第32話 底辺配信者、愛菜さんとダンジョンデートをする。1

 その後は千春さんの戦闘を見学し、ダンジョン探索を終了する。


 今日も女装したまま帰るわけにはいかないので、男物の服に着替えて家に帰る。


「今日はありがとう」


「いえ!バフを体験できた俺の方が感謝したいくらいです!ありがとうございました!」


 バフを体験してみたかった俺は千春さんに感謝の言葉を伝える。


「ふふっ、バフを与えるだけでこんなにも喜ぶなんて。裕哉さんって可愛いところあるわね。私、もっと裕哉さんの可愛いところが見たくなったわ」


「か、揶揄わないでください!」


 千春さんから年上の余裕というものを感じる。


「ふふっ、そうね。今日はこれくらいにしておくわ」


 妖艶に笑う千春さんを見つつ、俺は安堵する。


「次は私と一緒に買い物デートをしましょ。その時はお姉さんに遠慮なく甘えていいわよ」


「…………そ、そんなことしません!」


 一瞬、千春さんの色気に負け、甘えてしまいたいと思ったことは黙っておく。


「今の間がすごく気になるのだけど詮索はやめておくわ。ちなみに、今の言葉は揶揄うために言ったわけじゃないから。デートする時は遠慮なくお姉さんに甘えていいからね」


「………え?」


「じゃあ、私はあっちの方だからここでお別れね。また2人でデートしましょ。今日はありがとう」


 そう言って千春さんが俺の視界から消える。


「………え?あれって揶揄うために言ったんじゃないの?」


 帰宅中、千春さんの言葉の意味を考え続けることとなった。




 翌日の早朝。


 今日も俺は2人きりでダンジョンデートをすることとなった。


 相手は俺の2つ年上で、スラッとした体型にスレンダーな生脚が特徴的な星野愛菜さん。


「今日は星野さんとダンジョン探索か。ここ最近で4人の女の子とダンジョン探索をすることになってるんだが」


 その事実に改めて驚く。


「女装してなければもっと楽しめるんだけどな」


 なぜ毎度女装してダンジョン探索に臨まなければならないのか疑問に思う。


「毎回、男物の服を着て視聴者の前に現れたら知らない人扱いされ、女装した瞬間俺のことを認知される……訳がわからんわ」


 そのため過去3回のデート全てがダンジョンに着いて早々に女装させられている。


「これじゃあ、今日も着いて早々女装させられるよなぁ。どうすれば俺は男物の服を着てダンジョンを探索することができるんだ?」


 そう思い朝から真剣に考える。


 すると、あることに気がつく。


「っ!そうだ!逆に俺が女装して行けば『誰だコイツ?』みたいになるんじゃないか!?」


 逆転の発想に震えが止まらない。


「どうせ今日も男物の服を着て視聴者の前に現れたら女装させられるんだ!今までとは違うパターンをやってみるのは大事だろう!というか、これなら到着早々、男物の服に着替えることになるはず!」


 そんな気がする俺は嬉々として美月と紗枝が買ってきた女装用の服を取り出す。


 そしてヒラヒラしたロングスカートを履き、それに似合うトップスを着る。


「よしっ!今日はこのコーデにしよう!」


 俺は自分の部屋にある鏡を見て自分の女装姿に満足する。


「さすがに女装した格好で街中を歩きたくないから、この服を持って集合場所付近で……」


 ――着替えるか。と呟こうとした時、「お兄ちゃん、さっきからうるさいよ!」と言って美月が部屋に入ってくる。


「お兄ちゃん!朝からうるさい……」


 そして俺の格好を見て固まる。


 どうやら俺が部屋で女装していることに固まっているようだ。


「落ち着け、美月。これには深い事情があるんだ」


「嫌々女装していたお兄ちゃんが遂に女装癖に目覚めるなんて……」


「違う!俺は女装癖に目覚めてなんか……」


「待って!皆まで言わなくていいよ!他にも女装用の服が欲しくなったんだよね!」


「分かってねぇよ!頼むから俺の話を……」


「今日、紗枝さんとお兄ちゃんの服をたくさん買ってくるから!楽しみにしててね!」


 そう言って元気に俺の部屋から出る美月。


「………」


(この作戦、絶対に成功させなければっ!)


 失ったものの大きさを知り、絶対に男物の服を着てダンジョンを探索しようと心に誓った。




 心の中で闘志を燃やしつつ、星野さんとの集合場所付近に到着する。


 そして、いつも着替えさせられる場所で先程準備したスカートとトップスに着替え、完璧な女装姿で星野さんとの集合場所へ向かう。


 スカートをヒラヒラとなびかせながら集合場所に到着すると、星野さんが到着しており、配信の準備をしていた。


「おはようございます、星野さん。すみません、遅くなりました」


「あぁ、おはよ……」


 作業を止め、俺に挨拶をした星野さんが俺の姿を見て固まる。


「どうしましたか?」


「あ、いや。お前の頭が異常事態なことに固まってた」


「なに言ってるんですか。俺の頭は至って正常ですよ」


「この状態で正常と言い切るお前に今すぐ病院受診を勧めたいが、触れないでおこう」


 そう言って星野さんが配信の準備を再開する。


(よし、ここまでは順調だ。あとは視聴者の反応だな。この作戦ならきっと視聴者から「誰コイツ?」みたいなことを言われ、着替るよう促されるはず!)


 そんなことを思っていると「配信の準備ができたから配信を始めるぞ」という声が聞こえてきた。


「お願いします!」


 俺は元気に返事をするが、なかなか配信を始めない。


「星野さん?始めないんですか?」


「そうだな。着替える様子もなさそうだし始めるか」


 そう言って配信を開始した。




「こんにちは。さっそくですが今日もダンジョンを探索する様子を配信しようと思います。本日は裕哉ちゃんと一緒にダンジョンに潜ります」


「こんにちはー!今日もたくさんモンスターを討伐しようと思います!よろしくお願いしまーす!」


 女装した姿なので、いつもより高めのテンションでカメラに映る。


〈キタっ!裕哉ちゃん!今日も可愛いよ!〉


〈今日も裕哉ちゃんを見ることができるなんて最高かよ!〉


〈あれ?なんか今日はいつもと雰囲気違うくね?テンションが高い気がするし〉


〈それ。そして今日の裕哉ちゃんはいつもより可愛い。何かあったんじゃないか?〉


〈裕哉ちゃん、今日はいつもより可愛いけど何かあったのー?〉


「あ、気づいちゃいました?実は昨日から値段の高いシャンプーに変えたんです!おかげで今日は長い黒髪にツヤが出ていい匂いが………ってそんなわけあるかぁぁ!!」


 俺は頭に被っているウィッグを地面に叩きつける。


〈あれ?知らない男が出てきた〉


〈裕哉ちゃんどこー?〉


〈まさか身代わりの術だと!?俺たちの裕哉ちゃんはどこに行ったんだ!〉


「お前らの目は節穴かぁぁぁ!!!」


 俺はカメラの前で叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る