踏み台キャラに憧れて

@NEET0Tk

第1話

 踏み台とは


 もちろん高い場所にある物を取るための道具のことではない。


 物語に登場するキャラクターが乗り越える壁とてて現れる敵役かたきやく


 それは恋の障害であったり、強者の引き立て役であったり、はたまた成長へと足掛かりであったりなどなど多岐にわたるもの。


 津々浦々と長ったらしく話をしたが、確実に言えることは一つ。


 踏み台と呼ばれる存在は物語上なくてはならない存在であることだ。


 彼ら彼女らがいなければ物語の変化が乏しく、中身が薄くなり、世界全体が色褪せてしまう。


 それに気付いたのは俺がまだ6歳になった頃。


 見ていたアニメに突然奇妙な男が現れたのだ。


『あれはサッカー部のエース山本!!』

『プロからも声がかかってくらしいぞ』

『何!?これには流石の氷の女王も付き合っちまうんじゃないか!?』


 今まで顔も知らず、名前すら出てこなかったハイスペックな男。


 そいつがヒロインに向かって告白をした。


『俺の女にならないか?』


 なんて上から目線で。


 そんでヒロインはこう言った。


『ごめんなさい』


 何故ヒロインは告白を断ったのか。


 将来有望であり、人々からの信頼の厚い彼の告白を何故断ったのか。


 理由は明確だ。


 ヒロインは主人公に惚れていたからだ。


 その事実を、言葉にするわけでもなく視聴者に伝えたのだ。


 この物語の愛は本物であると。


 決して、顔や財力に惑わされたわけではないのだと。


「……すっげ〜」


 俺は感動した。


 尊敬した。


 脈絡もなく登場し、ヒロインと主人公の魅力を一瞬で伝えるその役目。


 その瞬間、俺は母さんの口癖を思い出した。


『誰かの役に立てる人になりなさい』


 その意味がようやく分かった気がする。


「俺は……この為に生まれてきたんだ」


 そして、俺の踏み台生活が幕を開けた。


 ◇◆◇◆


「おい聞いたかよ!!」

「ん?どうしたの?」


 とある平凡な男、蒼太は友人の慌てた様子を感じ取る。


「あの氷の女王、片桐さんが告白されるって!!」

「そ、そうなんだ」


 蒼太は思った。


 やっぱり彼女は凄い人気だなと。


 昔はよく公園で一人だった彼女と遊んでいた蒼太だったが、日に日に綺麗になる彼女に負い目を感じ距離を取った。


 だが、それでも彼女はそんな彼に時々話しかけてくれた。


 理由は分からないけど、それが本当に嬉しいことだと蒼太は知っている。


 それと同時に、こうして非凡な彼女と自身が釣り合うわけがないと自覚している。


 それなのにどうしてだろう。


「僕、こんなに胸がざわついてる」


 ◇◆◇◆


 理由は何でもよかった。


 友人にせがまれたから。


 なんとなく気になったから。


 近くに自販機があるから。


 理由は本当に何でもいい。


 ただ


「好きです、付き合って下さい!!」

「……」


 この光景を蒼太はその目に収めた。


 相手は蒼太のクラスメイト。


 かなりのイケメンで、自分の姿と比べたら正に雲泥の差といえよう。


 そんな存在に告白されたら、世の女性の殆どは歓喜に舞い上がるのだろう。


 だが、例外ももちろん存在する。


「ごめんなさい」


 少女は綺麗に頭を下げた。


 誰がどう見ても、断ったのだ。


 告白した男は


「やっぱりか」


 と悔しそうだが、なんとなく分かってたような言葉を吐く。


「フラれておいてなんだけど、理由を聞いても?」

「私、好きな人がいるの」

「噂は本当だったんだ」


 蒼太も聞いたことがあった。


 難攻不落、氷の女王と呼ばれる彼女が告白を断り続ける理由。


 それは好きな人がいると。


 小学校も中学校も高校生になった今でも、彼女はその相手を待ち続けているらしい。


 その相手が誰なのか。


 人々の噂はその件でよく盛り上がる。


「もしかして……」


 いや、それはない。


 それだけは絶対にない。


 自分の考えは誤りだと首を横に振った。


 でも、それとは別に自覚すべきことを見つけた。


「僕、やっぱり彼女のことが……」


 今まで見ないふりをしてきたが、今回の告白で何度も気付かされた。


