短編集
海呈 灯
生活について
ああ、はい。最近はずいぶんと中途半端になりました。まあ、それで何とかなるんですから、僕も特には気にしていません。案外、適当で雑で、一度や二度の失敗があったって、どうにかなるものです。そう思えばずっと楽になりました。
職場、といっても今のじゃないです。前はA社じゃなく、S県のK工場に。七年前に越してきたんです。出身もそこです。
工場については何も話すことはないですよ。つまらない、本当に何も無いところだったんで。
他所で事故があったでしょ。それの関係で評判が悪くなって、働いてられなくなって。なんにもしなくたってしばらくはなんとかなりますけれど、やっぱり生きているだけで生きていられなくなりますから、仕方ないので来たんです。
やっぱり工場は単純作業で、それなのに間違えないことを強要されるんだから、今のところに比べたらよほど嫌な職場だったのかも。
家から工場までの間に、畑があったんです。といっても、もう人の手の入っていないやつで、世話をする人が急にいなくなったのか、或る年の夏に、トマトとか、そういう野菜が鳥に荒らされてそのままになってたんです。
鳥とか虫が群がってて、ひどい草の臭いがしました。滅茶苦茶に暑い日が続いていたんで、何か腐っていたんでしょう。そこらを歩いてると、ぬるい風に乗って嫌な臭いが漂ってきて、暑いからこっちも怠い気もちと早く帰りたいって気もちで歩いてるのに、更に気もち悪くそこを通らなくちゃいけなかったときがありました。
他の道、は、ありましたけれど、遠くなりますし、あまり行ったことがなかったんで、敬遠していて。ともかく、ぼうぼうに草が生えて人間以外のユートピアが出来上がっていた、その脇道を歩いてるとき、それをみつけたんです。
赤い花がそこに咲いていました。蛙が2匹、僕が近づくと跳ねてどっかに行きました。草の中にキラリと光るものがあって、手を伸ばして取ってみたら、土に汚れて、昔見たものとそっくりのが落ちていたんです。
見た目は、どうってことない、プラスチックの丸い石っころです。赤い着色料で色づけられていて、金色のキラキラの安い塗料でぐるぐるのマークが描かれています。
大昔、祖母が僕に買ってくれたものにそっくりでした。駄菓子屋の棚で一際輝いていたランダムボックスの六種類の中の一つです。一番欲しかったものがそれでした。
いつの間にか失くしていたものと、一緒のものだと思いました。
持って帰って入念に洗い、洗っている時に、その石に穴が空いていることに気づきました。ちょうど紐が通せるぐらいの穴です。その時に、僕の手を離れた石を誰かが拾って、首にでも下げていたのを、何かの拍子で落としてしまったんだ、と、僕は僕の中で物語を作ってしまって、なんとなくその運命性を感じて、後で百均で紐を買い、石に通し、僕も身につけることにしました。
それから、ずっとです。
こっちに来てから? いや、どうだったか、ああ、Tさんに話した気がします。T、Rさんです。ええ。
……すいません、やっぱり、何かなんですか。これは。
え、実家? いいや、もう何も無いと思いますよ。そらそうでしょう。僕は僕の身一つです。
はい。はい。ええ、お願いします。あ、今ですか、いや構いません。はい。
どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます