拝啓、かつての君へ

Kurosawa Satsuki

独白

プロローグ:

【インストール完了】

【心拍数、正常に作動】

【これより、記録を開始します。】

今から語るのは、俺という人間の一生だ。

俺がどこで生まれ、どこで育ち、

どういった形で成長し、

どういう理由で死んだのか。

ただそれだけの話。

面白くもない、ただの自分語り。

俺に関するそれ等のデータが、

この一冊に全て記載されている。

いわば、成長記録や日記のようなものだ。

そう、全ては大雨の降る夕刻から始まった。


モノローグ(独白):

昔はよく笑う子供だった。

気持ち悪いと言われるから笑うのを辞めた。

今度は無愛想な奴だと言われるようになった。

笑いたければ笑えばいい。

誹謗も賞賛も他人事。

俺は今まで色んな人から嫌われてきた。

人格も否定されたし、存在も否定された。

だから諦めることにした。

都合の悪い事には目を瞑った。

そうする事で、自分を守ってきたんだ。

最初から最後まで逃げてばかりだった。

結果、このザマだ。

その癖、いつか自分は報われるとか、

立派な人物になれるとか、

淡い期待を抱いている。

結局は自分次第だって、

占いでも言っていたじゃないか。

そして、くだらない妄想ばかり。

以上の点を踏まえた上で、俺はこのくだらない物語を残そうと思う。

批判するやつもいる。

評価すらされないことを嘲笑う者もいる。

だが、嫌われる事には慣れている。

今更、自分の作品を世間に出そうとは思わない。

出したとしても、他人からの評価を望むつもりは無い。

そもそも、評価すらされないのだから、

淡い期待を抱くのはやめよう。

俺は俺、他人は他人。

他人にとっての正しさよりも、

自分にとっての正しさを信じたかった。

二十歳の時に遺書を書いた。

夢も希望も、得た分だけ失った。

俺の願ったものは全て、夢物語に過ぎなかった。

終わりたくはないが終わるしか選択肢はなかった。

自分の望み通りに生きれないなら、

死んでいるのと同じだ。

今の俺は、さながら街を歩く屍だ。

馬鹿は、何年経っても馬鹿のまま。

自分を馬鹿だと自覚しないまま。

俺だってそうだ。

これが、自分に負けた愚か者の末路だ。

そして俺は、生きることを諦めた。

偽善者になれと、彼は言った。

なんだお前、常に気持ちの悪い笑みを浮かべながら嘘をつけというのか?

と、俺は彼に言い返した。

頭を下げろ、自分を隠せ、

嫌なら俺が、お前の代わりにお前を演じる。

これも全て、お前のためだ。

お前も面倒ごとは嫌いだろ?

たとえ理不尽でも、お前が我慢すればいい。

事を穏便に対処すれば、それ以上は問題にならない。

平和に越したことはない。

確かにそうだ。

俺は、彼の言葉に納得した。

…………………………………………

大人になるという事。

それはつまり、責任が増えるという事。

人の愚かさを知るという事。

守るものが増えれば増えるほど、

自分を殺せなくなるという事。

自分を認められないまま大人になってしまった。

いや、大人になった訳じゃない

時間と共に老いただけだ。

分からないものが増えただけ。

見えない誰かのせいにすることで、

自分の正しさに安心するような最低な人間になった。

何も無いのに綺麗事ばかり思いつくような、

どうしようもない馬鹿になった。

何をやっても中途半端で、変わることを恐れて逃げる

情けない奴になった。

誰かの不幸から目を背けるような、

美しいものを妬むような醜い人間になった。

もう戻れない、死にたい癖に死ぬ勇気もない。

感謝もされず、感謝もできず、

俺は今も子供のままだ。

いつまで逃げる気だ?