 男が告白し、彼女が返答するまでの間、常に胸が締め付けられるような痛みが走った。


 そして彼女が断った瞬間、そのわだかまりが解け、清々しい気持ちでいっぱいになる。


 もう……認めざるを得ない。


「僕は彼女が好きだ」


 その瞬間


「ッ!!」


 目が合う。


 今、こっちを見た。


 まるでその目は


『まだなの?』


 と訴えかけているようで


 僕はつい


「お、おい!!」


 前へと進んだ。


 今なら出来る。


 もう、我慢出来ない。


 だが、そんな僕の歩みは止められた。


「もう少し待て、主人公」

「え?」


 僕の肩に手を置いたのは、さっきのイケメンが霞むほどの美形。


「まさか先を越されると思ってはいなかったが、まだだ。あいつじゃ役不足だ」


 一体何の話をしているのだろうか。


 僕には分からないが、彼の目には熱い何かが宿っているのを感じた。


「お、おい……まさか遂に出るのか!!」

「え?」


 隣にいた友人が声を上げる。


「あのサッカー部のエース、神崎が遂に告白するのかよ!!」

「神崎って」


 聞いたことがある。


 サッカー部のエースであり、プロからのスカウトを何度もされている程の有名人。


 学校ではファンクラブも出来ているらしく、僕なんかじゃ比べものにならない相手だ。


 しかも彼はそれだけじゃない。


「いやいや、神崎は野球部のエースだろ?」


 誰かが言った。


 そう、彼は野球でも類い稀ない才能を発揮する。


 打つだけでホームランが約束され、投げるだけで試合が終わると言われる彼の偉業は学校外でも話を聞くほど。


 本当に僕とは違う次元に生きている人間である。


 しかも彼はそれだけでなく


「おかしなこと言ってんじゃねーよ。神崎はうちのテニス部のエースだ」


 そう、彼は


「いやいや、神崎は剣道部のエースだって」

「ダンス部のに決まってるでしょ?」

「俺はラグビーでって聞いたが……」

「吹奏楽部じゃなかったか?」

「え?俺は囲碁将棋部って聞いたけど」

「私はダンゴムシ同好会の……」

「でも尻子玉開発部だって話をしてたが」


 とにかくそう、彼は有名人なのである。


 そんな彼が満を持して登場した。


「……」

「……」


 相対する美男美女。


 誰がどう見てもお似合いの二人。


「俺はこの時をずっと待ってた気がする」

「私もよ」


 睨み合うように目を逸らさない二人。


 場が支配された。


 完全にここは、二人だけの世界となっている。


 僕もまた固唾を飲んだ。


「やっと夢が叶う」


 ボソリと神崎が何かを溢した。


 そして目を見開き、腕を組んでこう言った。


「俺の女になれよ片桐」


 告白というにはあまりに傲岸不遜。


 少女漫画から飛び出してきたかのような歯痒い台詞でも、あの神崎が唱えたとなれば誰も文句は言えなかった。


 遂にあの氷の女王が落とされる。


 誰も信じて疑わなかった。


 そして結果は


「はい。よろしくお願いします」


 案の定であった。


「俺の告白を断ると?」

「オッケーよ?」

「なんて女だ。俺の告白を断るなんてどんな神経をしている」

「だからオッケーよ?お付き合いしましょう?」

「好きな男がいるだと?そいつは一体誰だ!?まさか俺以上の男が存在すると!?」

「相手はあなたよ。あなた以上の男が存在するわけないじゃない」

「はぁ!?幼馴染!?そんな冴えない男のどこがいいんだ!?」

「いえ彼はただの友達よ?それにあなたも一応幼馴染でしょ?」

「クソ!!覚えておけよ!!俺をフったこと、後から後悔しても知らないからな!?」

「待って」


 片桐は神崎の手を掴む。


「お願い。付き合って」

「……」

「ずっと待ってたの。あなたが何かを成そうと必死だったのは知ってる。でも、もう我慢出来ないの」

「……」

「好きです。もうあなた以外考えられないの。付き合って下さい」


 涙を流し告白する片桐。


 そして密かに失恋をし、後悔で胸がいっぱいになる蒼太。


 そんな人々を差し置いて男もまた


(どうしてこうなった……)


 心の中で涙を流すのであった。

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