【水曜日更新】墓場からはじまる第二の人生、聖女と悪魔のほっこりシェアハウス
酔夫人
第1話 春歌の聖女
私の名前はサラと言います。
生まれは……名前も知らない田舎の街で、最近まで王都にいました。
好きなことは「歌うこと」。
三度の食事と比較されると、十秒……三十秒くらいは悩みますが、歌うほうが好きでしょうか。
どこで習ったか?
うーん、「孤児院」になるのでしょうね。
え?
はい、私は孤児です。
物心ついたときには名前も知らない田舎の街にある孤児院にいました。
孤児なのに明るいなあ、って別におかしくないと思いますよ?
『孤児』といっても性格はいろいろ、『みんな違って、みんな良い』が先生の口癖でした。
はい、いい孤児院でしたよ。
先生はお爺さんでしたが、とても素敵な先生でした……お別れしてから十年は経ちましたがお元気でしょうか。
ああ、歌の話でしたね。
いいえ、私に歌を教えてくださったのは先生ではありません。
神様です。
笑わないんですね。
「神様に教えてもらった」というと嗤う人が多いのですが、同情する人も多少はいますけれどね。
ああ、なるほど。
確かに私は【聖女】の一人、「春歌の聖女」でした。
え?
過去形ですよ、私はもう【聖女】ではありませんし、二度と【聖女】にはなりません。
まあ、「春歌の聖女は死んだ」って今朝の新聞に載っていたのですね。
流石、ペンは剣より強しですね。
***
聞いていただけますか?
【聖女】の仕事ってとっても、とっても、とーっても大変なんですの。
まず、始まりからして極悪非道なのですわ。
「春歌の聖女」の力をご存知ですか?
そうです、歌を歌うことで対象のもつ生命力を向上させるものです。
病気やケガを治したり、作物の実りをよくしたり。
幼い頃はまだ歌が下手で、孤児院の畑の実りも他に比べてほんの少しだけよく採れる程度だったのですよ。
技術が向上すると「あそこの畑はいい野菜がよく採れるね」というレベルをはるかに超えて、種まきから一週間で収穫できるようになると異常と騒がれるようになったんです。
まあ、私も子どもだったので。
孤児院の食糧事情も、育ち盛りになりかけていたこともあって……はい、お腹が空いていたので「早く収穫できればいいな」と思った次第なのです。
その調査のために神官の方がきて、呆気なく私の力が露見。
【聖女】と騒ぎ立て、孤児院の先生が止める間もなく王都にある大神殿に連行ですよ?
神官じゃなかったら騒ぎになりませんでしたが、営利目的の幼児誘拐です、あれは。
国のためを思った行動?
仮にそうだとしても、【聖女】の労働環境って実は劣悪ですの。
信じられます?
一カ月間で戦場を二往復させたりするのですよ?
自由時間一切なしで睡眠時間も四時間弱、最低限の食事であとは歌うのみ。
戦地なので贅沢を言ってはいけないと分かっていますが、一年のほとんどを軍隊食……不味い、喉が渇く、それなのに歌わなければいけないのです。
そもそも私は歌うのは好きですが、あくまでも自由に歌うのが好きなんです。
強制されるのはイヤなんですよ。
え、戦場?
そうです、一番最後に派遣されたのが『ナダラ平原』という戦場です。
先の戦争の激戦区です。
あの立派な凱旋パレードをみたのですか?
ええ、あの神殿の紋の入った立派な馬車に乗っていましたよ。
あの馬車は王都の西門近くに待機していて、戦地からそこまでは他の兵士たちと一緒に歩いて帰って来ましたけれどね。
その凱旋パレードを率いていた将軍たちだって戦場にはいませんでしたよ、戦場近くにある風光明媚な景勝地でご休憩なさっていました。
***
戦争後の生活?
神殿で【聖女】をやっていましたよ。
もちろん言いたいことは沢山ありましたが、衣食住を神殿から提供されていましたからね。
他の【聖女】たちと同じように、朝のお祈りをして、悩める人たちの相談を聞いて……食事とお告げの時間さえなければ良い生活なんですけれどね。
はい、食事がいまいちで……野菜ばかりでもう少し肉が欲しい。
え、違う?
ああ、お告げの時間。
私、あのお告げの時間が嫌いなんですよ、嘘をつかないといけないので。
はい、嘘。
だってただの人の形をした石像が何か話すと思います?
そもそも、石が話したら怖いじゃありませんか。
私が見ている神様?
そこら辺をふよふよと浮いていることが多いですね。
そうです、通りすがりって感じです。
話しかけると皆さま驚いた顔をなさって、そのあとはまあお話しで終わったり、面白がって歌を教えてくれたりします。
降神の儀式?
ああ、神殿が月に一回やっているやつですね。
あれは嘘ですよ、そもそも世界を創っている神様たちを人が呼び出せるわけないじゃないですか。
庶民が大声で「〇〇国の一番偉い人、いますぐここに来てください」叫んだからってその人が来てくれます?
来てくれませんよね。
あれ、そのくらい不敬な行為なんですよ。
***
そろそろ、この状況を説明してもいいですか?
ありがとうございます。
神殿生活二年目に王子が来たんです。
え?
そりゃあ『様』なんて付けませんよ、いまはそういう気分じゃないので。
恐らくそういう気分になることは永遠にないでしょうが。
その王子は「原因不明の体調不良」と悩んでいて、例の降神の儀式で自分の寿命を聞きにきたんです。
担当の聖女は「いまのままでは余命半年、ただし祈祷と御布施次第では神の力を借りて余命を伸ばせる」と言ったんです、もちろんもう少し霊験あらたかな感じの言葉で。
流石、王子ですよね。
気前よく大金を寄附したからその場で祈祷が始まったんですが、降神の儀を担当した聖女が急な体調不良で私が代わりを務めることになったんです。
まあ病気ならば歌を歌えば元気になるかと思って生命の神に教わった歌を歌っていたのですが、そのとき呪いの神様がふわっとやってきて「これって女の怨念よぉ、十人分は軽くあるわねえ、こわーい」と言って解呪の歌をシンクロさせてしまって。
見事、王子の呪いは解かれて元気になりましたよ。
そして王城に帰る王子に拉致されたんです。
物語には「王子に誘われて城に行き」ってハッピーエンドへの筋道がありますけれど、抵抗虚しく無理矢理馬車に押しこまれる行為って『拉致』ですよね?
そして王子の宮で監禁されました。
「俺だと思って」と贈られた首飾りのせいで神様の声は聞こえなくなるし、「俺以外が君の声を聴くのは許せない」といって声が出なくなる魔法薬を飲まされるし。
え?
ああ、違いますよ。
私が死んだのは別の毒です。
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