そう心の中で誰かが言っている。

傷ついた分だけ人を傷つけてきた。

俺も人の事言えないな。

そんなくだらない事を考えながら、

今日も俺は、

身支度をしてボロアパートを出る。

ナナシ荘の二階、

二〇一号室、家賃は月々三万円。

ここが俺の住んでいる部屋だ。

借金が原因で父親と離婚した母親、

そんな母親や大嫌いな姉から逃げるために俺は上京した。

変な団体に洗脳され、

くだらない思想にのめり込む母親。

働かずに文句ばかり垂れる姉。

生活費の半分は、団体のお布施として消える。

俺も、母親に無理やり入信させられ、

理解できない教えを強制されて、

首を吊ろうとした事もある。

思い出しただけで吐いてしまう。

あの頃は本当に、笑えもしない日々だった。

一応、このアパートには幽霊も住んでいる。

事故物件ではあるが、今の俺にはどうでもいい。

勤務先の工場に向かう途中、

元気にはしゃぐ通学中の学生達を見かける。

こんな自分にも、あんな頃があったはずだ。

他人の真似事だろうが、夢中になりながら、

色々と書いてきた。

だが、もう書こうとは思わない。

いや、思えなくなってしまった。

どうしても、他人からの意見が怖くて、

執筆するどころじゃないし、気力もない。

言い訳だ、甘えだ、そんな言葉が思い浮かぶ。

書くのを辞めたとは言っても、

まだ書き続けていたいという欲はある。

不器用な自分に縋りたい気持ちがある。

生きる理由がそれくらいしかないのだから、

仕方がないだろう。

努力すればいつかは報われる。

頑張った分だけ自分に返って来る。

今の自分は、過去の自分がしてきた努力の結果だ。

だとしたらあのまま、あともう少し頑張っていれば、

こんな自分でも、誰かひとりやふたりくらいは、

認めてくれたのでは無いか?

今よりもマシな人生だったのでは無いか?

今更後悔して、感傷に浸ったところで意味は無い。

過去の自分がしてきた事を幾ら嘆いても仕方ない。

神様だって、諦めた者に救いの手を差し伸べるような

お人好しでは無い。

それでも、僅かに希望があるのだとするなら...

そうだな、

それじゃ、もしもの世界を描いてみようか。

................................

人を呪わば穴二つ。

仏の救いも待ちぼうけ。

自分がやらずに誰がやる?

