財布(さいふ)を落としてコンバンワ!

転生新語

プロローグ

 私が彼女のマンションをたずねたのは、午後ごご八時ごろだった。ちなみに事前じぜん連絡れんらくはしてなくて、部屋へやの前でチャイムをらす。「はーい」と彼女はドアをけてくれた。不用心ぶようじんところわってないなぁ。


ちゃった」


 できるだけ、にこやかに彼女へかたける。ドアがまりかけて、予想よそうはしていたので私はくつの先をねじむようにれてした。なんとか部屋へやの中にはいろうとして、彼女からかえされる。私も彼女も非力ひりきな女子なので、はたから見たら子猫こねこいみたいに見えたのでは。いは互角ごかくで、なかなか決着けっちゃくきそうにない。


かえって……かえってよ!」


 大声おおごえしたら、ご近所きんじょ迷惑めいわくになるので小声こごえで彼女がう。私としては、帰るわけにはかない。


「おねがい、れて! 財布さいふを、財布さいふとしたの! ほかところいのよ!」


 必死ひっしうったえたら、彼女の抵抗ていこうゆるんだ。かえされないよう、私は彼女のかたを両手でつかんでいる。私と同身長どうしんちょうである彼女の顔が見えて、このままキスしたいなぁと思った。


「……本当に?」


 彼女からわれて、こくこくとうなずく。財布をくしたのは事実じじつだし、ところいのも本当なのだ。携帯けいたい電話でんわいは何人も登録されているが、それでも家をたずねてけるような人は彼女以外にない。上京じょうきょうしてきた大学生である私は、都会とかいうすい人間関係しかきずいてこなかった。


「それにしたって、事前じぜんに──」


連絡れんらくしてたら、貴女あなたは私をれてくれた?」


 ぼやく彼女に、私がたずねる。彼女はこたえず、肩をつかんでいた私の手をりほどいて、背中せなかけた。


はいって……玄関先げんかんさきたれてたら迷惑めいわくだわ」


 そうって、部屋のおくへと彼女が移動していく。ほっとして私は部屋の中にはいり、玄関のドアをめた。

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