第11話 飴色/色形と中味

 いいな、と直感した色であめを作ると、当然美味しい。夏は特に直感が冴え渡るから、好きな季節だ。といっても、日中は暑くて気軽に出歩けないのが、残念なところでもある。

 鼈甲飴べっこうあめみたいな飴の色を指して飴色と言うけれど、琥珀こはくのように濃くて深い色だけが、そうというわけではない。飴の色は虹の色、どんな色だって飴色だ。丸っこいガラス瓶の中、詰め込まれた飴玉を照明に透かすと、なおのことそう感じる。あたしが見てきた世界の色、その数は七色を容易く超えている。

 今、あたしが滞在している世界は、故郷がある世界と文明も発展の仕方もかなり近い。けれど、見た色をそのまま飴玉にするという、あたしの力は非凡なものらしい。そのため、飴玉を作るところは、ここではほとんど誰にも見せていない。できた飴玉は至って普通の飴玉なので、こうして普通に売ったり配ったりしているけれど。

 あたしが作る飴玉の味は、何の色を見て、あるいは想像して作り出したかに左右される。花の色を見て作ったのなら甘くなるし、空の色を見て作ったのなら爽やかになる。木の色を見て作ったのなら奥行きのある味わいになるし、人を見て作ったのなら……わりと当たり外れが多くなる。人は見かけによらず、というやつだ。

 持っていた瓶をカウンターの上に戻し、店内同様に整列した瓶詰め飴たちを、同じ目線になって眺める。パステルにビビット、グラデーション。食べずとも、眺めるだけで既に楽しい飴玉。この世界の人たちは、あたしの飴玉をSNSとやらに載せたがるし、勧めてくれるが、あたしは部外者なので無理だ。試してみたことはあるが、載せても表示されなかったし。

 作った飴を眺めながら、色々と思いを馳せていると、ドアベルの音が転がった。平日の、朝と昼の間にある微妙な時間帯。来客がほとんどないからと油断していたこともあって、「いらっしゃいませ」と迎える声が裏返ってしまった。

 ちょうど真正面、入口のドアを閉め、ぐるり店内を見回すお客さんの姿は一つ。左目に掛けた片眼鏡モノクルが何より目を引く、明るい茶髪を一つまとめにした女性だ。襷掛たすきがけをした着物のような上着に、色は暗いが素材は軽いのだろうワイドパンツも、夏というよりは秋を思わせる色彩で、季節外れ気味ゆえか目立っている。

 からんころんと足音を転がして、女性はゆっくり店内を回り始める。全体的に落ち着いた色彩をまとう中で、草履の赤だけが華やかで鮮やか。見れば見るほど不思議な印象を受ける女性だった。それに何だか、雰囲気も普通の人とは異なっているように感じてしまう。


「……なるほど」


 瓶を手に取ることもなく、ただのんびりとカウンターまで歩いてきた女性は、一言つぶやく。内心、首を傾げていたら、焦げ茶の瞳がこちらを射抜いた。


「きみ、別の世界から来た人だね」

「えっ」

「飴玉からも瓶からも、きみの気配と近しいものを感じ取れる。何らかの工程を経たのではなく、きみが直接作り上げているんじゃないのかい?」


 にこにこと親しみやすい笑顔で、女性は当然のように不思議を語り、指摘する。とすると、このひともまた、ここではない別のところから来た人なのかもしれない。


「私と手紙のやり取りをしてくれている人が、このお店を教えてくれたんだ。都市伝説……噂になっている飴屋さんがあると」

「ああ、皆さんお話してくださっているらしいですね。ありがたいことです。……さっきのお言葉ですが、はい。このお店にある飴玉も、瓶も、あたしが自分で作ってますね」


 一応、確認らしかった言葉に答えておいた。このひとはどうやらお仲間らしいし、飴玉を作るところも、見せてしまって大丈夫だろう。

 きらきらと細かく光る粒が音もなく現れ、集まって半透明の玉を作り、ころんと手のひらに転がる。何の前触れもない実演を、女性は興味深そうに眺めたのち、拍手を送ってくれた。


「素敵な魔法だ。素晴らしい」

「えへへ、ありがとうございます。あ、お客さんにお出しするものは、ちゃんと手袋をして作ってますのでご安心を」


 シンプルかつストレートな褒め言葉に、思わず照れてしまったが、衛生的に悪印象かもという気付きですぐ頭が冷えた。幸い、女性はあんまり気にしていないようだったけど。

 ひとまず、作った飴玉は自分用の瓶に入れて、改めてお客さんと向き直る。何となく、女性はお喋りをしたそうな感じだった。あたしもお喋りは好きだから、もしそうなら応じたい。


「お客さんも、その……別の世界からお越しになられたんですか?」

「いかにも。私は誰かと交流するのが好きだし、散歩も好きなのでね。先も言ったかと思うが、今日は手紙で教えてもらった、噂の飴屋さんとはどんなものかと来てみたわけだ。いやはや、たくさんの品数で驚いてしまったよ。見るだけで既に楽しいね」

「ありがとうございます。飴は、あたしが見て綺麗だなーって思った色から作れるんですよ。例えば、これは先月、紫陽花あじさいを見て作った飴で……」


 青とピンク、白と紫。計四色の飴玉が詰まった瓶を持ち出して、自分の摩訶不思議な力を説明する。立たせっぱなしなのが申し訳なくなって椅子を出したら、いつの間にか、お店そっちのけのお喋りが開幕してしまった。