報復宣言、爪痕残す。

この言葉を胸に、自分なりに突き進んで十年経った。

今はまだ、小さな部屋でしか見れない淡い夢だが、

それでも、自分の理想を諦めていなかった。

見ず知らずの誰かに馬鹿にされようが罵られようが、

そんな事はどうでもよかった。

出版も、映像化もしなくていい。

誰になんと言われようが、

自分の書きたいものを書きたいだけ書く。

自分の正しさを信じ、自分の思った事を文字にする。

そんな思いを抱きながら、また一つ物語が完成した。

世界観はバラバラだし、文脈も雑、

何を伝えたいのか解らない内容で、

それは、とても褒められるようなものでもなく、

まるで、野良猫が書いた作文のように、

酷く下手なものだった。

だが、これでよかった。

今のところは、これで満足している。

タイトルは、妄想ピアニスト。

ゆくゆくは、絵本にするつもりの作品だ。

とはいえ、子供にもわかるようにもっとわかりやすい文に直さなないといけない訳だが、

それは、後でやる事にしよう。

独り言を呟きながら、創作用のノートパソコンを閉じ、背伸びをしながら立ち上がる。

白いカーテンを開けると、休日の暖かな日差しが狭い部屋いっぱいに差し込む。

今日も空は快晴だ。

俺は、ため息をついてから、

手提げバッグを持って家を出た。

道中で、こんにちはと近隣の人に声をかけられ、

わざとらしく笑顔で答えた。

自転車を漕ぎながら、目的地に着くまで、

次に書く小説や、イラストについて考える。

またググって他の作者のポーズを真似るか、

それとも、たまにはググらずに試してみるか。

絵のレベルは、昔よりマシになったが、

人の真似ばかりするところは、

昔から成長していない。

そうこうしてるうちに、目的地のコンビニに着いた。

今日は、そぼろ弁当とカップラーメンとジュースを買い、寄り道せずにアパートへ戻った。

明日からまたバイトがあるが、

一応、修正くらいはしておこうとノートパソコンを開き、そして気づけば、深夜零時を回っていた。

そして、更に十数年が経った頃、

俺は、専門学校時代の仲間と共に、

制作会社を設立し、

今まで書いてきた作品を次々と発表した。

初めは、低評価ばかりだったが、

それでも少しずつ周りの評価も変わっていき、

今では、低評価すらも気にしないくらい、

精神的にも安定した日常を送っていた。

やっぱり、書き続けていたいし、

みんなに見てもらいたい。

以前は、出版も映像化もしなくていいと思っていたが、それでも今は、書きたい欲の方が強くある。

俺は、やれるところまでやってみることにした。

結婚もして、子供もできた。

結婚なんか面倒だし、自分には向いていないと思っていたが、こうして人の親になってみると、

案外自分でもなれるものなんだなと実感した。

昔はかなり貪欲で、無駄使いばかりしていたが、

物欲も次第に薄れ、

最近は、必要最低限の物しか買わなくなった。

仕事の都合で、家族との時間も減ったが、

妻や子供にプレゼントを渡すと、

それだけでとても喜んでくれた。

そして、いつの間にか死にたいという欲もなくなっていた。

...............................................................

色々と妄想していたら、陽が暮れていた。

掛け時計を見ると、短針が六を指していた。

あれから四時間は経っている。

俺は低い唸り声を発しながら状態を起こし、

床に散らばっている請求書の束を片付ける。

ふと大事な事を思い出した俺は、

出版社に電話をかけた。

「はっきり言って、貴方の作品は不愉快です。

もう二度と持ち込まないでください」

担当者に強い口調でそう言われ、

電話を切られてしまった。

これで、俺の夢は全て潰えた。

さて、次はどうするか?

