第19話 護衛リシア

 私の名はリシア。私は今、旅商人の馬車に相席させてもらっている。


 といっても私が座っているのは、荷台の一番後ろだ。私の仕事は積み荷を守ることだからだ。


 服の上から硬い魔獣の皮をなめして作った簡易鎧を付け、腰には長剣をつるしている。さらに全身灰色の外套がいとうで覆っている。


 そもそもの目的は、ここヴァレール領の直営地ミシャに向かうことだった。旅商人がミシャに行くという話だったので、相席させてもらう代わりに、積み荷を守ることになったのだ。


「ミシャに行って、お前さんは大丈夫なのか?」

 旅商人が前方を見ながら、私に向かって話しかけてくる。


 私の耳にかかっている魔道具から、旅商人の声が明確に聞こえてくる。この魔道具は、馬車に相席させてもらう時に、私が彼に貸し出したものだ。作成したのは私ではないが、会話がしやすいので、度々利用している。魔道具が拾った声が、対になった魔道具から聞こえるようになっているのだ。


「あぁ。疫病えきびょうだっけ。予防薬を飲んでいるから大丈夫だ。」

 ヴァレール領では数月前から疫病えきびょうが流行っている。特に直営地がひどかったらしい。


 しかし、隣のエステンダッシュ領で7年ほど前に同様に疫病えきびょう流行はやり、当時の領主様が疫病えきびょうに効く薬を作成し、その作り方を領内に知らしめて沈静化した。


 その薬がヴァレール領で流行っている疫病にも効いたことから、エステンダッシュ領から、無償でヴァレール領に対し、薬の作り方が開示されたという。その薬は前もって飲んでおくと、疫病えきびょうかかることを抑制する予防薬でもあるらしく、ヴァレール領の領主様も、その作り方を領内の薬師に知らしめ、無償で薬を提供するよう指示したことから、現在はだいぶ沈静化している。


 ここ、ヴァレール領に滞在する者は、あらかじめ手に入れたその予防薬を飲んでいることが多い。提供している箇所は少なく、予防薬として服用するにはそれなりに金を払わなければならないが、まぁ、安価だし。疫病えきびょうかかるよりはよほど良い。


「それにしても、エステンダッシュ領は、よく薬の作り方を無償で提供したな。提供された側が言うのもなんだが。」


「ヴァレール領の領主の娘が、エステンダッシュ領の領主の奥さんだからじゃないか?身内びいきだろ?まぁ、おかげさまで、疫病えきびょうで死んだ人も少なかったんだから、いいじゃないか。」


 魔道具から聞こえてくる旅商人の声に、笑いが含まれた。


「ここに来る前は、エステンダッシュ領で商売をしてきたんだ。あそこは、今まで回った領の中で一番栄えていた。」


「へぇ、でもエステンダッシュ領の領主ってまだ若くなかったか?確か3年くらい前に代替わりしたとか。」


「元々は、その前に領主をしていた人がすごかったらしい。例の薬を作ったのもその人だよ。今の領主は彼の弟だったはずだ。」


「薬を作ったってことは・・。」

「そう、魔法士だったらしい。」


 この世界では、人は全て魔力持ちだ。人間の手で負えない仕事(建築分野、物流分野、医療分野等)について、魔法を使って補っている。魔法は、魔法士以外は使えない。魔法士は魔法を使うための免許のようなもので、それなりの魔力量と適応能力がないとなれないらしい。


「でも、何か事件に巻き込まれて行方知れずらしいよ。」

「そうなのか?」


「なぜか海に面した領に対し、プラチナブロンドの髪、赤い瞳で、整った顔立ちの青年を見つけたら知らせるように、通知が出ているらしい。私もこの職業柄、商売をする時はその領の役場に営業申請を出すんだが、領によってはその青年について尋ねられる。」


「ふうん。」

 馬車の後ろには人影は見えない。


「そういえば、お前さんもいい男だよな。元領主様だったりして。」

「まさか。色が違う。」


 私の髪の色は銀灰色、瞳は珍しく桃色だ。私は軽く息を吐きながら、胸元に手をやった。


 村があれば馬車を止めて休めるのだが、村がない場合は馬車を止め、近くに焚火たきびを焚いて、魔獣除けとし、護衛が交代で休みを取る。ただこの馬車には護衛が私しかいないので、馬車の近くに陣取り、短い休息をとるほかない。


 私はその短い休息の中、毎回決まった夢を見る。夢には決まって一人の少女が現れる。


 足首まである長い水色の髪。深い青い瞳。彼女はいつも泣いている。泣きじゃくるのではなく、声も上げずはらはらと涙をこぼす。


 彼女の名を、なぜ泣いているのかを問うても、こちらは見るものの答えは発しない。なぐさめてやろうと手を伸ばしても、手は届かない。


 最後には、彼女は私の方に手を伸ばして呼びかける。


「-------。助けて。目覚めさせて。」


 以前は私の名を呼ぶだけだったが、ここ最近は私に助けを求めるようになった。そこで私は必ず目が覚める。じんわりとした後悔と共に。

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