初任務5
後方で閉まりゆくドアを背に二人の元へ真っすぐ足を進めていたのは、落ち着いた赤色のロングヘアを後ろで結びパンツスーツとネクタイ、ショートブーツを履いた
そんな彼女は一本軸の通った綺麗な歩き方で零課内にブーツの心地好い足音を響かせながら二人の前まで来るとそこで立ち止まった。
「丁度よかった。今、一通り説明を終えたところなの。――エバ。彼女はリサ・アテラウクス。種族はハーフヴァンパイアよ。そしてあなたの相棒」
シェーンの説明が終わり交差するエバとリサの視線。自分より背の低いエバを見下ろす彼女のその目は名刀のように鋭利なものだった。だがエバも蛇に睨まれた蛙という訳ではなくむしろ蛇と睨み合う蛇。その二匹の蛇をほんの数秒、沈黙が包み込むがシェーンのポケットから鳴り響く着信音がそれを一刀両断した。
「気が合いそうで安心したわ」
皮肉か本音かシェーンはそれだけを言い残すと電話を取り自分のデスクへ。彼女が居なくなり残された二人をまたもや沈黙が包み込む――かと思われたが、リサが手に持っていた刀袋を差し出したことでそれは回避された。
「あんたのよ」
遅れて聞こえた抑揚の無い声。突然の事に少し吃驚しつつもエバはその刀袋へ手を伸ばし受け取った。
「――さんきゅー」
「あたしは取りに行っただけ。それを頼んだのは四阿さん、手掛けたのは宗正さん。お礼ならその二人に――」
「ちょっとそこのお二人さん。挨拶はそこまでよ」
すると先程までと違い真剣味を帯びたシェーンの声が二人を呼んだ。
「リサ、すぐに現場に向かって。場所は送っておくわ。もちろん二人でね」
シェーンの指がリサとエバを順に指差すと二人はもう一度顔を見合わせた。
「行くわよ」
そしてリサは一言エバにそう告げると返事は待たずドアへ足音を響かせ始めた。
一方エバはその後姿をほんの数秒だけ見つめると一度小首を傾けてから歩き出す。
「エバ」
だが二、三歩進んだ所でシェーンに呼び止められたエバは駆け足の音を聞きながら振り返った。そこには黒いアタッシュケースを差し出すシェーンの姿。
「車で中は見て。説明はリサがしてくれるはずよ」
この場で何かと訊きたいのは山々だったがその時間もなさそうだと思ったエバはそのアタッシュケースを何も言わず受け取った。ケースを渡したシェーンは「それじゃあ頑張って」と肩を軽く叩きデスクへ。そしてエバは先に零課を出たリサを追った。
外に出ると正面には黒塗りのクロスオーバーSUVが止まっており運転席にはリサの姿。エンジンがかかりいつでも発進可能なその車の助手席にエバが乗り込むと車は声を上げ動き出す。
現場へと急行する無言の車内。そこでシェーンに渡されたアタッシュケースのロックを外すエバ。中にはブロッククッションに填め込まれた小さな機械のような物が二つとフラッシュライト、そして拳銃が一丁。
「通信機。一つは予備。一つは常に持ち歩て事件の時は必ず付けて」
エバがそれぞれを一見すると横から伸びてきたリサの手が何か分からない小さな物を指差し、端的な説明をあっという間に済ませた。不意の説明にエバは前を向く彼女の顔を見遣るが、すぐに通信機に視線を戻し手に取った。そしてそれを耳へ。
「これは?」
その後、エバが手に取ったのは彼女の中で一番の疑問である銃。
「見ての通り銃よ」
「それは分かる。何で銃なんか」
「扱った事は?」
「ない」
「ならさっさと仕舞って。撃たれるのは困るわ」
撃たない、そう思いつつもエバは素直に銃を仕舞った。念の為に。
「四阿さんが言うには、それはメンバーの証。その銃は彼からの贈り物っていうわけ」
「変わった歓迎の仕方だな。でも俺には必要ない」
「持ってて損はない。特にあたしたちのようなタイプには」
「そのたちっていうのは俺の事言ってるのか?」
「そうよ。すぐに分かる」
それから互いに何かを言う事も無く車内にはエンジン音だけが響いていた。
「なぁ、ここは犯罪組織を追うこともあるのか?」
すると車内に充満した沈黙をエバの質問が掻き消した。
それに対しリサは前を向いたまま返事を返す。
「必要なら。何か問題でも?」
「いや。むしろ好都合だ」
「そんなに正義感に燃えるタイプだとは思わなかったわ」
「そんな大層なもんじゃねーよ。ただ……」
自分の手に視線を落としたエバは言葉を一度止めると、その手を軋むほど強く握り締めた。
「どうしても潰したい奴らがいるだけだ」
深い感情の詰まった声と刺し殺すような眼光。
リサはそんなエバを横目で一見すると、視線を前へ戻し何も言わず運転を続けた。
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