俺はまた、目を閉じた。

目を閉じても、中々眠れなかった。

不安で焦り、日々のストレスや隣人が出す騒音のせいでこの日も眠れなかった。

次第に、お酒の量が多くなった。

前は一本で十分酔えたのに、

今となっては、幾ら飲んでも気持ちよく酔う事もできない。

飲んでもすぐに吐いてしまう。

翌日の早朝、いつも通りに出勤したら、

まだ作業着も着ていない状態で上司に呼び出された。

「お前さ、もう来なくていいよ。

後はこちらで処理しておくから、

今日はもう帰ってくれ」

「えっ…?」

突然、仕事をクビになった。

事務室に向かい、上司に理由を尋ねるが、

「お前はもう、この工場に必要ない」

と言われてしまった。

二度目の自殺を決意した。

雑居ビルの屋上へ無断で入り、

投身自殺を試みた。

けど、また失敗した。

早々に諦めた俺は、

誰にも見られていないうちにビルを出た。

一人暮らしをしているボロアパートに着いた。

ドアを開けようとして鍵を鍵穴に入れようとするが、手が震えて上手く差し込めず、

それから色々思い出して涙が零れた。

「ちょっと貴方!そこで何してるの!?」

声のした方に視線を向けると、

普段は滅多に話さない同じアパートの住人がいた。

互いに目が合う。

近所の人は、怯えたような表情で携帯を耳に当てている。

どうやら、この人に誤解されて、

警察に通報されたらしい。

その後、警察に近所の交番まで連れていかれ、

嘲笑されながら事情聴取を受けた。

近所の人は泥棒と勘違いしたようで、

洗いざらい全て話したらすぐに解放された。

交番から戻る頃には、発作も治まっていた。

…………………………………………………

気持ち悪いと言われた。

死ねばいいのにと言われた。

俺は相変わらず笑っていた。

馬鹿にされながらもおどけてみせた。

そうでもしないと、きっと壊れてしまうから。

普通じゃない事に薄々気づいていた。

今思えば愚かな事だった。

恥を晒して後悔ばかり。

そんな自分に腹が立った。

嫌われるのが怖くなった。

迷惑をかけないように、不快にさせないように、

傷つけないように、壊れないように、

頭の中で唱えながら、自分を隠しながら、

必死になって取り繕った。

それでもやっぱり嫌われた。

人の顔を見れなかった。

不安ばかりに捕らわれていた。

周囲の会話すらも自分への悪口に聞こえた。

自分の事が知りたくて、

色んなノートに言葉を書いた。

誰にも言えない思いを書きなぐった。

言い訳が上手くなった。

色んなことから逃げてきた。

逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けた。

人間関係もそうだ。

飽き性なだけだと思うことにした。

大人になっても相変わらず独りぼっちだった。

ここで、場面が切り替わる。

いつもより低い視線。

ここは、俺が見ている夢の中。

目の前で両親が喧嘩をしている。

またお金の話だ。

母親に暴力を振るう父親の姿。

ノイローゼ気味の母が甲高い悲鳴を上げている。

それをただ見ている自分。

姉からの冷たい視線。

「妹がよかった」

「なんでいつもお前ばかり」

「お前さえいなければ…」

恨みの眼差しでそう言われた。

学校に行っても変わらなかった。

虐められたり、気持ち悪がられたりした。

もちろん俺も傷つけた。

何かを伝えようとしてくれた子を突き放した。

後になって、ちゃんと聞くべきだったと後悔した。

転校する時、その子は俺に手を振った。

父親がまた退職した。

働いてはクビになり、働いてはクビになりを繰り返し、その度に母親と衝突した。

酒を飲み、煙草を吸い、身も心も壊していった。

前に住んでいたオンボロ家屋では、

鼠やムカデなどが大量発生して、

虫嫌いの俺にとっては地獄だった。

それでも親は、アンタは恵まれているのだから我慢しろとしつこく言ってきた。

両親と姉の仲が壊れてしまった。

親が姉に対して、

この家の人間じゃないと言った日から、

俺が双方の間を取り持つようになった。

姉は働かず、ゴミだらけの自室に引きこもった。

思い切って親に本音を伝えてみた。

それでもやっぱり理解されなかった。

「甘えるな」

「嘘をつくな」

「自業自得だろ」

「そのくらいでグチグチ言うな」

「巫山戯るな」

「馬鹿な事を言うな」

「アンタのせいだ」

「アンタといると苦しんだよ」

「みんな頑張ってる」

「甘えた事ばかり言って、

自分から変わろうとしないのはお前だけだ」

「悲劇ぶるな、気持ち悪いんだよ」

「なんでこんな事も出来ないの?」

「世界には可哀想な子がいっぱいいる」

「出て行け、もう知らない」

「甘えるんじゃないよ」

「親に感謝しなさい」

「アンタは十分恵まれてるでしょ?」

「ふざけた事言うな」

「こっちも統合失調症で辛かったんだ」

返ってくるのはそんな言葉ばかりだった。

そもそも、人は人の気持ちが解らない。

分からないけど、分かっている気になって、

そのせいで、一般人から正論言われても、

お前に俺の何がわかるんだよって思う。

そもそも、自分中心に人は物事を考えている訳だから、経験したりしない限り、分かるはずもない。

要は、知ったかぶり。

例えば、恋愛経験のない奴が恋愛映画を見ても

あまり共感できない。

というより、その言葉すらも、

所詮は俺の自論でしかないし、

俺の中の正解でしかない。

要するに、理解されないのは仕方のないことだと割り切るしか無かったし、

そうやって被害妄想ばかりして、

決めつけて、押し付けて、

それを当たり前だと思い込んで、

自分の首を絞めて生きずらくしているのは、

深い憎しみ、憤りの矛先は、

他人ではなく自分自身だった。

………………………………………………

生きろなんて言うなよ。

頑張れなんて言うなよ。

甘えるなって言うなよ。

世界がどうとかどうでもいいよ。

親御さんがどうとか、周りがどうとか、

お前には関係ない事だろ?

