第18話 占い/遭遇と再会
夕方、橋の
何とも古めかしくて、ゲームやアニメの設定に出てきそうな
僕が住んでいる場所は田舎、ステレオタイプなオカルトの舞台ともあって、この辻占い師に関する噂が素早く広まっていた。不自然に思えるくらいの広まりようと盛り上がりようで、ゆえにみんなが注意を引かれ、結果的にどんどん持ち切りとなっていったというのも一因ではある、と思う。
「辻占の婆様、辻占の婆様。今は黄昏、流れるは帰る人の群れ。この世に漂います一糸を手繰り、我が命運をお告げくださいませ」
そんな胡散臭い噂の実証に、僕は今、立会人として付き合わされていた。
あまり人目を気にする必要のない、閑静な住宅街の一角に架かる小さな橋。そこに向けて、友人が大真面目に両手を合わせている。噂が収まらない辻占い師に興味を抱き、ついに今日、やってみたいから付き合ってくれと言ってきたクラスメートである。
名字を米藤という彼は、基本的には落ち着いているし、人を見極めるために一歩引いた態度も取れる、のだが。同時に好奇心旺盛なので、怪しくても一線ギリギリまで行ってしまう悪癖の持ち主でもある。そのため放っておけない。仮に僕が付き合わなくても、共通の友人のうち誰かが「お前一人で行かせるのは不安」と付き添っただろうと想像がつくくらいには。
「……、……。何も起きねぇな。
「いや全く。良かったな米藤、ガセネタで。お前の悪運が働かなかったぞ」
「えぇー、何かそれはそれでガッカリっつーか」
「僕は明日、みんなに言いふらせるネタができて嬉しい、よ……」
しゃがみ込んでいたところから立ち上がる米藤に笑いかけながら、何気なく見やった橋の先。ピタリと視線が止まり、一瞬、すべての音が消える。向かいにも、誰もいなかったはずなのに、忽然と小さな人影が現れていた。
僕が固まったことに気付いて、視線の先を追った米藤も固まる。何も言葉を交わせない中、小さな人影は滑るように橋を渡り、こちらへ歩いてきた。ゲームやアニメに出てくる、ローブを纏った魔法使いのような姿。杖を突き握りしめる手には、老いを明らかにする
「わしを呼んだな、わしを呼んだな」
ひどく
「見てやろうぞ、見てやろうぞ。これまで我らを呼んだ者たちと同じように。
足元を疾風がすり抜ける。その風が、知らないうちに縛り付けてきた透明な縄を、切り落としてくれた感覚があった。解放されたと理解する頭をよそに、目は前方、現れた辻占い師に襲い掛かる黒い影を捉えていた。
「なぜ……ッ! 我らの足跡など、捉えられぬはず」
「捉えられないから、私が駆り出される羽目になったんだよ」
からん、ころん。こちらも突如として、背後から草履の足音が転がってきた。気怠げな女性の――どこか聞き覚えのある女性の声もやってきた。
辻占い師は、黒くて大きい蛇のようなものに巻き付かれ、身動きが取れなくなっている。実際、黒いものは本当に蛇らしかった。黄昏の光に、鱗の光沢と微妙な色合いの模様が照らし出されている。
「きみがどういう手段でもって、人目を掻い潜り術を振り撒いていたのか。その理由は明かさずとも良いね。そんな暇はないし、私の役目でもない」
言いながら、声の主は僕たちの横側を通り過ぎ、辻占い師と相対する。一つまとめにされた明るい茶髪が揺れ、涼しげな装いに包まれた後ろ姿は自然。鮮やかで目につく赤い草履もまた、夕焼けの光を弾いている。
「私の役目は、身内に美味しいお菓子を買って帰ることなのでね。うん、早く帰りたいんだ。だからさっさと片付けさせてもらうよ、さようなら」
どこまでも軽く、投げやりですらある言葉を受けて。辻占い師に巻き付いていた蛇が、とんでもなく大きく顎を開く。ぎゃっ、と嗄れた叫びごと、老婆は抗う間もなく呑み込まれてしまった。
唖然として声も出せない僕たちの前で、蛇は何事もなかったかのように、するする女性の足元へ消えていく。からん、と一つ足音を転がして、現れた女性がこちらを向いた。左目に
「さて、私のことを見てしまったきみたちには……、あれ? 米藤くんじゃないか。きみがあれを呼んでしまったのかい?」
「ニ、ニシキさん……」
どうやら米藤とも面識があったようで、ニシキさんと呼ばれた女性は、呆れた顔と声で米藤を覗き込んでいる。「それに」と、僕の方を向いた時は、にやりと笑っていたが。
「そっちのきみは、いかにも無害そうな顔をしているくせに、夢に入り慣れている子じゃないか。何だ、きみたち知り合いだったのか」
早く帰りたいとまでぼやき、面倒くさそうだった気配はどこへやら。一変して上機嫌に話しかけてくる女性は、あの青い光を抱く透明な熱帯魚の夢で会った女性と相違ない。髪型や服装は違っているが、片眼鏡が何よりの証拠だった。まさか、現実世界でも会うことになるなんて。
「いやぁ、苦手な奴から急に引っ張り出されてちょっと嫌な気分だったんだけど、見知った顔に会えるとは! きみたち、変なもの呼び出したことへの小言ついでだ、お茶に付き合いたまえ」
頭が追いつく前に、有無を言わせない熱量で押し切られる。がっしりとお互い片腕を組まれ捕まえられ、僕たちは強制的に、お茶に付き合わされることとなった。
▷▷▷
「占いというのは、本当は軽々と手を出してはいけないんだよ。現代では往々にして詐欺の温床だからという理由もあるが、あれは他者の内側を見る行為なのだからね。同時に、魔が心へ付け入る隙を作ってしまう行為でもある」
何か飲食できるならどこでもいい、とニシキさんが選んだのは、駅前にあるファストフードのチェーン店。米藤と初めて会った時も、ショッピングモールの同じ店で、読書に関する話をしたらしい。
