君と百合と短編と(百合短編集)
つみとばつ
時計台の噂(テーマ:悲恋、R-15)
――――私立桜ヶ丘高等学校卒業式
「
私、梅田
香織ちゃんは、人見知りでクラスと馴染めなかった私に話しかけてくれた。
それから、三年間お互いに秘密にしている事は無いくらい、いつでも一緒にいる程に仲良くなった。
「香織ちゃんと大学、別々になっちゃうね……」
「未咲と一緒が良かったんだけどね……」
私は県内の大学へ、香織ちゃんは家業の関係で県外の大学へ進学する。
不意に別れを意識してしまって、会話が詰まる。
「未咲……未咲は時計台の噂、信じてる?」
私の目に映った建物。
私立桜ヶ丘高等学校時計台――この前で異性とキスをすると永遠に結ばれる――そんな都市伝説がこの学校にはあった。
「この学園で噂を知らない人は居ないってくらい有名だけど、本当に結婚した人の話って聞いた事無いよね」
元々、桜ヶ丘高校は女子校であった。
私たちが入学した年に共学となったが、未だに男子生徒も少ない。
そんな状況では、結婚した人はまだしも、付き合った人がいるという話も聞いたことがない。
「未咲はここで誰かとキスした?」
「したことあるわけないじゃん。しかも、人見知りの私だよ?」
突然言われた言葉にドキッとしたけど、手を振りながら否定した。
「じゃあ、香織ちゃんは誰かとしたことあるの?」
「ざーんねん、私もありません」
香織ちゃんは戯けながら答えた。
お互いに返す言葉が思いつかないのか、また無言になってしまう。
どれくらいが経っただろう。1分?5分?10分?
体感時計では1時間くらい経った気がする。
ここで別れたら、香織ちゃんと一生会えない気がして止まなかった。
別れたくない。こんなに仲良くなったのに、離れ離れになるなんて考えられない。
何か言わなきゃ。
「香織ちゃ……」
「さ、最後だし?思い出に残ること、未咲と一緒にしたいな」
私の言葉を香織ちゃんの言葉が遮る。
「な、何をするの? ま、まさか、キス!?」
会話、場所からして、それ以外考えられなかった。
「そ・の・ま・さ・か」
いやいや、ちょっと待って。時計台前でキスをするのは異性とだし、第一、女の子同士ってなんかダメな気がするんだけど、どうなの……?
頭が混乱してきた。いや、沸騰してきたと言った方がいいかもしれない。
キスのことしか考えられなくて、顔が熱くなってきたのが自分でも分かる。
「私とキスするの……イヤ?」
「か、香織ちゃん? 私たち女の子同士だよ?」
「だめ…かな?」
香織ちゃんの目には涙のようなものが浮かんでいる。
瞳の奥に吸い込まれそうな大きな眼。
その眼は真剣な様子で私に訴えかけてくる……。
早春の冷たい風が脚に当たる。
彼女の黒くて長い髪、セーラー服の襟、制服のスカート。どれもが映画のワンシーンみたいになびく。
正直、分からなかった。どうすればいいのか。
それでも、私は面と向かって言った。
「――いいよ……キス、しよ?」
「ありがとう……」
香織ちゃんの顔が近づく。お互いの指が絡む。体が密着する。温かい。
「未咲、い、いくよ?」
唇が触れる。
「んっ……」
驚いて、言葉が漏れる。身体がビクッと反応する。
「未咲……どう?」
なんだろう、初めての感覚……。
今までに感じた事がないからか、変な感じがする。でも、嫌じゃない感覚。
もう一度、唇を触れさせる。そして、離れる。また触れる。離れる。
どれくらいキスをしたのだろうか……。
回数を重ねる度に、お互いの体温が上がるのを感じられる。
どんどん、呼吸の感覚が短くなる。
鼻で息をするのが辛くなった瞬間、緩んだ私の口に香織ちゃんの舌が入ってきた。
「ん……!?」
今までとは違う刺激が身体を、頭を支配する。
自分でもどういう感情なのかわからないけど、幸福感に似た感覚に溺れる。
同時に涙が溢れる。
今までの思い出が、高校3年間の思い出が、走馬灯のように浮かぶ。
教壇前に座っている香織ちゃんに助けられた入学当初の自己紹介。
一緒に入った調理部で塩と砂糖を入れ間違えたクッキー。
真夏に行った海やお祭り、色違いの浴衣を着た花火大会。
修学旅行で行った関西のお寺と神社。
サンタのコスプレをしたクリスマス。
一緒に頑張った受験勉強。