 お客さんはニシキさんと名乗っていて、色んな人と手紙のやり取りを交わしているのだという。手紙は、紅葉一枚伴わせるだけでニシキさんの所へ届いてしまうというのだから驚きだ。一体どんな魔法を使っているのか訊いてみたけど、「極秘事項だよ」とはぐらかされてしまった。


「――ああ、商品も買わないで、話しすぎてしまったね。営業妨害をしてしまったかな」

「いえ、そんなことは。ちなみにですけど、お気にめした商品、ありました?」

「うーん、どれもこれも魅力的で悩ましい。愉快な身内にお土産で買っていきたいが、はてさてどれなら気に入ってくれるか」


 お世辞ではなく、本当に購入を検討してくれているらしい。改めてぐるりと店内を見回すニシキさんの顔付きは、真剣そのものだ。


「お土産でしたら、贈るお相手をイメージした飴玉を作ることもできますよ」

「そんなこともできるのかい。ちなみにおいくらかな?」


 カウンターに向き直って、心なしか身を乗り出しているニシキさんに、説明用のボードを差し出す。イメージする相手一人分の値段、飴玉の個数の値段、そして瓶の値段の合計値。あたしの労力がそこそこかさむので、商品の中でもそこそこ張るお値段だけれど、ニシキさんはご自身含めた三人分イメージ九個入りを一瓶、お買い上げを即決してくれた。

 決まったところで最初に作るのは小瓶。特にこだわりはないとのことだったので、カウンターに並ぶものと同じ、丸っこいデザインとして作り出す。


「よし、と……次は飴玉ですが、ニシキさんは目の前にいらっしゃるので、すぐに作れますね」

「ふふふ。どんな色になるのか楽しみだね。まあ、大方の予想はついているんだが」


 にやりと笑うニシキさんに、あたしもにやりと笑う。予想通りになるかどうか、というやり取りは、これまでにも何度かやっていたので。

 ニシキさんへ差し出すように開いた手のひら、今度は手袋をはめた上に、きらきらと橙色の粒がまず現れる。それから紫の粒が現れ、グラデーションのかかった飴玉ができていく。次いで、赤く光る粒が現れたかと思うと、もうできていた飴玉に降り注いで、斜め一線に粒模様を刻んだ。

 からん、と。最初に瓶へ落とした、三つの飴玉の様相は、さながら黄昏時の紅葉。けれどよく見れば、そのカラーリングはニシキさんがまとう服装と同じだった。橙色と濃くて暗い紫、そして赤。グラデーションの境には茶色が見えているから、髪の色まで同じに見える。


「うん、予想通り。やっぱり私の色合いとくれば、そうでなくちゃ」


 好きな色合いでもあるのだろう。ニシキさんは嬉しそうに、くつくつと笑っている。あたしはあたしで、予想を裏切れなかったことが、ちょっと悔しかったけれど。

 続けて、ニシキさんの言う「愉快な身内」のお二人をイメージした飴玉を作っていく。通常なら話を重ねてイメージを固めていくのだけれど、ニシキさんは直球で「アメトリン」と「真雁」という言葉をくれたので、こちらもすぐに作ることができた。……アメトリンと真雁という名称が、印象として出てくるなんて、一体どんなひとたちなのか。正直すごく気になる。

 アメトリンという言葉を受けて作った方は、その名を冠した宝石とほとんど同じ、透明度の高い紫と黄色が混じり合う菱形の飴。色合いだけなら、先に作ったニシキさんイメージの飴玉と似てもいる。真雁という言葉を受けて作った方は、茶色と橙色と青緑の三本線が、等分のような模様を作るという形。地の色とも言える平たい丸形をした飴の色は、うっすらと蜂蜜を溶かしたような、黄色がかった色をしていた。


「ははは、すごいな。見るだけであの子たちの顔が浮かぶよ」

「ご指示がピンポイントだったおかげです」


 最後の一粒も収められ、コルク製の蓋を締めた小瓶。ニシキさんに渡したそれは、色んな角度から観察されていて、作ったこちらが照れてしまうくらいだ。

 料金をちょうどで払ってもらい、小箱と紙袋に入れ直した商品を渡し直す。外はますます暑そうな気配が増していたが、ニシキさんは上機嫌で、心配ご無用だと笑う。


「素敵なお土産をありがとう、飴屋さん。またお会いできたら嬉しいね」


 ひらり手を振って、赤い草履を軽快に鳴らして。ニシキさんはお店を出るなり、そのまま姿を消してしまった。さすがに、ドアから出てすぐいなくなるお客さんは初めてだったから、思わず後を追って飛び出してしまった。

 今日、お店を開いている場所は、大通りから外れた路地のうち一つ。わりと色んなお店が開いているところで、それが逆に、うちの店をひっそりと紛れ込ませてくれている。

 青々と晴れた空の下、昼時が近いのか人が多く、何より暑い。ニシキさんがいないと分かると、あたしはすぐさま店に逃げ込んだ。そうしてまた、カウンターの内側に入って、頬杖をついた。

 少しだけ見た空の色も良かったけれど、その前に。ニシキさんの姿を思い出しながら、黄昏時の紅葉といった飴玉を再現する。大差なく手のひらの上へ現れたそれを、口に放って転がすと、柔らかな甘みがにじんできた。優しくて、どこか懐かしいようで。だからこそ、舐め終えてしまったら、きっと寂しくなってしまう。そんな予感がする。

 人は見かけによらずパターンじゃなくて良かった。くすりとこぼれる笑みをそのままに、飴玉を転がす。まばゆい夏を窓ガラス越しに眺めながら、舌の上では秋を先取りして。あたしは今日ものんびりと、飴越しにに思いを馳せている。

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