米藤はニシキさんと仲良くなったどころか、たまに手紙のやり取りをしているという。しかも、その文通は都市伝説としても聞いたことのあるやり取りだったので、もう僕の頭は限界を迎えそうになっていた。
「実際、あの占い師は噂の
期間限定のフルーツジュースを美味しそうに堪能しながら、ニシキさんは何でもないこととばかりに、僕たちが遭遇した辻占い師について語る。あの蛇で容易く呑み込んでしまっていたのを見るに、ニシキさんにとっては、脅威ではなかったのだろう。
「ま、ちょっと人手が要ったというだけで、広範囲に被害が及んでいるとか、大げさな話じゃない。きみたちは運が悪かっただけさ。私と別れた後、いつも通り帰宅する。それでいい」
できるか。
と、ツッコみたいところは山々だが。僕も米藤も、不思議な側で知った顔を見て説明を受けたゆえなのか、一周回って落ち着けている。パニックを起こして人に迷惑がかからないのは良いけれど、怪異やそれに対応して見せた存在との遭遇に対して、この冷静というのは、何だか……悲しいような、残念なような。
しかし、僕の複雑な心境が読み取られるなんてことはなく、ニシキさんはのんびりとした態度を貫いている。
「男児のきみたちには、あまり注意は不要かもしれないが。どちらにしろ、占いなんてろくなことが起きないから、聞いても近寄らず関わらないように。中には本当に、心を見る行為を上手く扱えている人もいるけれど、そんな人はあまりにも少なすぎて稀だし、いたところで善人とは限らないからね」
「だってさ。分かったか米藤」
「はぁい……」
心なしか、米藤は肩身狭そうにアイスコーヒーを
「ところで、朝崎くんにはあまり影響が無かったようだね。やっぱりというか、きみ、妙にこちらと近いもの。前も似たようなことを訊いた気がしなくもないけど、誰か人ではないものから、気に入られでもしたのかい?」
「……、……気に入られているのかどうかは、分かりませんけど」
前回、夢の世界で会った時には警戒して話さなかったけれど、色々と分かった今ならもう良いだろう。米藤と違い、ミルクと砂糖を入れたアイスコーヒーを掻き交ぜて、口を開く。
「僕は一回、神隠し? みたいなものに遭ったらしくて。……米藤には話したっけ」
「あー、去年に聞いたな。あれだろ、他校の高校生二人が行方不明になった山で、だったんだろ」
「そうそう。……なのでちょっと、話し辛さもあるんですが。ともかく、僕はその山で不思議な事に遭遇して、戻ってきたんです。その時、虫籠を無くしたんですけど、そっちは次の日に戻ってきて。何でか石が入ってたんですけどね。何の変哲もない石ですけど、今も家に保管してあります」
「なるほどね。合点がいった」
とん、と。ニシキさんがプラスチックのコップを置く。ぎっしり氷が詰まったコップは、どれくらい飲み物が残っているのか分かりにくい。ただ、ぼたぼたと水滴が次々落ちていく。
「その石は、引き続き大事にしておくといい。何かあれば、きみを守ってくれるだろうから」
微笑むニシキさんは、親しみやすい空気が変わらないでいるのに、何を考えているのか分からない。底知れない雰囲気があるようにも見えたけれど、不気味でも、恐ろしくもなかった。
間もなく、購入した飲み物を全員が飲み終えたところで、突発的なお茶会は解散となった。すっかり機嫌が良くなったニシキさんは、言っていた通りお菓子を買って帰ると駅前商店街へ向かったため、僕たちとはファストフード店前で別れた。
「……さすがに、明日みんなに話すのは無理だな」
「だな。でもびっくりした、朝崎もニシキさんと知り合いだったなんて」
「僕だってびっくりしたよ。お前がわりとオカルト話好きなことは知ってたけど、まさか都市伝説と手紙の送り合いしてるとは」
「いや、あれは偶然の遭遇だったんだよ……」
喋りながら改札を抜け、いつものホームに立つ。もうじき電車が来ると告げるアナウンスが、人混みの中へ溶けていく。できるか、と突っ込みたかった平凡な帰宅は、あっさりできあがりつつあった。アナウンス通りにやって来た電車に乗れば、完成まであと半分ほど。
車両に流れ込む人の波の一部になって、僕たちは開いたドアとは反対側、閉まったままのドア前に落ち着く。横向きで肩を預けた先には、ガラス越しの反対ホームも見えていた。あちらには人がほとんどいない。
ドアが閉まる音がして、電車が動き出す前の、米藤との会話が途切れてちょうどの、間隙。何気なく反対ホームを眺めていた目が、人影を捉えた。ぽつんと立ち尽くして、電車を眺めている一人。他校の制服を着た男子高校生を。
どうして、その姿が目に留まったのかは分からない。何らおかしなところは無いし、僕たちとは別方向へ帰る学生だっている。けれど、僕の目は吸い込まれて、そして釘付けになっていた。実際には分にも満たない時間だったのに、長時間、そうなっていた錯覚さえした。
ゆっくり、車両が動き出して、男子高校生ともすれ違う。その一瞬、目が合った、気がした。知っているようで知らないような、奇妙な感覚も、した。
「――朝崎? どうした?」
電車が駅を抜け、暗くなっていく景色の中を走っていく。揺れや車輪の音と一緒に、米藤の問いかけが、僕を引き戻してくれたように聞こえた。
何でもないと答えながら、また別の話題で会話を再開する。次の駅へ着く頃には、気になる物事はなくなっていた。
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