トゥー・フェイス ~柊 彩美の災厄!! 学園×裏社会生活~

卯月響介

プロローグ


 どう考えてもここ最近、トラブルしか起きてない。

 それもとびきりのビッグトラブルが、目の前に広がる玉突き事故のように。


 まだ幼さの残る彼女は、そんなことを考えながら、アスファルトに白く柔らかい膝をつき、肩で息を切りながら周囲を鋭い目で見渡していた。


 コンクリートで遮られた、2車線一方通行のトンネルは、真っ白なスモークに包まれており、その中で何台もの車が衝突事故を起こしていた。

 幸いにもドライバーは全員、車を捨て、逃げ去った後のため、悲鳴もうめき声も聞こえない。

 それはそれで、不気味ではあるが。

 

 腰まである、ご自慢の綺麗な黒髪は、汗と車のオイルで汚れてしまったものの、そんなことを気にする素振りはない。

 目を凝らし、神経をピンと張って、煙の向こう側を見ることにすべてを注がないと。

 銃撃と衝突の洗礼を受け、再起不能なまでにボロボロとなった彼女の愛車、ポルシェ ケイマンSを盾にして覗くのは、道路をふさぐように停まっている、一台のバス。

 トンネルの側壁に突き刺さって沈黙しているのは、本来この道路を走っているはずのない、遠州鉄道の路線バスなのだ。


 が、しかし、車内に乗客の姿はない。

 窓が割れ、非常扉が開かれており、運転席には既に息絶えてるのだろう、ハンドルにもたれかかる男の影が見えるだけ。

 シルバーとグリーンの車体を見せつけたまま、なんの動きもない。


 「どこに隠れやがった……クソっ! お気に入りの車だったってのにっ!!」


 悪態をつく彼女の両手に光るのはハンドガン、ベレッタM92。

 華奢で美しい腕と、ブレザーにスカートの制服姿には不釣り合いな飛び道具だ。

 弾倉を新しく装填したため、弾切れの心配はない。

 むしろ、このスモークの中、どこから敵が飛び出してくるか分からない恐怖に、喉は乾ききり、心臓は締め付けられ、息は抑えるのも無理なくらい荒くなっていく。

 それに、左手の傷も縫い合わせてはいるが、まだ完全に癒えてない。

 手の甲に巻かれた包帯、血がじんわりと滲むそれを、苦々しく見下ろした。


 「こんな手じゃあ、まともに銃なんて……」


 事故発生から、5分は経ってるだろうか。

 ガソリンの匂いもする。 事故車のどれかから漏れ出していれば、引き金を引いただけでお陀仏になる可能性も捨てきれない。

 全くもって、悪い状況のフルコースときた。


 彼女― いや、少女といった方が全く正しいだろう。

 絶望的な根競べに、身も心も押しつぶされそうになっている。 

 こんな修羅場は何度も潜り抜けているはずなのに、だ。

 自分が自分じゃない。 まったくもってイライラする!


 「どうして……こうなった……っ!!」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいた彼女は、気を紛らわせるように、ここ数日間に起きた“災厄”を、少し早い走馬灯のように巡らせることにしたのだった。


 始まりは確か、浜北区で起きた事件からだったわね―― と。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る