時ごろか考える。夜半を回った頃だろうか。


「お嬢様!あの男が、トーヤが居ません!寝室にも、家のどこにも。」


 私たちは手分けをして家の中を探し回った。だけど、トウヤの姿はどこにもなかった。


「トウヤ、外に行ったのかしら。こんな夜に……。」


 外も見ようとドアに手を掛ける。


 この時、私はトウヤが居ないことを、そこまで深刻に考えてはいなかった。


「お嬢様。何を悠長なこと言ってるんですか。あの男、トーヤは本当に人間なんですか!?」


「……トウヤが人間じゃない?」


 外に通じるドアに掛けた手がピタリと止まる。


「僕考えたんです。なぜトーヤはこんなところに住んでるんですか?なぜトーヤはエリクシールや万能水なんてものを持っているんですか?それに気付きましたか?昼間食べたあの肉、あの肉を食べてから力が強くなってるんですよ。作業してても全然疲れなかったし、出来上がったベッドを動かすのも、食べる前と後じゃ全然違った。あんなものは見たことも聞いたこともない。」


 モティの言っていることは尤もだった。どうして私は今日であったばかりの者を手放しで信用してしまっていたのか。


「そして考えたんですよ。恐らくトーヤは……魔女の手先です。」


 ぞくりと全身の鳥肌が立った。


 魔女。そのほとんどは人と関わることなく、ひっそりと暮らしている。中には最西の魔女のように人と取引を交わす者もいるが南境の魔女など“人類の敵対者”と呼ばれる者もいる。トウヤは彼女たちの関係者なのだろうか。だとしたら、彼の目的とは一体……。


 意を決して外に出る。魔障の洞窟の隣だというのにやはり魔物の姿は一つもない。当然トウヤの姿もない。


 そうだ。魔障の洞窟。洞窟を見る。


「入り口が……開いてる。」


 昼間は確かに閉じていたはずの洞窟の扉が薄く開いていた。まさかトウヤはこの中に……?


 洞窟の入り口に立つ。私の服の袖をモティが軽く引っ張る。


「あるいはトーヤは魔族なのかもしれません。」


 モティの声は震えを孕んでいた。


 魔族。亜人種の中でも特に人間と敵対関係にある。大昔、人間と地上の領土を取り合ったというのは、中等学園でもすぐに習う事だ。数々の異能を持ち、一説には人間を上回る技術をも持っていると聞く。当然、魔族との取引は王国の法律で厳しく禁じられている。


「お嬢様、今のうちに逃げましょう。魔女や魔族と関わるなんて俺はごめんです。」


 それは当然の言葉だ。だけど……。


「……逃げるって、どこに行くの?私はこの平原に、この洞窟に何が起こっているのか、調べる義務があるわ。トウヤが何者なのか、確かめる必要も。モティは家の中に居なさい。戸締りをしっかりして。朝になっても私が戻らなかったら西に向かって走りなさい。人里に着いたらここであったことをすべて話しなさい。」


 モティは泣いていた。大粒の涙を流して。


「わかったわね。モティ。」


 そういって、私は扉の中へその身を潜らせた。


 洞窟の中は暖かく乾燥していた。岩肌のビノダイトが淡く光って見通しも想像よりずっといい。ただ、洞窟に充満する瘴気が体に纏わりついて、やけに体が重い。


「魔物は……居ないのかしら。」


 懐から貨車の御者のジョージさんからもらった短刀を取り出し、周囲に注意を張り巡らせながら洞窟を進む。


 確か、学園で習ったのは昔に王国を上げて魔障の洞窟の攻略に乗り出した時、到達できたのは三階層まで。トウヤはこんなところで何をしているのだろうか。


 洞窟を歩きながら考える。私は、生きることを諦めていたのかもしれない。家を出る時、モティは荷物を持ってきた。私は、着の身着のままだった。トウヤが何者であっても私に抗う術はないのだ。彼がたまたまこの平原に住み着いていた。その幸運がなければ私はこの洞窟にたどり着くこともなく死んでいただろう。


 少し進むと洞窟の中に小さな横穴を見つけた。不自然に入り口を切り崩した後もある。短刀を強く握りしめて横穴へ入ってみる。中にはポーションの薬瓶が多数転がっている。そして、横穴を進んだ先には転移陣があった。


 転移陣。私も見るのは初めてだ。というより、王国中を探したって転移陣の実物を見たことがある人なんているのかしら。


「トウヤはここを通ったのかしら。」


 恐る恐る転移陣の上に乗る。周囲が光に包まれ一瞬にして別の場所へと転移する。


「ここは、何階層なのかしら。」


 もう私にはどちらが洞窟の奥なのかもわからない。体も随分重く感じるので、もしかするとかなり奥の階層に飛ばされてしまったのかもしれない。とりあえず、警戒しながら歩いていく。しばらく歩いていくとコツコツと足音が聞こえた。


コツコツ……カラカラカラ……コツコツ


 私は反射的に隠れる。骨型のアンデッドだ。話に聞くスケルトンによく似ているが、色が違う……気がする。赤い。


 でも出遭った魔物がスケルトンで運が良かった。スケルトンは生き物の生気を感じて襲い掛かるが、目は見えず動きは遅いと聞く。向こうはもう私の気配に気付いたようだけど恐るるには足らないわ。


クルリ……ケタケタケタケタ


 私の方へ向き直ったスケルトンはその骨をけたたましく鳴らした。ただそれだけのことで私の戦意を削ぐには十分だった。


「スケルトンが……笑ってる。」


 短刀を持つ手に、指に力が入らない。膝が笑って立っているのもやっとだ。


 赤いスケルトンは私に向かって走り寄ってくる。動きは遅いと聞いていたのにかなりの速さだった。


「ぐぅ……。」


 スケルトンの骨の指が私の首に食い込む。痛い……。苦しい……。私の顔に口を近付け生気を吸ってるんだ。


 あ、私遂に死ぬんだ。この旅で、何度も死は覚悟した。だけど、実際目の前に迫った死を感じると、いろんな感情が噴き出してくる。


 私、頑張ってきたのに。悔しい。私、そんなに悪い事したかな。学園生活は楽しかったな。みんな元気にしてるかな。そうだ。楽しいと言えば、自分でベッド作って、美味しいもの食べて、そうやって暮らすのも悪くないって……。


 ……死にたくないよ。

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