初任務1

 歩道を疎らに歩く多種多様な人々。それは年齢だけでなく姿形――種族を含め様々。だが誰一人してそれを気に留める様子はなく、まるで息を吸えば酸素を取り込み呼吸できることのように見慣れた風景だと歩みを進めていた。

 そんな人波に逆らいつつもビル群を縫う風ように人の間を駆けるスケボー。それに乗った少し低い背の人物はプルオーバーパーカーのフードを深く被り、視線も俯き気味で性別は見て取れない。そしてフードの上から付けたヘッドホンからは、まるで早朝目覚まし代わりの囀りようなリズムから始まる決意と希望に満ちた音楽が流れていた。

 そして体の一部と言わんばかりに乗りこなしたスケボーは獣人をひらりと躱すとそのまま流れるように陽光すら届かない裏路地へと入っていった。


「いいからさっさと渡せつってんだ!」

「ひぃぃ。でもこれは会社の物なので、僕がクビに――」

「うっせ! んなことどーだっていいんだよ」


 正面から怒鳴りつけるオークとその周りで各々武器を手に嘲笑する三人のオーク。そんな四人のオークに囲まれ壁際へ追い込まれたスーツ姿の人間はボストンバッグを抱き抱えながら怒声に脅えていた。

 そんな喝上げの犯罪現場へ向けて地面を蹴り新鮮な速度を得たスケボーは更に突き進む。


「いいからよこしやがれ!」


 路地裏に響く殴り掛かるように乱暴な声。もう一度速度を上げたスケボーの上でフードの人物はしゃがみ込むとテールを弾き同時に跳んだ。

 怒声の後ボストンバッグへ伸びる横暴な手は太く大きい。

 だがその手がバッグに触れる直前、オークの頭へ無人のスケボーが直撃した。役目は終えたと地面に落ちるスケボー。

 一方で手を止めたオークは顔を顰めては蟀谷に血管を怒張させながらフードの人物へ、堪えるように緩慢と鋭くなった眼光を向ける。


「何すんだ? あぁ?」


 先程と種類は同じだが質の異なるドスの効いたその声は彼の中で煮えたぎる怒りを十二分に表していた。

 だがそんな事などどうでもいいと言うように、その人物は視線の先でパーカーのポケットに両手を入れたまま歩みを進め始める。


「そうか。地面に頭擦り付けて謝るってんなら許してやってもよかったんだがな」


 それを闘志と受け取ったのかオークは体を完全に向けると指の骨を鳴らしながら迎えるように歩き出した。

 そして体格差が歴然とした二人が間合いを保ちながら対峙すると、裏路地には人知れず一触即発の空気が風に乗り流れた。首を回し戦闘態勢に入るオークと顔すら合わせず俯いたままのフード。オークに対してその人物は何かを言う訳でも何かをする訳でもなくただじっとポケットに手を入れ佇んでいた。


「なんだ? 怖気づいたのかよ!」


 既に勝ち誇った声の後、オークは拳を構え一気に間合いを詰めた。自信の表れか真正面から何の細工も無しに突っ込むだけ。そしてあっという間にフードの目の前へ到達したオークは拳を力にだけ頼った方法で振り下ろした。自分よりも小さな、全力で殴れば一発で地面に沈める事が――もっと言えば殺す事さえ出来そうな相手に対して加減の無い一撃。

 だがどんなに強力な攻撃とて当たらなければ意味がない。躱せるか直撃するか、その境目を超えるかどうかの紙一重。依然と顔は俯いたままだったがずっと沈黙していた両足の内、片方が半円を描いて動いた。もう片方を軸にし身を翻すと、フードの先は風で揺れ拳は空を切った。同時に発散させる対象を失った力に引っ張られオークの体は一歩前へ多く進む。

 それに合わせ半円を描いた足が今度は振り上げられオークの腹部をとらえた。傍から見れば子どもが大人に(しかも筋骨隆々の)蹴りかかるように無謀と思えたが、足が腹部へ到達したその瞬間。オークは青天の霹靂でも起きたとでも言うように瞠目した。

 その人物の足は鎧のように硬いとされるオークの皮膚すらも、ものともせず腹へ減り込んだのだ。五臓六腑までもが悲鳴を上げそうな衝撃を与えると次弾を装填するスライドのように足は一度引き、オークは片手で腹部を抑えながらその場に膝を突いた。そのまま蹲り五体投地をするように地面へ額をつけている間に一度引いた足が再度発射される。雑に手入れされたスニーカーは直前で上がったオークの顔面を蹴り飛ばした。鼻軟骨を折る生々しい音の後、宙を舞う血と共に顔は体を連れ後方へ。


「この野郎!」


 すると先程まで周りでニヤニヤと笑みを浮かべていた一人が怒声を上げながら持っていたバットを振り上げ、隙を突くように襲い掛かった。微かにフードがその方へ動くと瞬時にその場を離れ壁をひと蹴り。コンクリートと金属のぶつかり合う音が響く頃には背後に回り込んでいたフードの人物は、体に回転を加えながらそのオークの後頭部を蹴り飛ばした。地面にヒビが入る程の勢いで地面と正面衝突したオーク。


「おい! さっさとやっちまうぞ!」


 それを見ていた残りの二人も遅れて参戦し、数の有利を活かしながら目の前の敵を排除しようとした。

 だが長針が動くよりも早くその二人も地面へと倒れる末路を辿った。


「あ、ありがとうございます」


 オークが地面に倒れる中、ボストンバッグを抱えたスーツの男は自分を助けてくれた人物へ驚きを露わにしながらも何とかと言った口調のお礼と共に頭を深く下げる。それに対し既にスケボーで走り出していたフードのその人物は振り返らず軽く手を挙げて見せた。

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