二回転目 運任せの洞窟生活

グワルルゥゥゥ


 断末魔の鳴き声と共に脳天から身体を抉られた獣が粒子になって消えていく。


 この洞窟に入ってもう丸一日は経った頃だろうか。洞窟の中ではっきりとした時間はわからないが、長く薄暗いパチンコ店に居たんだ。経過時間の察しはつく。それに、俺はある深刻な問題を抱えていた。


「は、腹減ったなぁ……。」


 ぐるぐると獣の成りそこないのような音を立てる腹を押さえる。ここには食べ物がなかった。洞窟の中ですでに八匹の狼。四匹のゲル状の蠢く何かを退治した。しかし、そのどれもが肉となることもなく光の粒子となって消えてしまい、後に残るのは数枚のメダルのみだった。


「やっぱり一度外に出るべきかなぁ。」


 そんなことを呟きながら歩いていると、不意に足元からゲル状の生き物に襲われて、慌てて剣をその生き物に何度も突き立てる。


「クソ!スライム野郎が!死ね!死ね!」


 やがてその生き物は光の粒子となって消え、後には薬瓶の意匠の三枚のメダルが残った。


 そう、これが問題なのだ。明らかに集中力、注意力が落ちている。襲われたのがこのスライムだからまだ不快感が残るだけで済んでいるが、狼に襲われたなら一撃で俺は死ぬかもしれない。剣は立派でも俺には鎧も盾もないんだ。先手が打てないにしても奇襲を受けるわけにはいかないのだ。


 メダルをポケットへしまう。もう結構な枚数のメダルが集まった。ポケットの重みを感じながら俺は、一度あの横穴へ戻ることにした。


 横穴へ戻った俺はまず入り口の岩を軽く崩しておいた。不意に獣が入ってくるのを防ぐためだ。そうして、横穴の奥、広まったところへ来ると、そこに座り込んだ。


 ポケットからメダルを出した俺はそれを地面の上に並べる。


「獣のメダルが十六枚、薬瓶のメダルが十五枚かぁ。」


 どちらのメダルもおよそ五ゲーム分。合わせて十ゲーム分。それを前にして首を傾げる。俺が期待しているのはこの薬瓶のメダル。何かしら食べ物とまで言わなくても、飲み物くらいは手に入りそうだ。


 問題はどうやってスロット筐体をだすのか。


 試しに壁に向かってメダルを一枚投げてみる。メダルは岩肌に当たって地面に落ちた。


「やっぱり最低一ゲーム分はいるのかな。」


 そう思い、今度はメダルを三枚投げた。しかしやはりメダルは岩肌にただ当たって落ちるのみだった。


「ダメか。最初はいけたのになんで。あとは合言葉とか呪文か。そんなのわかんねぇぞ。」


 思わず肩を落とす。恨みがましい目で改めてメダルをよく観察する。


 獣のメダルも、薬瓶のメダルも、よく見ると下の方に小さくREELの刻印があった。


「もしかして、これか?……リール!」


 そう言うと同時に薬瓶のメダルを投げた。すると予想通りスロットの筐体が出現した。


「おお、やったぜ!」


 改めて出現した筐体を眺めてみる。基本的には昨日回したスロットと大差ないが、デザインが違う。昨日の筐体はシルバーとゴールドで装飾され、剣の意匠が刻印されたパネルが付いていた。今日のこれは青が基調でパネルの意匠もメダルと同じく薬瓶がデザインされている。液晶には川の流れる映像。


「メダルで出てくるスロットも違うのか。……じゃ、こっちは!リール!」


 スロットの横に向かって獣のメダルも投げてみる。今度は赤の基調に毛皮が装飾された筐体だった。そして、液晶には燃え盛る炎の映像。


「とりあえず、回してみるか……。」


 それぞれのスロットに十五枚ずつメダルを入れた。まずはリールにどんな図柄があるのか見てみたい。それは純粋にスロッターとしての興味でもあった。


 まずは薬瓶の台だ。レバーを叩き、回るリールに目を凝らす。


「これぞスロッカス秘奥義その一!直視!」


 俺にはあまり人に言えない特技がある。その一つがこれだ。高速で回転するリールの図柄はもちろん、そのリール配列でさえ見ることができる。


「お、7図柄がある。BARもあるな。子役をフォローするには……。」


 リール配列も俺が今まで打ってきたスロットと大差ないように見えた。基本子役は青の薬瓶と緑の薬瓶。赤の薬瓶と紫の薬瓶はレア子役のようだ。滑りがあるのかどうかはわからないが、曖昧にBARを狙ってみる。すると二コマほど滑ってBARは下段に停止した。やはり子役の引き込みはしっかりあるようだ。中リールと右リールも一応確認しておく。


「うん、この停止系ならどこを狙っても取りこぼしはなさそうだな。」


 あとは適当に中リール、右リールも停止させる。すると青い薬瓶が揃い、下の払い出し口から青い液体に満たされた瓶が出てきた。そして液晶には文字が現れた。


“エリクシール”


“飲用することで体力回復、滋養を強壮することが可能。飲用水として常飲することも可能。”


「やった!飲み水だ!こっちはどうだ?」


 次は獣のスロットのレバーを叩いてみた。


「基本の配列は一緒だな。こっちは7図柄に赤と白があるのか。」


 俺は子役をフォローしつつリールを止めた。


 赤い獣の図柄が揃う。するとなんと!払い出し口からは美味しそうな肉汁滴る肉が転がり出てきた。


「やった!肉だ!飯だ!」


 思わずガッツポーズを決める。一応液晶の説明を読む。


“力肉”


“食用することで筋力増進、スタミナ向上することが可能。食用として常食することも可能。”


「ちゃんと食えるんだな。これで水と食料ゲットだ!」


 早速肉を一口食べてみる。


「これは!?う、う、うまぁーい!!」


 何の肉かはわからないがとても美味しい。スパイスの利いた肉汁たっぷりの肉の旨味に焼き加減もちょうどいい。このエリクシールとやらも飲んでみる。


「な、なんと!?」


 これも美味しい。薬瓶になんて入ってるものだからてっきり苦かったりするのかと思いきや、すっきりした甘さに澄み渡るような清涼感。そしてこの体の隅々にまで潤いが行き渡るような満足感。


 思わずエリクシールを一気飲みし、肉も一息に食べ尽くしてしまった。


「も、もっと!」


 レバーを叩いてリールを回す。残り八回転はあっという間に終わった。結果、力肉が三個、柔軟肉が二個、エリクシールが二個、万能水が二個だった。どれも美味でとても満足な食事となった。


「ふぅ、食った食った。要するに、モンスターを狩らないと飯にもありつけないわけか……。よし!狩り尽くしてやる!」


 腹も満たせたことで俄然やる気が出てきた。俺は思い切って洞窟の奥の方まで行ってみることにした。道中に見つけたモンスターを片っ端から狩って行ったので狼もスライムも見かけなくなってしまったからだ。


 洞窟は下向きに階層になっており、先に進むと出てくるモンスターも違ってきた。そんなところもますますRPGのゲームのようで、俺の恐怖心はますます薄れていった。


 そうして、俺が洞窟に潜ってから、おおよそ一週間が過ぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る