どうせ何も知らない癖に、

不快なら黙ってどっか行けよ。

偽の同情なんて要らないんだよ。

失望するなら最初から期待するなよ。

自分の理想を押し付けるなよ。

お願いだから、俺の前から消えてくれよ。

大切な人に裏切られたんだ。

ここまで来るのに色々あった。

色んな事から逃げてきた。

確かに過去の自分を手放したよ。

でもそこに、俺の意思は殆ど無かった。

差別もあって、お前らのせいだと何度も言われて、

でもさ、理解されないのは仕方がないよ。

どうしてかな?

神って人が憎いんだ。

いつの間にか信じられなくなったんだ。

信じていたのにな。

届いていたのにな。

許せないんだよ。

こうやっていつも、誰かのせいにするんだ。

もう、どうすりゃいいんだよ…

鏡の前に立ち、写る自分を指す。

「全部全部、お前のせいだ」

醜い顔を睨みつけ、呪文のように呟く。

傍から見れば、悲劇ぶってるナルシスト。

表面でしか人は見ない。

解らないのは当然だ。

生まれた理由。

生きる理由。

死にたい理由。

死ねない理由。

愛する理由。

憎む理由。

考えれば考えるほどキリがない。

葛藤が悪い訳じゃないが、その苦しみには受け皿が必要だ。

だが、俺にはそれが無かった。

それは、大人の事情でもあり、

自身の能力不足でもあった。

やっぱり、答えは出なかったか。

欲しかった言葉も、望んだ答えも、

結局、得ることが出来なかった。

壊したければ壊せばいい。

消えたければ消えればいい。

だが、これだけは忘れるな、

お前にとって俺達は、ただ自分の心を満たす為の道具でしかないのかもしれないが、

少なくとも俺達にとってお前は、

なくてはならない存在だ。

なんて、こんな馬鹿げた妄想ばかりして、

一体なんの意味があったんだろうな?

心の中のアイツがまた、語りかけて来る。

お前は一度でも努力をしたことがあるか?

お前は一度でも周りから賞賛される程の功績を得た事があるのか?

お前は、他人の為に自分を犠牲にしたことはあるか?

お前は、恐れることなく、間違いに立ち向かったことはあるか?

お前は、大切な人達を本気で愛したことはあるか?

自分以外の人間を幸せにしたことはあるか?

どうせ、他人と比べて自分には無理だと弱音を吐くだけ吐いて、勝手に妬んで勝手に自分に失望して、何もせず貴重な時間をどうでもいい事に浪費していただけなんだろ?

もう一度自分と周りを比べてみろ。

お前に足りないものはなんだ?

今のお前はなんなんだ?

不器用ながらも、夢を追いかけながら輝いていたあの頃の方がまだマシだった。

所詮お前はその程度だったという事だ。

何が理想だ?

ふざけやがって...。

与えられた目の前の幸せを無視して、

差し伸べられた優しさを拒んで、

それで自分は不幸な人間だ?

自分を可哀想な人間と思うな。

自分でまいた種に引っかかって、

勝手に自爆しているだけだろ。

承認欲求?自己顕示欲?

被害者面して、他人から同情を得たいだと?

お前が、どれほど人を傷つけてきたと思ってんだ?

一丁前に正義だなんだと語ってんじゃねーよ。

お前が泣いていいわけないだろ。

なんの価値も意味もないお前が、

なんの価値も意味もないもの作って、

いつまで経っても、他人の真似事ばかり。

それがお前のやりたい事か?

