第3話 初めての騎乗試験(前編)

 学園に入学して三ヶ月が経過した。

 俺たち一年生はいつものようにグラウンドをマラソン中だ。

 上空を飛び回っているガオとラドンとリンリンはずいぶんと大きくなった。

 俺の横を走る龍矢が言った。


「今日の国語の授業は笑ったぞ。『会釈えしやく』を『かいしゃく』と読むんてなぁ」

「龍矢だって数学では恥ずかしいケアレスミスしてたじゃん。大いばりで面積を計算していたのに、途中の七×六を四六って。九九を間違えるとか小学二年生かよ」

「くっ、そういう竜太は……」


 そんな言い争いながら走れる程度には、俺も地獄のマラソンに対応できるようになっていた。二ヶ月前は死ぬんじゃないかと思っていたのに、慣れってすごいな。

 最近龍矢は『モブザコ』とかじゃなくて、名前で呼んでくるようになった。

 俺たちを見て乱獅子先生が言う。


「余裕そうだな、大空竜太、高力龍矢。ならば重りを二倍にしてみるか?」


 俺は大声で怒鳴り返した。


「へんっ、そのくらい余裕ですよ」


 龍矢も言う。


「もちろん、俺もだ。なんなら三倍でも問題ない」

「はぁ? 俺は四倍でもいけるね!!」


 先生は意地悪そうにニヤリと笑う。


「なるほど、元気のよいことだ。ならば今日からは五〇キロの重りでも耐えられそうだな」

「当然だ。ま、竜太には無理だろうがな」


 くっ、なら俺だって!