どれも私にとっては掛け替えのない、大切な思い出。
確信はないのだけれど、一つの感情が湧いてきた。
お互いに息が切れて、唇が離れる。
涙で歪む視界の先で、香織ちゃんと目が合う。
「未咲…実は、私ね? 未咲のことが好きだったんだ……」
熱くなった頭が一つの想いを言葉にする。
「香織ちゃんもそうだったんだね」
いつからだろう。言葉に出来なかった感情。好きという感情。
女の子同士だからといつも否定していた感情。
キスのおかげで言葉にできた。
お互いの感情を理解し、抱きしめ合う。強く、より強く。
「未咲、大好きだから、またいつか……絶対に…逢おうね」
「何を言ってるの、香織ちゃん。離れ離れになっても会いに行くよ?」
たとえそれが県外だとしても、国外だとしても私は会いに行く。そう決めている。
「未咲の事が大好きだから!一生忘れないから!!」
「私も絶対に忘れない!!」
お互いに最後の言葉を交わして離れる。
別れ際の香織ちゃんの目からは涙がこぼれていた。
それ以来、私は彼女――城ヶ崎香織の姿を見ることは無かった。
――――あの日から、数年が経った。もちろん、香織ちゃんとキスをしたあの日から…。
私は、あれから何回も電話やメール、手紙を書いたけど、どれも返事は来ない。
私は高校卒業後、大好きな料理の勉強をするために大学に通って卒業した。
今は和食を中心としたインスタント食品を開発する仕事をしている。
毎日といっていい程の男性社員からの食事のお誘い。2、3回くらい誘ってくれた同い年の同僚と飲みに行った時、酔った私はホテルに連れ込まれて行為をされかけたなんていう出来事があってから男性との縁を切った。
女子会というのも、いまだに人とおしゃべりするのに慣れていない私には入っていけない世界だった。初めて行ったときは、女性社員の男性社員に対する愚痴(ぐち)を言い合う会みたいで怖かったのを覚えている。
そんな、社会の波に飲まれていたある日、一通の郵便が来た。
『同窓会のお知らせ』
『私立桜ヶ丘高等学校第○期生同窓会を開催いたします』
私はその時、一つの考えが思い浮かんだ。
「同窓会なら、香織ちゃんにも会えるかも!うん!これしかない!」
私は他の予定なんか一切考えずに、ただ香織ちゃんに会いたい一心で参加を希望した。
――――会場に付いた。
私は真っ直ぐクラスの同窓会幹事に聞いた。
「香織ちゃんは! 城ヶ崎香織は参加してますか!?」
「残念なんだけど、連絡がつかなくて…いつも一緒にいた梅田さんなら知っていたと思ってたんだけど…」
「そ、そうですか……」
私はその言葉を聞いて肩を落とした…。
同窓会に参加すれば、絶対に香織ちゃんに会えるとばかり思っていたから…なおさらだ。
どこを見ても彼女の姿は見当たらない。
卒業式の日、時計台の前で交わした言葉を思い出す。
『いつかまた、絶対に逢おうね』
香織ちゃんは確かにそう言った。
「本当に会えなくなるなんて……」
口から脱力した声が漏れた。
そんな中、同窓会に参加していた元クラスメイトの会話が耳に入った。
『私たち結婚したんだー。もちろん、あの時計台の前でキスしたんだよ!』
結婚したとかいう人の周りで歓声が上がる。当時、学年で一番人気のあった男子生徒らしき人物と生徒会長を務めていた女子生徒らしき人物であった。
「あ、あの噂、本当だったんだ……」
私は不意に香織ちゃんとキスをした時を思い出してしまった。
恥ずかしくて顔が赤くなったこと。初めてのキスのこと。香織ちゃんに告白されたこと。私も好きだと自覚したこと。告白したこと。
あの時は人生で一番幸せだった……。
そんな風に思い出に浸っていると、都市伝説について結婚した女子が話し始めた。
『そしてさ……時計台前でのキスの話あったじゃん。あれ、続きがあったらしいんだよね』
私はその言葉を聞いて涙が止まらなかった。
その言葉を要約すると、
『――時計台前で同性とキスをすると、その相手と今後の人生で一生会えないかわりに、その相手と来世で永遠に結ばれる』というものであった。
君と百合と短編と(百合短編集) つみとばつ @Tsumito_Batsu
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