自分のくだらない過去をカッコつけて美化すんな。

お前が孤独なのはお前のせいだ。

お前が嫌われるのはお前のせいだ。

いつまでも環境のせいにして逃げてんじゃねぇ。

このクソッタレが。

死にたきゃ死ねよ。

どうせお前一人が消えたところで、

親以外誰も悲しまねぇ。

周りはお前のことなんか、眼中に無い。

どうせ数日経てば忘れるんだから。

お前の為に葬式で泣いた奴がいてもな。

だからよ...とっととくたばりやがれ。

そして、全ての被害者に贖罪しろよ。

死んで詫びれるならそうしろよ。

…………………………………………

夏の終わりに終活を始めた。

ようやく夢が叶ったのだ。

もうこれ以上、この世界に居座る理由はないと思った。

ようやく完成した物語をもう一度見返す。

やはり、とても他人には見せられない程の酷い出来栄えだ。

読み進める度に 笑いが込み上げてくる。

その笑いが涙に変わった時、俺は今まで忘れていた事を思い出した。

本当にこれで良かったのだろうか?

自殺を決意する半年前、遂に書きたかった物語が完成した。

出版出来る程のものでは無いが、それでも自分としては、

満足のいく物が出来たと思っている。

さてと、これからどうしようか。

いっその事、このまま人生を終わらせるか。

せっかくだから その前に、やりたい事をやってからにしよう。

何をしようか。

スマホで時刻を確認する。

もう午後三時を回っていた。

あ、そうだ。

近くにあった一枚の用紙に、

お気に入りの万年筆でメモをする。

なんやかんで この世界に居座る理由が無いとか言っておきながら、

やりたい事がありすぎるなんて、なんか矛盾していると思う。

そんなことを思いながら 、

やりたい事を用紙に黙々と書き続けた。

まず一つ目は、美術館に行こう。

決して有名とまではいかないが、

業界ではそこそこ知られていて、

プロ絵師達の絵画が所狭しと飾られているという、

都内では有名な所がある。

水彩画、油彩画、アクリル画、

デッサンとコーナー事に別れていて、

小さい頃にたまに行っていたが、何度行っても、

そのどれもが 俺の心を魅了した。

俺には 何年かけても描けないものだと思った。

二つ目は、昔から好きなバンドのライブを見に行こう。

昔程ではないが、今では すっかり馴染みがあり、

ライブでも 会場内は 満席状態になるほど人気らしい。

それからも、海に行ったり、好きなものを食べたり、一人で温泉旅行に行ったり、

お気に入りの曲を聴いたり、弾いたり、

本を読んだり、アニメを見返したりしよう。

どうせ死ぬなら…

辞めだ辞めだ、どうせ死ぬんだし、

何したって同じだよ。

だいたい、遠出を出来るほどのお金なんて俺には持ち合わせてない。

それから俺は、外に出かけること無く、

部屋でゆっくり遺書を書くことにした。

遺書の内容は、小学生の作文みたいに、

自分の人生の事、なりたかったもの、

小説のネタバレ、未来の自分に伝えたいこと、

最後に別れの一言といったように 順番に書いていった。

死ぬ前に自分へ伝えたい事。

やりたいことを全部やれ。

何をしても後戻りは出来ない。

後悔のない人生を。

悪に堕ちても構わない。

最後に心から笑えるように。

今まで出来なかった事をする。

この物語は君だけのものだから。

俺は、遺書を書きながら何度も過去を思い出し、

そして、何度も泣いた。

後悔した事は幾つもあった。

幼い頃に 自分にやさしくしてくれた女の子を傷つけたり、学生の頃から付き合っていた彼女と些細ないざこざが原因で別れたり、色々と趣味を持つも どれも中途半端で続かずに諦めたり、 作家になろうと親元を離れて 一人暮らしをするも

失敗続きで夢を諦めてしまったりなど 、

例を挙げれば数え切れない。

けれどもう戻れない。戻ろうとも思わない。

今日俺は、死ぬ。自分を殺して人生に決着を付ける。

書き終わるとすでに午後四時を回っていた。

そろそろ行くか。

俺は、直ぐに支度をして外へ出た。

勿論 愛用の手提げバックの中には、

小説の原稿と古びた筆記用具、

遺書などが詰められている。

俺は、一人暮らしのアパートに別れを言い、

ゆっくりと鍵をかけた。

.........................................................

