俺たちの学園生活と初レース

第1話 キビシー学園生活(前編)

 ドラゴンライダー学園に入学して今日で一ヶ月。

 俺たちは土砂降りの雨の中、十キログラムの重りが入ったリュックサックを背負ってグラウンドを走っていた。

 乱獅子先生の厳しい声が雨音の中でも響く。


「おら、どうしたお前たち。このままでは今日のノルマに達しないぞ」


 言われなくても分かっている。このままじゃ間に合わない。

 だけど。


「くそっ!」


 足がもつれる。転びそうになって、あわてて立て直す。

 俺だけじゃない、龍矢もミカもびしょ濡れで走り続けている。

 特にミカは今にも倒れそうだ。




 入学してから毎日、俺たち一年生は地獄のようなカリキュラムを課せられていた。

 朝の五時起床、すぐに身支度して朝食。

 六時から学科授業が開始。数回のトイレ休憩以外休みなしで国語数学理科社会英語を十三時までたたきこまれる。


 昼食のあと、十三時半からは地獄のマラソン。

 重りを背負ってグラウンド百周。その距離五〇キロメートルだ。

 制限時間は十七時まで。フルマラソン以上の距離を、毎日だ。


 休む間もなくドラゴンの宿舎の掃除。

 ガオはまだまだ赤ちゃんだから俺たちと一緒に寮で暮らしているが、先輩や先生たちのドラゴンは専用の宿舎にいる。

 ドラゴンの宿舎はめちゃくちゃデカイ。

 三年生の先輩に監督されながら、新入生だけでデッキブラシとかを使ってひたすら掃除。

 もちろん手抜きは許されない。


 掃除がおわるのが十九時くらい。

 それから夕食をとったあとは、体育館に移動して、腕立て伏せや腹筋、スクワットなどの筋トレを百回ずつ。

 跳び箱や平均台、縄跳びなどの課題もある。


 寮に戻れるのは二一時くらいで、お風呂で汗を流す。

 それでおわりならまだマシなのだが、待っているのは学科科目の大量の宿題だ。宿題をなんとかおわらせるとだいたい深夜の二四時を過ぎている。

 ベッドに入れるのは早くても午前一時くらい。クタクタになって眠るとすぐに翌日の起床時間だ。


 休日はなし。土曜日も日曜日も祝日も関係ない。

 ドラゴンライダー学園の最初の一年間は大晦日も元旦も、ずっとこんな生活が続くと告知されている。


 それぞれの課題にはノルマがあって、マラソンで五〇キロ走れなかったり、腕立て伏せの回数が足りなかったり、宿題が終わらなかったりするとノルマ未達成とみなされる。

 ノルマ未達成が十回に達した時点で退学を宣告される。

 達成出来なかった理由が病気だろうと怪我だろうと関係なし。


 はっきりいって、ここはこの世の地獄だ。




 俺はびしょ濡れの泥だらけでひたすらグラウンドを走る。

 泥まみれなのは、何度も転んでいるから。

 もう限界はとうに超えている。

 睡眠不足、疲労、痛み、苦しみ、息切れ。

 足の裏には豆が何個もできて潰れている。


(もう、無理だ……)


 意識が遠のきそうになる。

 俺だって、小学校時代に空手で全国大会に行った。それなりに厳しい稽古も経験してきた。


 だけどさ。


 そんな俺にとっても、これは限界を超えている。

 痛みは我慢できる。

 疲れるのだって耐えられる。


 でも、休みが一切無いのは無理だ。

 睡眠すらまともにとれない生活なんて、ありえない!

 これは体を鍛えるための訓練じゃない。

 肉体を限界まで追い詰め地獄にたたき込んで、俺たちの心を折るためのシゴキだ、イジメだ、虐待だ!




 その証拠に乱獅子先生は毎日のように言う。


「いつでも退学届は受け付けているぞ。苦しみから逃れたければ、ドラゴンライダーになるのはとっとと諦めて、ママの元に帰ることだ。誰もとめやしない。諸君らにはこんな理不尽な目にあわなければならない理由は何一つないのだからな」


 ご丁寧にも寮の机の中には、氏名さえサインすれば完成する退学届が用意されていた。




 びしょ濡れのリュックがものすごく重い。

 足がもう前に出ない。

 体力はとっくにゼロ。

 一歩前に進むだけで死にそうだ。


(俺、なんでこんなことをしているんだろう……)


 ドラゴンライダーになって、ガオと共に空を飛んで、世界チャンピオンになって……

……なって、それでどうしようっていうんだ。

 こんな苦しみに耐えてまでやることか?


 もういいじゃないか。

 十分がんばった。

 ここでやめたからってなんの問題があるっていうんだ。


 そう思ったとき。

 俺の右足と左足が絡み合う。気がつくと水たまりの中に倒れていた。


 ああ、痛いな。でも、このまま眠ったらきっとラクチンになれる。

 そうだよ、寝ちゃおう。

 昨晩は宿題が終わらなくて、一時間も寝られなかった。

 一昨日だって同じ、

 その前の日は一睡もできなかった。

 この一週間の睡眠時間は合計十時間もない。

 こんなの、眠っちゃって当然じゃんか。

 

 しょせん、俺なんてここまでだ。

 龍矢の言う通りだ。モブザコキャラにすぎなかったんだよ……

 そうして、俺が睡魔に負けそうになったとき。


「邪魔だ、モブザコ」


 龍矢が倒れた俺の脇腹を蹴飛ばしやがった。


「ぐふっ」


 言葉にならない声をあげるしかできない。


「諦めて倒れるならコースから外れていろ」


 くそ、くそ、くそっ!

 誰も手を差し伸べてはくれない。

 ミカは自分のことだけで精一杯。

 先生はそんな優しさなんて持ち合わせていない。


(こんなの、ドラゴンライダーになるのと、なんの関係があるっていうんだよ……)


 俺の悔し涙と汗は、大量の雨と泥に紛れてすぐに判別できなくなった。




 結局、この日マラソンのノルマを達成できたのは龍矢だけだった。

 意識をたもつのも難しいくらい疲労困憊の俺たちに、乱獅子先生が淡々と告げる。


「大空竜太、風粉ミカ、お前たちはノルマ未達成だ。大空竜太は一回目、風粉ミカは三回目の未達成だな」


 ちなみに龍矢はまだ一度もノルマ未達成にはなっていない。


「あきらめて自主退学するならばいつでも受け付けている。退学届を持って職員室に行くだけでこんな苦しみからは解放される。まだ無駄な努力を続けるというのならば、とっととドラゴンの宿舎の掃除に行け」


 くそっ!


 俺たちは足を引きずるようにしてドラゴンの宿舎に向かい、三年生の先輩に怒鳴りつけられながら、朦朧とした意識を奮い立たせてデッキブラシを動かした。

 さらに筋トレをなんとかこなして、寮の風呂場へとむかうのだった。

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