嫁入り先がクソ田舎だったので一発逆転狙います

イツミキトテカ

第1話 

 それは荘厳な光景だった。


 神々しささえ感じさせる一面のステンドグラス。それを前に、若く美しい男女が純白の衣装に身を包み、向かい合っている。

 式に参列した者はみな一様に涙を浮かべ、二人の新たな門出を心の底から祝福していた。

 ここには今、幸福という感情しか存在していない。

 善良な牧師から誓いの言葉を求められ、そうすることが最上の喜びであるとばかりに迷いなく宣誓した若い二人は、彼らの幸せを心から祈る隣人たちに見守られながら、初々しく口づけを交わす。

 その瞬間、カリヨンの鐘が鳴り響き、白い鳩たちが青空に向かって飛び立っていった――



「そういう結婚を夢見てた時期が私にだってありましたよ、えぇ」


 そう言って、窓辺に頬杖をつく一人の少女。

 緋色の鮮やかな髪を持つ彼女の名はイブ・オークランド。少し前の名はイブ・ラベイユ。

 彼女はほんの5日前に、この国ファガレス王国の第2王子兼クエルクス公爵でもあるキルシュ・オークランドの元へと嫁いできたばかりだった。


「夫人にもそんな可愛らしい時代があったとは」


 イブの隣に並び立ち、窓の外に延々と広がる雑木林を見つめながら、少年だろう物体が憎まれ口を叩いた。


 少年だろう物体というのは少年だろう物体ということだ。


 彼は「モップ族」と呼ばれる種族で、頭からつま先まで全身毛むくじゃらなのである。彼らモップ族の年齢を見た目で推し量ることは難しい。なんなら性別の判断も難しいくらいで、まったく不思議な種族である。


 イブは頬杖をついたまま、隣の全身水色毛むくじゃらをチラリ見た。


「シリオって結婚してるの?」

「年齢がまだ足りてないので」

「えっ、今いくつなの?」

「結婚は出来ないけどお勤めはできるくらいです」

「うーん分からん」


 バタンと扉が開く音が風に乗って聞こえてきた。しばらくすると、傘や杖やバスケットを各々手にした使用人たちがわらわらと邸から外へ出てくる。その数、総勢13名。イブたちのいる窓から、彼らの集合する石畳のアプローチがよく見えた。


 折り合いよく、森の奥から荷馬車が2台ドコドコやってきた。幌は小枝や木の葉にまみれ、心なしか曳き馬たちもお疲れのようだ。遠路遥々といったところか。


 イブは、ひっつめ髪のいかにも気難しそうな使用人に向かって大きく手を振った。


「ドロシー! 短い間だったけど、ありがとう!」


 イブに気がついた元執事ドロシーは恭しく一礼した。微笑を浮かべてはいるが、目の奥は全然笑っていない。見事なまでの愛想笑い。ドロシーは一瞬にして真顔に戻り、そそくさと荷馬車に乗り込んでいった。


「ドロシー殿のまぶた痙攣してましたね」

「ね。よっぽどストレスだったみたい」


 こうして、イブとシリオは使用人全員が荷馬車に乗り込むのを窓辺で並んで見届けていた。最後の一人が乗り込んだ瞬間、荷馬車は少しの未練もなく森の中へUターンし始めた。名残惜しそうにしていたのは馬たちだけだ。気持ちばかりの休息を経て、あの山道を引き返すことになったのだからさもありなん。


 先ほどまで人溜まりのあったアプローチにはもう誰も残っていない。イブは大きく伸びをした。


「シリオと二人だとこの邸は大きすぎるわね。いっそ、売っぱらっちゃおうかしら」

「それはさすがに公爵も怒るのでは」

「さあ、知らない。会ったこともないから」


 イブは結婚前も結婚後も自分の夫であるキルシュ・オークランドに会ったことがなかった。もちろん結婚式なんてありもしない。紙ペラ1枚にサインしただけ。それで婚姻という名の契約の儀式はおしまいだった。


「昔、肖像画を見たことがあります。なんだか神経質そうなお方だなぁと…あ、失礼しました…」


 シリオはイブの夫がその神経質そうな人物だということを一瞬忘れていたらしい。つまり、憎まれ口ではなく単なる本心を言ったことになる。さすがのシリオもしまったと思ったようで、水色毛むくじゃらの体を居心地悪そうに揺すっていた。


 イブがシリオと初めて出会ったのは3日前。口が達者で一言多いが根はいい奴。イブはシリオのことを結構気に入っている。決まり悪そうなシリオの様子につい笑ってしまった。


「別に気にしないで。結婚はしたけど彼のこと何にも知らないの。だから、彼のことをどう言われても何も感じない」

「はぁ」

「肖像画は私も見たことある。でも多分シリオが見たのとは別のやつね。私が見たのはなんだか焦点が合ってなくて酔っ払いみたいだった」


 肖像画なんてそんなものだ。同じものでも誰に描かせるかで全く別ものになる。肖像画とは画家の目を通した姿にすぎない。バイアスが掛かるのは当然だ。そして、バイアスの掛かり方は金額によっても大きく差が出ることは自明の理なのである。


(「そのおかげで今私がここにいるわけだけど…」)


 イブは自身の美しく手入れされた爪とひび割れの治らない指先を見つめ、少し困ったように微笑んだ。

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