第18話 第二次イオニア沖海戦

共和暦203年7月10日 ヘレニジア大陸西部 港湾都市イオニア


「おのれ異教徒どもめ、本格的な反攻を目論んできおったな!」


 イオニア港湾部に錨を降ろす大型巡洋艦「リシルス」の艦橋にて、新たな艦隊司令官に選ばれたディノス中将は憤然とした様子で呟く。


 共和国海軍は元々、沿岸部における敵艦隊の排除と防衛を主目的として成立した沿岸海軍であり、転移前には30センチ砲を装備した戦艦も有していたものの、優秀な魚雷を装備した駆逐艦や潜水艦の配備に、航空機の技術発展による性能向上により大口径火砲の存在意義は無くなり、すでに退役している。


 また空軍は最初から独立した状態で誕生した軍隊である事から、陸軍や海軍が独自に航空隊を持つ事を良しとせず、巡洋艦に艦載機を載せる事に消極的であった。そのため広域の索敵や哨戒には空軍に頭を下げねばならず、転移後も空軍は幅を利かせていた。


 だが周辺諸国の王政からの解放や、領海を侵略せんとする野蛮人の殲滅のための戦闘、そしてゾディアティア帝国との戦争が大きく狂わせた。まず周辺諸国の比較的国力があるものは、大型帆船よりワイバーンを飛ばして航空攻撃を仕掛けて来たり、あるいは索敵で先手を取って逃走するなど、航空戦力を持つ事で優位に立てられる事が多々あった。特に空軍機の支援が見込めない状況下での戦闘では少なからずの被害が生じていた。


 これに対して空軍の連中は『情けない』と嘲笑していたが、彼らの自信と高慢に満ちた表情は帝国軍によって青く塗り潰される。想像だにせぬ圧倒的物量はジェット戦闘機の性能的優位を封じ込め、逆に連日襲い掛かってくる重爆撃機の爆弾の雨は飛行場の機能を著しく低下させていた。


 特に数十機もの軽快な航空機を搭載・運用できる大型艦―彼らは『航空母艦』と呼んでいる―は海軍のみならず空軍からも脅威であった。何せ洋上を自由に移動しながら、思いもよらぬ方向から数個飛行隊分の戦力を叩き込んでくるのだ。ヘレニジア西部の各地に展開する友軍はこの『神出鬼没の攻撃隊』の奇襲にも等しい攻撃に頭を悩まされていた。


 また、敵海軍の対空火器は非常に強力であり、近接信管を装備した砲弾を撃ち出す高射砲と、複数の大口径機関砲を組み合わせた濃密な弾幕射撃は、多くの空軍機を海面へ叩きつけ、精鋭と名高いパイロット達を魚の餌に変えていったのである。そのため空軍は将兵の補充が追い付かず、質的な面での低下を余儀なくされていた。


 海軍にも空軍の凋落ぶりを嘲る暇はなかった。過去の遺物である筈の大口径火砲を装備した戦艦の砲撃は、沿岸部に甚大な被害を発生させ、すでに地上では沿岸部にまで押し込まれた陸軍部隊が、多数の巨弾を叩き込まれて『消滅』する事も起きていた。そこで今回、カーディナル級装甲巡洋艦「リシルス」含む巡洋艦を主体とした本国艦隊もヘレニジアに投入される事となったのである。


 カーディナル級装甲巡洋艦は、旧式戦艦を更新するべく建造された大型巡洋艦であり、25センチ三連装砲3基を有する、共和国最大の軍艦であった。さらにこの海域には、最新鋭の潜水艦も6隻配備されており、潜水艦部隊との連携で十分に対抗出来ると考えていたのである。


 空軍からの連絡によると、敵はすでにイオニアから南に300キロメートルの地点にあり、数は比較的少数であるという。なればすでに展開している潜水艦部隊とともに撃退出来よう。


「全艦直ちに出撃!機動力にて敵を翻弄し、勝利を掴むのだ!偉大なる神の加護が有らん事を!」


 その3時間後、巡洋艦8隻、駆逐艦12隻、水雷艇6隻からなるヘレニジア艦隊は、イオニアから南に100キロメートルの地点にいた。全艦全て30ノットを超える速力を有しており、空軍の〈バルトール〉爆撃機が戦闘機とともに支援してくれるだろう。機動力を活かせば勝利も間違い無い。ディノスは自信満々であった。