“黒澤咲月。

19××年○月×日、

男、△型、30歳。

本当の自分を知りたい”

これをメモ用紙に書き込み、

個人鑑定を行っている占い師の元へと向かった。

一言も喋らずにいる俺を見て、占い師は少し動揺していたが、しばらくメモ用紙を眺めた後、

タロットカードと、オラクルカードを用意し、

カードを机の上に広げ、診断を始めた。

結果は、思った通り、

聞こえのいい慰めの言葉と、

物質的な幸福よりも、

精神的な幸福といういつもの精神論、

それと、

「手放せ」

「全ては自分次第」

という残念な言葉だった。

勿論、自分の中で答えは決まっていた。

俺は今まで、自分の事は自分にしか解らないと思っていた。

だが違った。

一番自分を理解できていないのは、自分自身だった。

答えはここへ来る前から出ていた。

正しいかどうかは分からないが、

自分にとって一番納得のいく答えをようやく出せたような気がした。

だから、今日は答え合わせに来た。

カードや、占い師の言っている事が正しいとは言わないが、もう一度、確かめたかった。

ただそれだけだ。

これで満足か?

あぁ、そうだ。

全部お前の言う通りだ。

俺は世界で一番、碌でもない男だ。

自分で書いた小説だってそうだ。

自欲を満たすためだけに書いた空想の産物。

あんなものは、ただの独りよがりでしかないんだ。

そのくせ、自分にとって都合の悪いことは神のせい。

知ったかぶって、一番この世界を理解していなかったのは、俺の方だった。

正しく因果応報、自業自得だな。

すまんな、こんな俺になっちまって...。

謝るくらいなら、最初から後悔するような事はするな。

そうだな。

今までのお前が、今のお前を作った。

そのことを忘れてるな。

もう、どうなってもいいや。

どうせちっぽけな命だ。

辛いのは皆同じ。

人間関係にもいい加減飽きた。

なんでもいい。

なんだっていい。

どうだっていい。

どうせ、全て作り物だ。

俺も、周りの人間も、この世界も。

善も悪も、本当は存在しないんだ。

俺らが勝手にそう呼んでいるだけ。

結局今までの日々はなんだったんだろうな。

今となっては虚しいだけだ。

それで、これからお前はどうするつもりだ?

なぁ、少しだけ休んでもいいか?

俺も、そろそろ疲れたんだ。

しばらく、ここで寝かせてくれ。

あぁ、もっと自分に正直に生きればよかった。

本当に、ごめん。

俺、自分に負けちまった。

…………………………………

執筆を終え、キーボードから手を離す。

気づけば、深夜二時を過ぎている。

ここは現実である。

涙が溢れる。

手が震える。

呼吸が乱れる。

書き終える直前までは何ともなかった。

知らない方が生きやすい事もある。

気づいてしまった。

また過去を思い返す。

楽しかった記憶よりも、苦しかった記憶の方が、

より鮮明に想像できる。

ただただ、悔しい。

何に対して悔しいのか分からない。

期待ではない。

‘’自業自得だ”

“いつまで逃げる気だ?”

頭の中の彼奴が攻めてくる。

文字が、彼奴の言葉が羅列する。

彼は…笑っている。

“ざまぁみろ”

聞きたくないのに聞こえる。

「アッ…アッ…」

喉がつっかえて、上手く言葉を出せない。

自分自身が分からなくなる。

もう、生きたくないな…

人生なんて、こんなもんか…

部屋を飛び出そうと玄関まで駆ける。

そこで意識が途絶える。

心電図モニターから出ているような音が、

頭の中で繰り返し鳴り響く。

………………

向かった先は、海が一望できる場所だった。

着いた時には午後五時半を回っていて、

丁度夕日が落ちる頃だった。

臆病な俺が選んだのは 入水自殺だった。

勿論 もっと綺麗な終わり方があることくらい分かっている。

けど、俺にはこれしかないんだ。

許してくれ。

崖の先端まで進み、バッグを下ろす。

自分が書いた小説の主人公と同じように。

あぁ、何やってんだ俺は。

一体 何がしたかったのだろうか?

