卑屈に塗れたあの日々

TK

第1話

キッカケは受験サロンだった。

なんで受験サロンのような魔界をあの頃覗いていたのか、理由はほとんど覚えていない。

急に自分の行く末が怖くなったのか、それともネットサーフィンしてたら偶然たどり着いたのか。

それっぽい理由を思い浮かべてはみるが、どれもしっくりこない。

キッカケとはそういうものだ。


その当時俺は、いわゆるFラン大学に通っていた。

ただ、受験サロンの住人がFラン呼ばわりしているだけで、本当にボーダーがフリーなわけではない。

偏差値はちゃんと存在している。

しかし、そもそもネットで掲げられている偏差値も至極曖昧だ。

俺がかつて通っていた大学の偏差値を今調べてみたら、50から57と書かれているサイトがあった。

ただ、他のサイトでは37.5から45と書かれており、ハッキリ言ってめちゃくちゃだ。

こんな空虚な数字に踊らされている人間はひどく滑稽に思えるが、当時の俺はまさにその人間の典型例だった。


Fラン卒はブラックにしか就職できない。

Fラン卒はモテない。

Fラン行くなら高卒の方がマシ。

マーチ未満はガイジ。


未熟な俺は、言葉の殴打に打ちのめされてしまった。

結果的に、今の大学をいち早く抜け出し、名の通った大学へと編入するしか道はないと確信させられた。

そうすることで、明るい未来が訪れる気がした。

だから、本気で頑張れた。

以上が人生で最大の努力をするに至った経緯だが、我ながらバカバカしい。

だけど、後悔はしていない。

なぜなら、この経験が俺の強さを形成してくれたからだ。




そもそも、なぜ俺はFランと呼ばれる大学に通っていたのか。

結論から言うと、楽をしたかったからだ。

当然のことだが、難関大学に入るよりも、Fラン呼ばわりされるような大学に入るほうが圧倒的に簡単だ。

そして、人間は難しいことよりも楽なことを好む。

だから、俺は楽な道を選択したということだ。

なんてことはない。バカみたいにありふれた末路だ。

ゆえに、この大学には全くと言っていいほど忠誠心はない。

むしろ受験サロンを覗いてしまったあの日から、大学名を背負うことに嫌気すらさしており、編入試験への想いは強固なものになっていた。


ひとたび大学を抜け出す決心をすると、なぜか周りの学生に嫌悪感を抱くようになってくる。

講義中にゲームをしている奴。

努力できない自分を嘲笑する奴。

履修の可否を友達の有無で決めようとする奴。

この上なくだらしない人間が、不思議と目につくようになってきた。

まあ客観的に見れば俺も、コイツらと同レベルの人間だったわけだが。


ただ、こんな卑屈な想いを抱きながらも、俺は講義に出て単位を取得する努力を怠らなかった。

なぜなら、もし編入試験に失敗した場合、留年が確定してしまうからだ。

つまり、良く言えばリスクヘッジができる人間。

悪く言えば、1つのことに振り切れない中途半端な人間である。

こんな感じで当時の俺は、卑屈な想いで埋もれていたと思う。


だけど、案外こういうのも悪くない。

人が行動する原動力は、なにも前向きなものばかりじゃないだろう。

必死に偏差値を上げる子供達は、純粋で前向きな想いを原動力としているだろうか?

困っている人を助ける時の原動力は、100%の善意だろうか?