「俺だってラクショーだ」


 言う俺たちに、先生はマジで五〇キロの重りを背負わせた。




 マラソンが終わって、いつもの木陰で龍矢がポツリと呟いた。


「さすがに無茶だったな」

「へん、天才高力龍矢様も弱音か? 自分で『当然だ』とか言ったくせに」

「お前が挑発してきたせいだろうがっ」

「どっちがだよ!」


 などと言っていると、ノルマを終えたミカが呆れ顔で言う。


「じゃれあっている暇があったら少しでも休んだら?」


 彼女もマラソンを楽にこなせるようになっていた。さすがに重りは追加されてないけど。

 俺も龍矢もそれ以上は言い争わず、目をつぶった。そんな俺たちに、先生が言う。


「三ヶ月で脱落者なしか。去年の一年たちよりは優秀だな」


 そりゃどうも。


「そこで、諸君にごほうびだ。明日はマラソンの課題を免除してやる」


 なに? この先生が『ごほうび』をくれるとは思えないのだが。


「明日のこの時間は第六グラウンドで二年生のドラゴン騎乗訓練の見学だ」


 俺たちはちょっとだけ目を輝かせたのだった。

 ドラゴンの騎乗訓練か。

 見学とはいえ、ドラゴンライダー学園に入学後初めてのドラゴンライダー学園らしい授業だ。




 翌日の午後。俺たち一年生と相棒ドラゴンたちは第六グラウンドにやってきた。

 付き添いとして乱獅子先生も一緒だ。


 グラウンドには佐野原先輩と相棒ドラゴンのホン、そして二年生の実技担当である鹿山かやま先生が待っていた。

 鹿山先生は乱獅子先生より若い男性教諭である。

 ドラゴンライダー学園の中学生は現在八人。

 そのうち三人が一年生で、四人が三年生だ。

 つまり、二年生はたった一人、佐野原先輩だけ。

 先輩はいつもと違って余裕がなさそうに見える。


 それもそのはずだ。

 本来、ドラゴンへの騎乗訓練開始の目安は一年生の末とされている。

 だが、先輩とホンは今日が初の騎乗訓練。ホンの成長が遅かったからだ。

 鹿山先生が先輩に言う。


「佐野原、理解しているな? 今日が最初で最後のチャンスだ」

「ええ、退学になったみんなの分も、俺は必ず成功させます」


 もし、今日ホンが先輩を乗せて飛べなければ、先輩は退学となる。

 鹿山先生が最後に確認する。


「俺と乱獅子先生はギリギリまで手出ししない。自分の力で飛んでみせろ」


 昨年度の入試の合格者は五人いたらしい。

 だが、一年と三ヶ月経って、残っているのは佐野原先輩だけ。

 俺たちが今味わっているのと同じ地獄のシゴキで、他の生徒は退学したらしい。

 もしも、今日、佐野原先輩が騎乗訓練に失敗すれば、昨年度の入学生は全員退学という結果になってしまう。


 俺は先輩に声援を送った。


「佐野原先輩、がんばってください!」

「ああ、もちろんだよ。俺もホンもこんなところで終わるつもりはないから」


 先輩はホンの頭を軽くなでる。ホンは「おぉん」と鳴いた。

 先輩はゆっくりとホンの背中へよじ登る。


 ドラゴンライダーのドラゴンに騎乗席はない。油断したら落下の危険があるが、安全よりもスピードを重視するためだ。

 今のホンにも騎乗席などなく、先輩はしっかりとホンの背中をまたいで乗る。


 四ヶ月前よりホンは成長していた。もう校舎と校舎の間を飛ぶことはできないだろう。

 先輩はホンの手綱を握る。


「さあ、行こう。ホン」


 ホンが翼を広げる。大空に向かって、力強く羽ばたいた。

 ホンと先輩はあっという間に上空へと突き進む。一メートル、五メートル、十メートル、十五メートル……。

 宅配業者には許されない高さを、さらに上へ。


 今日は雲も少ないし風も静かで、ドラゴンが飛ぶには絶好の天候だ。

 二十メートル、三十メートル、四十メートル。

 今日の先輩の課題五十メートル以上の高さまで飛んで、龍神市を一回りすること。

 ホンと先輩は高度五十メートルを越えて、六十メートルへ。

 先輩は手綱を一振り。ホンが町の北へと進む。そして、西へ、南へ、東へ。


 ミカが言う。


「先輩、順調そうね」


 俺もうなずく。


「ああ、これなら大丈夫だ」


 先輩の騎乗訓練は成功する。俺はそう思っていた。


 ホンは龍神市の上空を一回りして、再びドラゴン学園上空へと戻ってきた。

 が、そのとき乱獅子先生が眉をしかめて「ちっ」と舌打ちした。

 龍矢もポツリと「まずいな」とつぶやいた。


「先輩、気づいていないようだ」


 意味が分らず、俺は龍矢に聞く。


「なんのことだ?」

「ふん、お前も気づいていないのか」


 ホンがゆっくりと学園の第六グラウンドへ降下を開始する。

 高度三十メートル。

 そのとき、鹿山先生が叫んだ。


「佐野原、気をつけろ! 西から突風が来る」


 次の瞬間、突然の強風がグラウンド上空を襲った。

 ホンの体が大きく傾く。

 先輩はバランスを崩し、ホンの背から滑り落ちた。


「きゃぁ」


 ミカの悲鳴が響いた。

 先輩は落下……しかかって止まる。手綱を必死に右手で掴んで、自分の体を支えていた。

 だけど、これじゃあ。


 ホンはあわてた様子で地上を目指す。

 だけど、先輩の手は今にも手綱からはなれそうだ。

 龍矢が自分の相棒ドラゴンに叫ぶ。


「ちっ、ラドン、先輩を助けろ!」


 ラドンは翼を広げホンと先輩の方へと飛び立つ。

 先生達のドラゴンは宿舎の中。すぐには助けにこれない。


「ガオ、お前も行け!」


 俺が命じると、ガオも「がぉぉん」と叫んでラドンを追う。


「竜太、余計なことをさせるな。邪魔だ!」

「うっせーよ!」


 ラドンは先輩の体を口で支えた。

 服をくわえるのではなく、お腹の部分をガッチリキャッチしている。

 もしかすると先輩の体にラドンの牙が多少なりとも刺さっているかもしれないが、落下してしまうよりはマシだ。


 先輩はラドンに身を任せ、ホンの手綱をはなした。

 これで助かったか?

 だが、再び強風が吹き荒れた。

 龍矢が叫んだ。


「ちっ、ラドン、耐えろ!」


 口に何かをくわえたまま飛ぶのは難易度が高い。

 先輩を落とさないよう地上まで降りるのは、まだまだ赤ちゃんのラドンには厳しい。

 先輩の体が徐々にラドンの口からずり落ちていく。

 今、ラドンと先輩がいるのは上空二五メートル。人間が落ちれば絶対に助からない。


 吹き荒れる強風。

 地上でもほとんど突風……いや、竜巻状態だ。

 先輩は今にも落ちそうだ。グラウンドに降りるまでとてももたないだろう。

 先輩の顔に恐怖が、龍矢の表情に焦りが浮かぶ。


 乱獅子先生が龍矢に叫ぶ。


「すでにブルフを呼んだ。もう少しだけラドンに耐えさせろ」


 ドラゴンマスターは心で相棒ドラゴンと通じ合える。

 乱獅子先生が自分の相棒のブルフを呼んだというのはそういう意味だ。

 だが、ドラゴンの宿舎からドラゴンは勝手に出られない。

 宿舎を管理している三年生には状況がすぐに飲み込めないだろうし、屋根を突き破って来るにしても時間がかかるだろう。

 ガオが俺の方をチラっとみる。


『竜太、俺はどうしたらいい?』


 ガオはそう尋ねているようだった。


 くそ、どうしたらいい?

 ガオに何を命じればいいんだ?

 ラドンと協力させて先輩をささえさる?


 いや、ダメだ。


 この強風の中、横に並んで飛ぶなんてガオやラドンには難易度が高すぎる!

 俺は意を決してガオに叫ぶ。


「ガオ! ラドンのすぐ下に回りこめ!」

「竜太、なんのつもりだ?」

「ラドンの下、二メートル以内にガオを付ける。そしたら、ラドンに口を開くよう命じろ」


 ラドンの口から、ガオの背中に先輩を移す。

 背中に乗せてなら、ガオでも地上まで飛べるかもしれない。


「この強風の中でそんなタイミングをはかれと?」

「龍矢ならできるだろ!」


 龍矢も俺と同じ――いや、俺以上の空間認識能力を持っている。俺には分らなかった風の流れも読めるらしい。


「ふん、やってみようじゃないか」


 俺は乱獅子先生に確認した。


「先生、いいですよね?」


 先生は「まかせる」と一言。

 なら、俺たちは全力を尽くすだけだ。

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