何を見つけたかったのだろうか?

どうしたかったのだろうか?

俺の生きる意味って、なんだったんだ。

本当にこれでよかったのか。

そっと深呼吸をする。

そして 次の瞬間、

夕日の見える崖から真っ逆さまに飛び降りた。

それは、一瞬の事だった。

真っ逆さまに落下した後、

通行人が俺を見つけて救急車を呼び、

すぐさま病院に運ばれたが、

翌日死亡が確認された。

そして 誰の目にも触れること無く、

俺の生涯は幕を閉じた。

結局、書きたいものはなくなったし、

何一つ叶わなかったけど、

まぁ、それでもいいか。

今回は失敗だったという事で。

それじゃ、いつかまた何処かで。


エピローグ:

ここは何処だ?

お前は誰だ?

お前は私だ。

私はお前だ。

どうしてここにいる?

理由もなくここにいる。

真っ白だ。

視界に映るのは真っ白な世界。

私は死んでいるのか?

それとも、死に損ねたのか?

死に損ねたってどういう事だ?

私は、死にたかったのか…?

…………………………………………

私はかつて、男だった。

夢を諦めた情けない男だった。

人の不幸で笑顔になる奴だった。

惨めで愚かな人間だった。

愛する者さえいなかった。

そして、冴えない物書きだった。

私が覚えている情報はこれだけだ。

男の私は、何を書いていた?

男の私は、自分の理想を書いていた。

男の私は、自分の生涯を書いていた。

泣けもしないちっぽけな人生を大袈裟に書いた。

同じ話ばかり書いていた。

彼の書く話は、どれもつまらなかった。

知人に見せたら笑われたのだ。

彼も笑った。

その後、泣いた。

今までの人生で一番の悔し涙だった。

どうして分かってくれないんだと、

出来ないことを他人のせいにした。

本当に、老いても子供のままだった。

変われなかったわけじゃない、

変わりたくなかったんだ。

死にたいです。

疲れたんです。

もう、生きたくないんです。

志望理由の記入欄にそれだけ書いて、

専門の窓口に提出した。

ここは、死後の世界。

私が書いた小説の舞台と同じ場所。

小説の中では、少女が人生をやり直し、

他人の為に奮闘したり、心身共に成長していき、

少女が報われる結末なのだが、

生憎、私がいる此処は小説の中とは少し違う。

死因は、入水自殺。

三回目でようやく死ねたんだ。

最初は、自宅で首を吊ろうとしたが、

紐が上手く結べずに失敗、

二回目は、雑居ビルに不法侵入した後、

飛び降りようとしたところで諦めた。

きっかけは、なんでもよかった。

ずっと死ぬ口実を探していた。

目の前には、白い毛皮の人語を話す生物がいる。

女の声で、先程渡した用紙に書かれた私の薄っぺらい人生を淡々と読み上げている。

「勿体ない事をしてしまいましたね」

「それはお前にとってはだろ?

俺にとっては必要だった」

「何れにせよ、貴方の場合は取り返しがつかないので、戻る事はできません。ですが...」

彼女は、何か重要な事を言いかけたようだが、

最後まで聞けず、右側の扉に入るよう指示された。

当然、この先に何があるのかを私は知っている。

神様的な存在の少女がいて、

つまらないやり取りをしながら、

このまま消えるか、

また一から人生をやり直すか、

転生して新しい人生を始めるかを少女が決める。

ここまで全部、私が書いた話と同じだ。



END



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、かつての君へ Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る