 が、肝心の空軍攻撃隊は南の空から帰ってこない。通信を試みても、ただノイズが走るのみであった。潜水艦部隊も同様に、連絡を寄越してくる気配は無く、不気味に思えた。


 とその時、レーダーに反応が現れた。


「前方、距離3万に敵艦隊発見!こちらへ接近してきます!」


「水雷艇は先行して、敵艦隊の側面を突け!雑魚どもを優先的に叩くのだ!」


 ディノスは指示を飛ばし、艦隊は水雷艇部隊を先行させつつ、敵の頭を押さえる様に南東へと舵を切る。がその時、レーダー上に新たな反応が現れた。


「あっ…駆逐艦と思しき反応から、複数の光点が出現!こちらに向けて急速に接近してきます!」


「何っ…」


 レーダー士からの報告に、ディノスらは困惑を浮かべる。が数分後、見張り員が叫んだ。


「ぜ、前方より複数のロケット弾が!」


「なっ…!?」


 さしものディノスも、唖然となるしか無かった。だが愕然としている暇は無かった。すでに幾つかの対空砲は対応を開始していたが、遷音速で迫る小さなロケット弾を確実に落とすには、能力が足りていなかった。


「!?ろ、ロケット弾より電波反応!近接信管と波長パターンが違う!」


「…!?」


 衝撃の事実がもたらされた直後、「リシルス」の一番煙突付近にロケット弾が命中。巨大な火柱が起こり、航行不能となる。他の巡洋艦も同様に被弾し、夕日が下がり始めた空に黒煙が立ち上る。


「観測機より入電。誘導弾の命中を確認。9隻が航行不能になった模様」


 艦隊旗艦を務める戦艦「グラン・アトラス」の艦橋に報告が届き、アルカードは満足げに頷く。


「技廠はいい働きをしてくれた様だ。一撃で致命打を与えるとはな…」


 先程のロケット弾の正体は、帝国海軍技術工廠ENTFが鹵獲品を参考に開発した、GR-1対艦誘導弾であった。母艦のレーダーで捕捉した目標の距離と方位、予想される進路を弾体内の電気式計算機に入力して発射すると、暫くはジャイロを用いた慣性誘導で指定位置へ飛翔するが、指定距離に近付くと弾頭のレーダーを作動させて目標を再捕捉し、自動的に追尾するという、驚異の新兵器であった。


 未だに機械的信頼性が低いために命中率は魚雷とどっこいどっこいであったが、此度は神々の加護があったためか、発射したうちの半数が命中してくれた。だがこれで、魚雷発射管の代わりに連装発射筒を装備した駆逐艦6隻は対艦戦力を喪失した。


「さて、次はこれまでの我ららしい戦い方をするのみだ。全艦突撃、帝国海軍の誇りを見せつけよ!」


 「グラン・アトラス」を先頭に、3隻の戦艦と4隻の重巡、1隻の軽巡と6隻の駆逐艦が突撃を開始する。水雷艇はすでに誘導弾を発射した駆逐艦が自前のレーダーで発見し、10センチ連装砲の弾幕で返り討ちにしている。となれば後は、巨砲と魚雷とで敵を蹴散らすのみ。


 斯くして、『第二次イオニア沖海戦』はグラン・ゾディアティア帝国海軍の勝利に終わった。帝国海軍艦隊の損害が駆逐艦2隻大破、重巡1隻中破、艦載機30機喪失となったのに対し、共和国海軍ヘレニジア艦隊は巡洋艦5隻撃沈、3隻中破、駆逐艦4隻撃沈、1隻大破、水雷艇全滅という甚大な被害を被り、空軍も攻撃隊60機全滅という手酷い損害を受けたのである。


 そして陸海空全ての戦場におけるラテニア共和国軍の劣勢は明らかとなり、帝国軍はヘレニジア大陸における占領地を拡大させた。そしてこの2週間後、帝国海軍の大艦隊はラテニア本土に姿を現す事となる。

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EPKトライアングル 瀬名晴敏 @hm80

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