いいや、そんなことはない。

そこには必ず、恐れ・優越感・下心といった露わにしたくない想いが潜んでいるはずだ。

悲しいかな、そういう想いの方が人を強烈に動かすんだよな。

だから、卑屈に塗れたあの日々を、俺は素直に正当化できている。




編入試験に臨むにあたってまず俺が取り組んだのは、情報の入手だ。

具体的には、科目・受験日・倍率・過去問といった情報だ。

なぜこれらの情報の入手に動いたかというと、具体的な対策を立てるためだ。


まずなんと言っても、科目の把握は欠かせない。

当日に英語が出題されるのか、それとも数学が出題されるのか。

そんな大まかなことも把握していないようでは、当然だが対策など立てられない。


次に重要なのが、受験日だ。

たかが日にちと、侮ってはいけない。

受験日まで残された日数をリアルに把握することで、受験日までの勉強計画を立てられるのだ。

ちなみにこの勉強計画は、大まかでもいい。

とにかく、計画があることが重要だ。

人はなんの計画も無しに勉強を継続できるほど、優秀な生き物ではない。

「自分で決めた計画」という圧力が、毎日の勉強に向かう原動力になる。


これも軽視されがちかもしれないが、倍率もちゃんと把握しておくべきだ。

なぜなら、倍率が2倍なのと5倍なのとでは、やるべき勉強に差が生じるからだ。

倍率が2倍であれば、基礎を徹底するだけでも合格できるかもしれない。

ただ、倍率が5倍であれば、他の受験生に差をつける必要性が生じる。

ゆえに、応用問題にも取り組むといった、より高度な努力が求められるだろう。

つまり、倍率によって、対策の中身が相当に変わってくるわけだ。


そして、個人的に最も重要だったと思えた情報が、過去問だ。

過去問は、宝の地図と言っていい。

例えば一言に「英語」と言っても、出題形式など無限に創造できる。

ゆえに、科目を把握しただけでは具体的な対策をするなど不可能なのだ。

ただ、恐れる必要はない。

過去問に対策への道筋が示されているので、それに沿って歩んでいくだけだ。

断言してもいい。「過去問の把握ほど優れた準備はない」と。

どんな組織にも共通して言えることだが、欲しい人間の特徴が大きく変わることはない。

例えば看護系の学校であれば、看護系のニュースに精通していたり、人に優しく接することができたりする人間が望ましいだろう。

したがって、看護系の学校では基本的に、看護系のニュースや人との接し方を主題にしたような試験が課されるのだ。

ただ、当然のことだが、一言に看護系と言っても、重視する能力にはバラツキがある。

ある学校では知識を重視するかもしれないし、ある学校では人との接し方を重視するかもしれない。

そういったより具体的な傾向を把握するのに、過去問がうってつけというわけだ。


まあこんな感じで、ネット環境さえあれば、大方の受験対策は1人でもできる。

ただ、もしこれらの情報収集を「面倒くさいからやりたくない」と感じたのであれば、もう既に受験する資格はない。

面倒くさいなんていう感情が湧き上がっている時点で、もうあなたは本気じゃない。

本当に追い詰められている人間は、そんな些末な感情に振り回されない。

面倒くさいと思ったら、その受験から手を引け。

本気になれない物事に時間を割くなんて、自分に対して失礼だ。


俺はあたりをつけた大学の情報をネットで収集しまくったが、唯一過去問だけが収集できなかった。

科目は「小論文」と「英語」だと把握できたが、先程も言ったように、これだけじゃ具体的な対策は厳しい。

だが、ネットに欲しい情報が無いからといって、諦めてはいけない。

ネットに無いなら、大学に直接問い合わせればいい。「過去問を見せて頂けませんか?」と。

もちろん、断られる可能性もある。だけど、断られることにはなんのリスクもない。

つまり、この行動を取れない時点で、もう本気になれていないと思っていいだろう。

「受験に関する問い合わせはこちら」という文言の真横に記載されている番号を把握した俺は、間髪入れず電話をかけた。


「・・・あっ、私貴校への受験を志望しているものなんですけど。過去問を見せて頂けませんか?」


「はい。具体的には、編入試験の過去問ですね・・・。はい、そうです。」


「・・・承知しました。では、明日の13時にお伺いします」


「はい。失礼します」


どうやら過去問は学校に紙ベースで保存してあるらしく、見たいなら見てもいいとのことだ。

道は、勝手には拓かれない。

行動した者にのみ拓かれるのだ。




「なるほどな・・・」


なぜかサザンの曲が流れる保管室の中で、過去問を睨みつける勢いで凝視する。

過去問を見ると、時事ネタを題材にした小論文が出題されている傾向が、ハッキリとつかめた。

ということは、今年も時事ネタ関連の小論文が出題される可能性大だ。

英語の問題を見ると、これまた同様に時事ネタに絡めた問題が多い。

この時点で、俺がやるべきことは相当に定まった。

まずは、小論文及び英語の基礎を徹底して叩き込むことが必要だ。

俺は小論文なるものを、一度も書いたことがない。

いくら傾向が把握できたとしても、まともな文章を書ける自信がなかった。

まあ小論文の書き方を教える書籍などいくらでもある。

その中から、時事ネタと親和性が高そうなものを選べばいいだろう。


英語に関しては、そこまで心配していなかった。

TOEICでそれなりの点数を叩き出していたし、使用されている英単語や熟語も比較的易しかった。

長文読解用の書籍を買って、おさらい程度に読み込んでいけば、十分に対応できるだろう。

そして、基礎の叩き込みと並行して、時事ネタ周りの知識も取り入れていけば完璧だ。

倍率は2.5倍だったし、受験日まで8ヶ月もある。

あとは、地味で熱い日々を淡々と送っていくだけだ。

そうすれば、合格できる。


「・・・多分、必死になるってこういうことなんだろうな」


俺はまともな受験対策など、これまでに一度もやったことはなかった。

なのに、なぜか確実に一歩ずつ前進できている実感があった。

人間本気になれば、手取り足取り教えてもらわなくとも、やるべきことをやれるのだろう。

残された時間を惜しむように、早々に帰路についた。

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