狐に嫁入り
空狐は長々と詳しく説明してくれた。
玉藻前は、端的に言うとすごく強い九尾の狐だったそうだ。一度人間の手によって石に封じられ、その力は何百年もかけて弱っていった。封じられた玉藻前の命が尽き、生まれ変わったのが小珠。
妖狐ではなく人間の両親から生まれたことと、前世で封じられた影響か、小珠には今妖力が全くない。しかし、きつね町に戻れば徐々に力も戻るだろうと空狐は予想しているようだった。
これまで迎えに来られなかったのは、いくら玉藻前の生まれ変わりとはいえほぼ人間の幼児の状態である小珠を妖怪の町に連れて行くと食われてしまう可能性があったからだそうだ。人食い妖怪は、人間の子どもが好物らしい。
キヨはこのことを全て知っていた。
生まれたばかりの小珠には九つの尻尾が生えていたらしく、気味悪がった小珠の両親はすぐに小珠をこの村に捨てて出ていった。妖狐の伝説を知っているキヨはどこかで妖怪の血が混ざったのだろう、くらいにしか思わず、特に気にせず小珠を預かり育てていた。
しかしある雨の日――今日のような狐の嫁入りの日、妖狐の行列が突然キヨの家にやってきた。妖狐たちは自分たちと同じ妖力の気配が分かるらしい。妖狐御一行は小珠が自分たちの仲間であることをキヨに告げ、小珠が十八歳になれば迎えに来るとも言った。空狐とキヨが初めて会ったのもその時らしい。
小珠は理解が追いつかないまま説明を聞いていた。中でも特に分からないことがあったのでおそるおそる空狐に問うてみる。
「ようりょく……というのは?」
「人にはできないことをする力の総称です。例えばこのように……」
空狐が手首をくるりと回し、指を広げてふぅっと手に向かって息を吹き込む。すると、びゅおおっと強風が巻き起こり、小珠の髪が大きく揺れた。近くの木の葉も一気に舞い上がる。
「風を起こすことは、人間にはできませんよね?」
驚きながらもこくこくと頷く。
すごく強い妖怪だった玉藻前の生まれ変わりであると言うのなら、いずれ自分もこのような力を使うことができるようになるのだろうか。なかなか実感が湧かないが、小珠は何とかこの事実を飲み込もうとした。
牛車が音を立ててゆっくりと山道を上がっていく。
乗っているのは空狐、キヨ、小珠の三人だ。牛車の両隣で無言で行列を作っている野狐たちは大丈夫なのかと問えば、「彼らは疲れないので」とあっさりと空狐が答えた。
不思議なことに、ほぼ寝たきりだったはずのキヨは空狐たちが来てから非常に元気があり、揺れる牛車の椅子で座っていても平気そうにしている。これも〝お狐さまの力〟というやつらしい。
「私が結婚する天狐様とはどのような方ですか?」
キヨが元気になったことで妖怪の力を信じ始めた小珠は、少しばかり結婚にも前向きになってきた。あの集落ではもらってくれる男性などいなかったのだ。たとえ相手が妖怪でも、キヨの調子が良くなる可能性があるうえに、嫁入りもできるとなるとキヨを更に喜ばすことができるだろう。
「見た目は、大きな白い狐ですね」
「狐ですか……」
なんということだ。結婚相手は人間の姿ではないらしい。色々どうするのだろう……と小珠は頭を悩ませる。
「まあ、相手に合わせて
「妖狐ってすごいですね……」
「かくいう僕も、元は狐の姿です」
「ええ!?」
小珠は隣の空狐を二度見する。その様が面白かったのか、反対隣にいるキヨがまたくっくっと笑った。
「いい驚きっぷりだ。小珠は妖怪と会うのが初めてだったね」
「普通は会いませんよ。妖怪は滅多に人の里には行きませんから」
空狐の言う通り、村の他の人間も、妖怪の存在は信じていたものの実際会ったことがあるという人はいなかった。
「逆に私はおばあちゃんが妖怪慣れしてることにびっくりだよ……」
「長生きしてると色々あるんだよ」
意味深げに笑みを深めるキヨ。今日一日で情報量が多く混乱している小珠とは違い、キヨは冷静だ。
「そろそろですね」
空狐が言う。
前を向けば、立派な朱い鳥居がそびえ立っていた。鳥居の柱には細かい彫刻が施され、九尾の狐の姿が繊細に描かれている。
そしてその隣に古びた不気味な看板があり、こう書かれていた。
―――― この先 大日本帝國憲法及び法は通用せず。 きつね町
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